麻布
「さて、と……」
グロスを塗り、髪を結びなおした私は入口へ急ぐ。
模擬戦の帰りに、麻布のカフェに行かないかとユキトを誘ったのだ。
「お待たせー」
「あ、うん」
魔素ルームから出て、駅へ向かう。
二人で並んで歩いていると、カフェに誘った時、恥ずかしそうに、あー、とか、うーとか唸ってたユキトを思い出して、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
それにしても、ホント男の子なのにかわいい顔してるなー。
スタイルも良いし、絶対モデルやれば人気出ると思うんだけど……。
「ねぇ、ユキトって覚醒する前は何してたの? あ、学生?」
「え? あー、うん、そのー、バイト……かな」
「あ、フリーター?」
「そ、そうそう! フリーター! あははは……」
こうやって話してると模擬戦の時とは人が違うみたい。
あの時は、なんか結構オラオラ系になってたし……。
じーっとユキトを見ていると、
「ちょ、そんなに見られると恥ずかしいよ」と顔を赤くする。
えー、何か、かわいいんですけど。
オラオラ系なユキトも格好よかったけど……んー、こういうギャップ弱いなぁ。
「あ、このお店、すごく素敵でしょ? この前、撮影で使ったんだー」
「へ、へぇ……」
私達は店内に入り、席に座った。
珈琲の香りがとっても落ち着く。
ふと、ユキトを見ると、なぜかガチガチに緊張していた。
「ちょっと、ふふふ、何でそんなに緊張してるの?」
「い、いや、こういう場所は初めてなので……」
「うっそ⁉ ユキトってモテるでしょ? 彼女とか女友達と来たことないの?」
「あ……うーん……その、そういう機会がなかったし、彼女もいないから……」
え、うそでしょ? 彼女いないんだ……!
あれ、私……。
「へ、へぇー、そうなんだ」
「うん……」
「……」
え、何これ……ドキドキするんだけど⁉
もしかして私……、いやいや、確かにユキトは可愛いし格好いいし、スタイルも良いし、覚醒者だし、私とデュオを組んでくれるけど……。
あ、これ、駄目なやつだ……なんだか私も緊張してきちゃった……。
二人で少し俯きながら、私はキャラメルマキアートを、ユキトはカフェラテを飲む。
ユキトは落ち着かない様子で、キョロキョロと店内を見渡している。
私も気を紛らわそうと店内に目を向けると、少し離れた席の二人組の女の子が、ユキトを見て目をキラキラさせているのがわかった。
「チッ……」
「リ、リディア?」
「あ⁉ ご、ごめんね、何か嫌なこと思い出しちゃってつい……」
「い、いや大丈夫だけど、仕事とか大変なの?」
ユキトが心配そうな顔で私を見た。
――えっ⁉
ユキトと目が合った瞬間、心臓を掴まれたような気がした。
な、何で? 今まで平気だったのに⁉
どんどん顔が熱くなっていく……。
「……リディア?」
「う、うん、大丈夫、ちょっと熱っぽいのかな~?」
その時、後ろの方の席から声が聞こえてきた。
『ちょ⁉ あれって、湊リディアじゃない?』
『わ! マジだ……、え、え、ちょっとあれ彼氏? ヤバくない⁉』
うーん、ちょっと声が大きいわね。
私は慣れてるから平気だけど、ユキトに悪いかな……。
そう思っていると、ユキトが突然顔を寄せ、小声で囁いた。
「ね、リディア、歩きながら話さない?」
「え……」
「ほら、後ろの人、リディアに気付いちゃったみたいだし……」
「べ、別にそんなの気にしなくていいよ?」
「駄目だって、俺のせいで芸能活動に迷惑掛けたくないしさ、行こ?」
そう言ってユキトが申し訳なさそうに微笑んだ。
もー無理っ、ドキドキがとまんないじゃん!!
「う、うん……、わかった」
二人で店を出て、私はそのままユキトの手を握った。
ユキトは少し驚いた顔をして、
「手、握るの二回目だね……」と照れくさそうに微笑んだ。
「ううん、一回目だよ。あの時とは全然意味が違うから」
そう答えて、私はユキトの顔を見ずに手を引いた。
*
魔素ルーム近くの車道脇に、黒いSUVが停まっていた。
車内ではビジネススーツ姿の二人組の男達が、コンビニのおにぎりやサンドイッチを食べていた。
運転席の男がおにぎりを頬張りながら、サイドミラー越しに瀬名とリディアの姿を確認する。
――男のスマホが震えた。
画面には『斑鳩』と表示されている。
男は一瞬、眉根を寄せ、お茶でおにぎりを流し込むと画面をタップした。
『どうだった、乾?』
「ええ、確認しました、対象は『憑魔』と言っていましたが……詳細は不明です。現時点では、S級と判断することはできませんでした。一応、憑魔時の簡易測定のデータが取れましたので送っておきます」
『……そうか、ご苦労。では対象の監視レベルを一段階上げ、Cとする。引き続き監視を続けてくれ』
「了解しました、レベルCへ移行します――」
助手席から通行人の若い女性を目で追っていた茶髪の男が、
「乾さん、見ましたあの子⁉ 胸元こんなんですよ⁉ ぐわーって、ここまで開いてましたよ」と、騒ぎながら胸を手で指し示した。
「黙れ」
「いや、聞いてました? こんなんですよ⁉」
若い男は全く動じず、しつこく胸元にUの字を書くジェスチャーを続けている。
乾は助手席に腕を回し、
「近藤、いいか? お前も聞いてただろ? いま、課長が何て言った?」と鋭い目を向けた。
「えっと……Cへ移行ですよね」
「わかってるなら、真面目にやれ」
「……はーい、わかりました」
近藤はつまらなさそうに返事をすると、スマホを弄り始める。
「そういや、あの子かなり体格良くなってましたよねぇ、ホント覚醒者って恵まれてるなぁー」
「ま、俺らみたいな非覚醒者と比べてもな……。こればっかりは、羨んでもどうしようもないぞ?」
「それはわかってますけど……、僕がこのレベルまで身体作るのに三年は掛かったって言うのに……、たったの一週間やそこらで一流のアスリート並ですよ? はぁ……僕も覚醒したいなぁ~」
口を尖らせながら、近藤は頭の後ろで両手を組んだ。
「無い物は仕方がない、欲しがるだけ時間の無駄だ――」
乾はそう言って、車を発進させた。




