TickHunt
週末の予定があるのは何年ぶりだろうか――。
あー、ドキドキする。
リディアに会うのはもちろん、マネージャーさんに会うのも緊張するなぁ……。
中目黒駅でリディアを待っていると、「よっ!」と、後ろから可愛らしい声を掛けられた。
振り返るとリディアが立っていた。
暖かそうなニットにミニスカート、肩に掛けた黒いコートから覗く、すらりと伸びた真っ白な脚に思わずドキッとさせられる。
「あ、う……ひ、久しぶり、ははは……」
思わずしどろもどろになる。
か、可愛い……こんなに可愛いかったっけ?
今日は薄めのメイクのせいか、いつもより幼く見えるなぁ。
うん、可愛いは正義だ。
もう、何もかもどうなってもいいと思わせる神々しさがある。
「ど、どうしたの? 何か変だよ?」
「い、いやぁ、久しぶりで緊張しちゃって……」
「大袈裟だよぉー、だって、まだ一週間くらいしか経ってないのに、ふふふ」
「そ、そうだよねー、あはは」
「じゃあ、行きましょ?」
「うん」
リディアに案内されながら、俺は中目黒の街を歩く。
お洒落な雰囲気のお店がたくさんあるなぁ……。
「今日はありがとね」
ポツリとリディアが呟くように言った。
「え?」
「だって、マネージャーに会ってくれるって」
「ああ、それくらい大丈夫だよ」
「でも、芸能界に興味あるの?」
「うーん、無くはないけど……ほら、俺って人見知りだし、すぐ緊張するから向いてないと思う。それに、今日はリディアに会いたかったのもあるし……」
ヤバい、自分で言っておきながら恥ずかしくなってきた。
俺の照れが移ったのか、リディアも恥ずかしそうにする。
「え……そ、そっか! さ、最近、会えてなかったもんねー」
「あ、ほらほら、あのビルだよ」
リディアが人差し指を高層ビルに向けた。
外観はピッカピカの硝子張りで、洗練された雰囲気が漂っている。
入り口にはセキュリティが立っており、その横をお洒落なビジネスマン達が行き交っていた。
「ウチは今、絶好調らしいからねー、このビルも新しく建てたんだって」
「え? リディアの芸能事務所が?」
「あれ、わたし言ってなかったっけ? TickHuntだよ。事務所っていうかクランだね」
「へぇ、そうなんだ……」
確か、国内優良クラン第3位……リディアってティックハント所属だったのか!
「ちょっと待って、いまマネージャーさん呼ぶから」
「あ、うん」
リディアはスマホを取り出して、メッセージを送っている。
「すぐ来るってー、あ! 早っ!」
見ると入り口からスーツ姿の女性が小走りで駆けてきた。
首からはIDをぶら下げている。
むぅ……リディアには敵わないが、このマネージャーさんもかなりの美人だな。
「どうも、お待たせしましたー、リディア、こちらが瀬名くん?」
「はい、そうです。ユキト、こちらマネージャーの高上さん」
「ど、どうも、初めまして! 瀬名といいます!」
やばい、緊張で口が渇く……。
「ユキト? そんな緊張しなくて大丈夫だよー」
「そうよユキトくん、もっと気楽に行きましょ?」
リディアと高上さんがクスッと笑う。
「つい、力んでしまって、あはは……」
「じゃあ、オフィスに案内するわね。はい、これゲストパス」
「はーい」
「ありがとうございます」
高上さんからIDを受け取り、俺達はTickHuntの本社ビルに入った。
*
――TickHunt本社ビル、24階。
エレベーターから降りた俺達は、高上さんの後ろに続く。
「このフロアは主に来客用ね。飲み物や軽食は一通り揃ってるから、撮影の合間に使う事も多いの」
「うわ~大っきいカフェみたい」
「リディアも初めて?」
「うん、新しくなってからは来たことなかったの」
「へぇ~」
オープン席がずらっと並んでいて、フロアの端には色々なお店のカウンターがある。
商談ブースも設置されていて、ビジネスマン風の人や、撮影スタッフらしき人、役者かモデルっぽい若い子もちらほらいるのが見えた。
「じゃあ、そこにしましょうか」
高上さんが奥の席に案内してくれる。
そこに行くまでに、何人もの男の人が高上さんに挨拶をしていた。
結構、偉い人なのかな?
