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世界最強の憑魔術師に覚醒したので第二の人生を楽しみます!  作者: 雉子鳥幸太郎
一章

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22/91

路地裏

 模擬戦が終わってから、もう一週間が経とうとしていた。

 俺は手の平を見つめながら、リディアの手の感触を思い出す。


 ついに俺も女の子とお洒落なカフェなんて場所に行くようになったか……。

 コーヒーなんて、コンビニで充分だと思ってた自分を殴りたい。


 あれからリディアとは一度も会えていない。

 寂しくはあったが、彼女は仕事が忙しいので仕方がないか。


「あ~、リディアに会いたいな~……」


 俺はそんな気持ちを慰めるように、スマホに表示された口座残高を眺める。

 こんなに纏まった金額を見るのは始めてだ……。

「ふひ」

 思わず頬が緩んでしまう。


 覚醒管理局から振り込まれた準備金、その額、なんと壱千万円!

 人間って口座残高だけで、こんなにも満ち足りた幸せを実感できるのかよ……。

 改めて自分の小並感を実感しつつ、俺は不動産サイトで新たな物件探しに勤しんでいた。


「結局、一人で住むんだし……無駄に大きい家だと持て余すよなぁ。やっぱマンションの方が何かと便利かな」

 ふと、時計に目を向けると、既に午後二時を過ぎていた。


「おっと! そろそろトレーニングに行かないと……」

 俺は手早くコートを羽織って家を出た。


 *


 ――渋谷駅。

 電車から降りて、大勢の人の流れに沿って改札を出た。

 覚醒前は渋谷なんて久しく来ていなかったが、この人の多さは今も昔も変わらずだな……。


 人混みの中をすり抜け、ハチ公口から道玄坂へ向かって歩く。

 渋谷(ここ)に来たのには目的があった。

 実はヒルズ近くの魔素(マナ)ルームも気に入っていたのだが、模擬戦の一件以来、やたらと知らない人から話しかけられるようになってしまっていた。正直、うざったいし、色々と根掘り葉掘り聞かれるのも面倒で仕方がない。

 そんなわけで、精神的に消耗した俺は、ここ数日、新規開拓した渋谷の魔素ルームを使っているのだ。


『ちょっと、あの子見て! あのコートはセンスないけど……ヤバくない⁉』

『えー、芸能人かな?』

『どうする? 声掛けちゃう?』


 覚醒して、まだ慣れないのはこれだ。

 人の多い場所、特に若い子が多い場所だと、イケメン故に物凄く注目されてしまう。


 正直に言おう、――満更ではない。

 そりゃそうだ、こんなモテ経験なんて生まれて初めてだし。

 まあ、自分で言うのもアレだけど……日に日に顔が整っているような気もしないでもないし、中肉中背中年のお手本みたいだった以前の面影は皆無だ。


 しかも魔素(マナ)ルームでトレーニングをしているため、細マッチョバッキバキの完璧なアスリートボディに仕上がっている。その影響もあって、引きで見た時のバランスの良さは自分でも中々だと思う。


「すみません、私、こういう者なんですが……」

 突然、名刺を出してくるお姉さん。

「あ、すみません……結構です」

「あ、あの、ちょっとだけ! 少しだけで良いのでお話を……!」

「いえ、急ぎますので」


 この調子で、芸能事務所からのスカウトも多い。

 照れくさいが、興味が無いと言えば嘘になる。

 ここだけの話、いずれはちょっと話を聞いてみようかとも思ってみたり……。


 いやー、人間変われば変わるもんだな。

 後は覚醒者として生活の基盤を整えれば、余裕も出来るだろう。

 そうすれば、日南さんともデートに行けるし、リディアとも討伐帰りのディナーなんか行ったりして……むふふ。

 

 さて、今日は何キロ走ろうか?

 既に俺の身体能力は、普通の人から見れば異常に映る域まで達している。

 覚醒者と非覚醒者の間には金銭的な格差もあるが、最も大きな違いは身体能力だ。


 もう、全く別の生物と言っても過言では無い。

 こんな細腕でも、160キロのデッドリフトが余裕でこなせてしまう。

 例えボクシングの世界チャンピオンが相手だとしても、非覚醒者の時点で俺が勝つんじゃないかな……?


「あ⁉」

 突然、横道から出て来た若い男にぶつかられる。


「チッ、どこ見てんだよクソが! 殺すぞ⁉」

「す、すみません……」

 俺は思わず謝ってしまう。


「ったく……」

 男はそのまま行こうとしたが、ふと立ち止まって俺を見た。

 何となく嫌な感じがして、その場から立ち去ろうとすると道を塞がれる――。


「あの、すみません、通ります」

「あ?」

 男はふてぶてしく顎を上げ、蔑んだような目で俺を見ている。

 何度か避けようとするが、男が道を空ける気配は無かった。


「すみません、ちょっと通してもらっていいですか?」

「あ? 無理無理、お前、ちょっとこっち来てー」

 男が俺のコートを掴む。


 見た感じ、今の俺と同じ年くらいかな?

 ほんのり日焼けした肌に厚い胸板、爽やかな黒髪短髪で、スポーツマンのように見えるが、首筋にはトライバルタトゥーが彫られていた。


 まさかこの年になって絡まれるとは思ってもなかった……ってそうか、いまの俺は若いんだったな……。


 イキリ倒して俺を路地裏へ引き込む若い男。

 だが、自分でも驚くほど冷静だった。


 心が揺らがないとでもいうのか、全く怖くもなかった。

 以前なら、タトゥーが見えた時点で怖くなっていたはず……。

 憑魔した時ほど好戦的な気持ちにはならないけど、何かしら影響が残ってるのかも知れないな。


 そんなことを考えながら、俺はコートを掴まれたまま細い路地裏を進んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 覚醒者だけ集めたオリンピックをやるしかありませんね 顔立ちの良いメンバーも多めに集まって人気間違いなし
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