週末
――都内某スタジオ。
「はい、オッケーです!」
撮影スタッフがリディアの元へ駆け寄る。
「おつかれっした! 本日は以上で終了っす! おつかれっした!」
ペコペコと頭を下げ、スタッフはすぐに撤収を始める。
「リディア、お疲れ様」
「お疲れさまです」
リディアのマネージャー、高上さなえ。
TickHuntのヘッドマネージャーである彼女は、某大手芸能事務所からヘッドハンティングされた非覚醒者である。その手腕と女優顔負けの美貌には業界でもファンが多い。
「この後、ちょっと話せるかしら?」
「あ、はい、大丈夫です」
「じゃ、下で待ってるわね」
高上はそう言うと、何人かのスタッフに挨拶をしてからスタジオを後にした。
*
高上の待つ車の後部座席の窓をノックした。
すると運転手が降りてきてドアを開ける。
車内には高上が座っていて、「送らせるわ」とリディアを招き入れた。
「すみません、ありがとうございます」
「ねぇリディア、あなたはそんな畏まらなくていいのよ? むしろ畏まるべきは私達の方だもの」
「いえ、そんな……」
謙遜しようとするリディアに向き直り、高上は諭すように言った。
「そんなことあるの、いい? あなたは覚醒者で、回復術師、若くてルックスも素晴らしいものを持ってる、もっと自分の価値を認識してちょうだい」
「は、はい……」
「ったく、あなたって子は……、カメラの前じゃあんなに堂々としてるのに。いいわ、それより、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「何でしょう?」
「あなた、瀬名透人って子と友達?」
「えっ……⁉ ユ、ユキトですか⁉」
リディアは驚いたように訊き直した。
「そう、知ってるのね? 実は上から、その瀬名くんをウチにスカウトできないかって、しつこく言われてるんだけど……、どういう子なのかしら? 資料を見る限り……『召喚師』なのよね?」
「そう、ですね……確かに召喚師ですけど……」
「ふぅん……極端にルックスが良いとか?」
「確かに可愛い顔はしてるかなぁ……」
リディアの言葉に、高上の眉がピクンと動いた。
「ねぇ、リディア、お願いっ! 瀬名くんに合わせて! このとぉーり!」
高上がリディアを拝む。
「え? いや、流石にそれは……」
「お願いです! リディアさま! リディア神、いや、リディア大宇宙創造神さまぁ!」
「な、なんですかそれ⁉」
「ね? ね? 人助けだと思って……うぅ……あぁ! 持病の偏頭痛が……」
涙ながらに訴える高上。
リディアはため息を吐きながら額に手を当てる。
「もぉ~……頭上げてくださいって! わかりました! じゃあ、一応、聞くだけ聞いてはみますけど……」
「ありがとーーーっ! 愛してる!」
リディアに抱きつき、キスをしようとする高上。
「や、やめ……やめてください」
「照れなくてもいいじゃない、ん~♥」
運転手が何事かと、バックミラー越しに二人を見て赤面している。
「ちょ……ちょっとっ! もう、連絡しませんよっ!」
リディアが高上を押し返す。
「はぁーい……」
高上はしょんぼりとして大人しく席に戻った。
*
俺はテレビを消して、大きく息を吐いた。
「ふぅ~……」
はぁ、まだ余韻が残ってるわ……アメドラ最高かよ。
ごろんと横になって、スマホをいじる。
あれからレベルも上がったし、リディアに成長した俺を見せたいよなー。
早く二人でトレーニングしたいな……。
連絡してみるか……?
いや、しつこい男は一番嫌われるというじゃないか。
ここは我慢だ。
うーん……でも、メッセージくらいならいいかな?
リディアのタイムラインを眺めていると、突然スマホにメッセージが届いた。
「リ、リディアだ!」
リディア:お疲れさまー。ごめんね、急なんだけど、ウチのマネージャーがユキトに会いたいって言ってるんだけど……どうかな? 嫌なら全然断れるから、わたしに気を遣わなくていいよー。
「マネージャー?」
脳裏には厳つい強面のおじさんの絵面が浮かぶ。
いやいや、何年前の話だよ……我ながら古いな。
でも……、一体、何の用だろう?
ユキト:お疲れ様! えっと……、ほんとに俺? 何の用なのかな?
すぐに返事が来た。
リディア:芸能の仕事に興味ないかって。一回話だけでも聞いて欲しいみたい。
芸能……。
まさか俺にこんな日が訪れるとはな。
うーん、興味が無いわけではない。
だが、俺の性格上、無理だと思うんだよなぁ……。
でもまあ、リディアの紹介だし、話だけでも聞いてみるか?
ていうか、その時、リディアにも会えるしな。
ユキト:リディアも一緒なら行ってもいいよ。
ふー、ちょっとドキドキするな。
スマホが鳴る。
「来た!」
リディア:おっけー、ありがとね! じゃあ、今週末でよい?
「うひょ~、週末に予定ができるなんて、何年ぶりだっけ?」
ユキト:いいよ、時間が決まったら教えて。
リディア:ありがとー、あとで連絡するね。じゃ、楽しみにしてるね~!
「楽しみにしてる、か……むふふ」
ベッドの上に飛び乗った俺は、枕を抱きかかえて身悶えながら、週末に想いを馳せるのであった……。




