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世界最強の憑魔術師に覚醒したので第二の人生を楽しみます!  作者: 雉子鳥幸太郎
一章

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24/91

わんにゃもう

 絵に描いたような廃墟ビルの中、俺はシュウくん達に囲まれていた。

 窓も無く、コンクリの基礎だけ残った見通しの良いフロアに、柄の悪い若者達の笑い声や話し声が響いている。


 まるで映画に出てくるような、地下闘技場さながらの雰囲気。

 そんな中で、俺とシュウくんは向かい合っていた。


「おい、お前もう逃げらんねぇぞ?」


 このシチュエーション。

 昔の俺ならどうやって逃げようとか考えていたはずだ。


 だが、いくら温厚で気弱な俺も流石に今回は怒ってる。

 折角、トレーニングも終わって、楽しみにしていたアメドラを観ようと思っていたのに……。

 

「あのさ、俺、何もしてないよね? 何でそんなに怒ってるのかな?」


「あ゛ぁ⁉ てめ、ふざけてんじゃねぇぞコラ?」

「おらぁ! シュウ! やっちまえ!」

犬猫牛わんにゃもぅ舐めてんのか⁉ てめぇ!」


 リングを作っている若者達が口々に野次を飛ばした。


 わ、わんにゃもー?

 何だよそれ……。


「俺ら港の犬猫牛(わんにゃもぅ)だからよ? 名前くらい聞いたことあんだろ? あぁ?」

 片眉を上げながらシュウくんが言った。

「い、いや、何かごめん初耳で……」


「おいおい! こいつ舐めてんぜー! シュウ、いったれよー!」

「シューウ! シューウ!」

「「シューウ! シューウ!」」


 シュウくんコールが廃ビルのフロアに反響する。

 次第にテンションが上がってきたのか、若者達は足踏みまで始めた。


 ――ザン、ザン、ザン!


 フロアは異様な熱気に包まれている。


「お前、覚醒者だろ?」

「え? あぁ、そうだけど……」

「ハハハハ! そりゃあ、俺らみたいな非覚醒者(ノーマル)相手なら、余裕ぶっこくわなぁ?」


 シュウくんが言うと、周りのギャラリーがざわつく。

「え、何? こいつ覚醒者なの?」

「マジかよ、どうすんの?」


 皆に向かってシュウくんが、

「おめーら大丈夫だ! 心配すんな、久しぶりにクロさん来てくれるからよぉ!」

 と、声を張ると、ギャラリーが一斉に歓声を上げた。


「よっしゃー!」

「うぉおお!!」

「すげー! 俺、初めてみるぜ」


 皆が一様に興奮している。

 何だ、クロさんって?

 用心棒とか……そういう人なのかな?


「ま、クロさんが来たら、お前なんか瞬殺だ。ハハハ!」

「……そのクロさんってのは覚醒者なのか?」

「そうさ! おめーみてぇな底辺覚醒者と一緒にするなよ? クロさんはなぁ、あの、メリルトライアドのメンバーだ! 今更謝っても、もう遅いからな? ヒャーッハッハッハ!!」


 メリルトライアドか……、こんな所で聞くとは思っても無かった。

 あのランカーみたいな奴が来るんだろうか……。


 どっちにしろ、非覚醒者相手に戦わなくていいのは助かる。

 覚醒者ガイドで見た限りだと、悪さをした覚醒者を取り締まる処理課というものもあるらしいし……。


 ――あれ、ちょっと待てよ。


 メリルトライアドで……クロ?

 もしかして、黒田?


 *


 自宅を出た黒田は、スマホの画面を見ながら、呼び出された廃ビルに向かっていた。


 ――黒田とシュウは幼馴染みだった。

 小中高と同じ学校で、お互いやんちゃだった事もあり、黒田はシュウを弟のように可愛がっていた。

 学校を辞めた二人が、港区の不良達を集めて作ったのが犬猫牛(わんにゃもぅ)だった。


 犬猫牛は日に日に勢力を伸ばし、中央区、品川区とその影響力を広げていく。

 だが、黒田は就職をきっかけに、犬猫牛をシュウに託すことにしたのだ。


「ったく、シュウの奴、面倒ごと持ち込みやがって……」


 そう呟く黒田であったが、シュウに頼られるのは満更悪い気はしなかった。

 非覚醒者達のいざこざなど、力でねじ伏せてしまえばいいのだが……シュウの話によれば、そいつは覚醒者だと言う。


 まあ、例え相手が覚醒者でも、支援術師(エンチャンター)である自分に敵う奴なんてそうそういない。

 しかも、メリルトライアドのメンバーを相手に喧嘩を売る馬鹿なんて……。

 と、小さく鼻で笑った黒田の脳裏に、瀬名の顔が浮かんだ。


 クソッ……あいつは一体何モンだったんだ?

 そういや派遣にも瀬名っていたな……あっちは、使えねぇおっさんだったが。


 そうこうしているうちに、黒田は廃ビルに着いた。

 ここは黒田が犬猫牛に居た頃、誰かをボコる時に良く使った場所だ。


 階段を上がると、ざわついた声が聞こえてきた。


「お、やってるやってる……どれどれ」

 そっと階段の陰から覗くと、大勢の人垣が出来ていた。

「――ん⁉」

 黒田は思わず身体を引っ込めた。


 おいおい……マジかよ⁉

 何でアイツがここにいるんだよ⁉


 マズい、この人数の前でアイツとはやりたくない。

 泉堂さんにも余計な騒ぎを起こすなと言われてるし……シュウには悪いが、今日はヤメだ。

 階段を降りようとした、その時――。


 ――とぅんったった、たんたらたんたん、とぅんたとぅたたん♪

 

「がっ……⁉」


 黒田のスマホが鳴った。

 ざわついていたフロアがしんと水を打ったように静まり、無機質な着信音だけが廃ビルの中に響いている。

 恐る恐るフロアの方に振り返ると、全員と目が合った。


「「うぉーーーー!!!」」

「マジ、黒田さんじゃん!」

「「くーろーだっ! くーろーだっ!」」


 自分達の英雄がやって来たと、はしゃぎまくる犬猫牛の面々。

 黒田がその光景を呆然と見つめていると、人垣の向こうでシュウが手を振った。


「クロさーん! こっちっす! ギャハハハ!」

 可愛いはずのシュウが、今の黒田には憎たらしいクソガキに見えた。


「お、おぅ……」と、軽く手を上げて応える。

 仕方ねぇ……どうにかして誤魔化す! それしかないっ!

 黒田はゆっくりと皆の元へ歩いた。

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[一言] 黒田君かわいそう……
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