「わたし、ドーナツ食べよっと! ユキトも食べるでしょ?」
「じゃ、じゃあ……、頂こうかな」
「高上さんは?」
「私はチョコたっぷりのやつお願い」
「わかった、じゃあ、取ってくるね-」
リディアが席を立ち、嬉々としてドーナツを取りに行った。
リディアの後ろ姿を母親のような目で見つめながら、
「良い子でしょ? ほんと、覚醒者らしくないっていうか……あ、覚醒者が悪いって意味じゃないのよ?」
「ええ、わかってます」
「瀬名くんは、覚醒してどれくらい?」
「えっと……そろそろ一ヶ月が経ちます」
「あら、覚醒ホヤホヤだったのね?」
「ええ、まだわからないことが多くて、大変です」
そう答えると、高上さんは、
「自分で言うのもあれだけど、私、顔が広いのよ。困ったら何でも言って? 力になれると思うわ」と微笑む。
頼れるお姉様って感じだな……。
さぞかし仕事ができる人なんだろう。
「ありがとうございます、じゃあ、ひとつ訊いてもいいですか?」
「あら嬉しい、何かしら?」
「その、クランって色々あると思うんですけど、入るメリットって何でしょうか?」
「なるほどね、そっかそっか、最初は悩むわよねぇ」
高上さんがうんうんと頷く。
「じゃあ、デメリットからお話しましょうか。まず、一部のクランを除いて、討伐義務が課せられるわね」
「討伐義務……、覚醒管理局のとは別にってことですか?」
「そう、管理局のはあって無いようなものだし」
「確かに……年三回ですもんね」
高上さんは静かに頷いて、話を続けた。
「ポータルは出現すると、測定した魔素量から難易度がカテゴライズされるのよ。これは、地震の震度みたいなものね」
テーブルの上にA4の紙を置き、高上さんがサラサラとペンを走らせた。
「こんな感じかな」
■ポータル難易度
レベルS 最低でもS級覚醒者複数名、管理局案件。
レベルA S級覚醒者単独、もしくはA級覚醒者複数名。
レベルB A級覚醒者が複数名。
レベルC B級覚醒者複数名。
レベルD B級~E級覚醒者複数。
レベルE C~E級覚醒者複数名。
「なぜクランが討伐義務を課すのかってことなんだけど……、レベルAまでのポータルは入札制になってるの。入札の条件は、各レベルに見合った覚醒者を用意できるかどうか。だからクランは、一人でも多く覚醒者を取り込みたいってわけ」
「なるほど……。レベルSは管理局案件となっていますが、これは……」
「出現したら国家レベルで対処する事案ってこと。管理局が主導して、各クランのS級覚醒者に出動要請を掛けるんだけど、実際のところ、単独踏破できない管理局に強制力は無いのよ。もちろん、管理局にもS級覚醒者はいるけど、他クランの方が圧倒的に数が多いのが実情ってところかしら」
「そうなんですね……」
「管理局は実入りが少ないって言うし、よっぽど正義感がある人じゃないと務まらないのかも知れないわね……」
そう言って、高上さんは苦笑いを浮かべる。
「おまたせー! 食べよーっ!」
リディアがドーナツと人数分のコーヒーを持って帰って来た。
「お、来た来たー! さ、瀬名くんも食べましょ!」
「はい、いただきます」
「んふーっ! おいひーいっ!」
リディアはほっぺたを押さえながら歓喜の声を上げている。
「ん⁉ う、うまい……!」
「でしょ⁉ おいしいよねー!」
「あ、そうそう、さっきの話なんだけど、ウチはポータルの入札はやらないから」
「TickHuntですよね?」
「そ、討伐は配信だけだし、やっぱり芸能がメインなのよ」
「そういうクランもあるんですね……」
「え? ユキトTickHunt入るの?」
「あ、いや、高上さんにクランのことを教えてもらってたんだよ」
「ふーん、わたしもクランは入らないつもりだったけどねー、ここは討伐義務も無いから入っちゃった」
「へぇ、そうなんだ」
「討伐義務もデメリットだけじゃないわよ? 当然、破格の報酬もあるし、レベルの上がり方は魔素ルームの比じゃないからね」
「そ、そうなんですかっ⁉」
魔素ルームの比じゃないってことは、一回の討伐でもかなり上がるのかな?
「瀬名くんも、一度、早い段階で討伐は経験しておいた方がいいわよ?」
高上さんが口元のチョコを指で拭いながら言った。




