ランカー
「ひ……な、何なんだお前は……」
黒田が尻餅を付きながら後ずさる。
その姿を見て、俺は大きくため息を吐いた。
「あのさー、今更ビビったって遅いんだよね?」
「く、来るな! わ、わかってんのか⁉ 俺はメリルトライアドだぞ!」
「……」
思えばこいつとも知り合ってから随分と経つ。
大勢の同期の中で、結局残ったのは俺と黒田だけだった。
いつも要領が良くて、面倒な案件は上手い具合に押しつけてくる。
腹が立たなかったわけじゃないが、こいつには、そういう空気を強引にうやむやにしてしまう才能があった。
――ま、そんなことはどうでもいいか。
こいつが、俺とリディアに対して、どういう態度を取ったのか――、それが全てだ。
「なぁ、ちょっと訊くけどさ、俺が逆の立場なら許した?」
「そ、それは……まあ、俺は……よ、弱い者いじめはしないからな!」
腰抜かしてまで、良くこんな偉そうな態度取れるよなぁ……、マジで感心するわ。
「クックック……よく言うよ、あれだけ大口叩いて見下していた奴がさー、許すわけないじゃん? 喜んで足蹴にするでしょー? 適当なこと言ってると知らないよー?」
あれ? 俺ってこんなキャラだっけ……。
やっぱり憑魔の影響か?
まあ、いいや、どうせ許すつもりもないし。
「し、しねぇよ! 悪趣味な……ぐわっ⁉」
俺は黒田の肩に足を乗せた。
「へぇ……、じゃあ、上位クランの名前チラつかせて、脅迫まがいの対戦仕組んで言うこと聞かせようとするのは?」
じっと、黒田の震える瞳を覗き込む。
「悪趣味だろ?」
「クッ……」
「クッ、じゃねぇんだよ――」
俺は黒田の股の間の石畳を踵落としで撃ち抜いた。
黒田の鼻を掠め、床には大きな穴が開く――。
「ひ……あ……」
黒田が真っ青な顔でガクガクと震えていた。
俺は耳元で囁く。
「二度とリディアに近づくな……次は必ず殺すぞ?」
「あ……う……うぅ……」
言葉にならない声をあげながら、黒田は何度も頷いた。
「よし、じゃあ俺達の勝ちってことで、リディ――」
振り返ろうとしたその瞬間――、突然黒いスーツ姿の見知らぬ男が斬り掛かってきた!
俺は咄嗟に剣を躱し、リディアを庇う。
「へぇ、やるねぇ……?」
男は緩いクセ毛で無精髭を生やしている。
古い探偵映画に出て来そうな、どこか飄々とした独特な雰囲気を持っていた。
「あんたは……誰だ?」
男はゆらりと黒田の前に立ち、俺を見据える。
一見、優しげな顔付きだが、その眼光は鋭く研ぎ澄まされていた。
「私はメリルトライアド日本支部を任されている泉堂だ――」
「やばいよユキト、あれ、ランカーだよ」
リディアが慌てて俺に耳打ちをした。
その声は微かに震えている。
「ランカー?」
まさかランカーをこの目で見ることになるとは。
覚醒者の中でも特に優れたスキルを持つ上位100名――。
昔はフォーブス誌の特集は資産家ランキングだったが、今じゃ覚醒者ランキングがメインだ。
え? てことは……、この男は、そのランキングに入ってるってことか。
「ウチの馬鹿共がお世話になったね、こいつらには私から言っておくから、この辺で許してやってもらえないかな?」
張り付いたような笑みを浮かべる泉堂。
「……」
嫌な笑い方だ。
目が線みたいに細く、表面上は笑っているように見えるが……、本当のところは全く読めない。
どうする? いっそのこと、こいつもここで……いや、これ以上目立っても仕方ない。
相手はランカーだ……、いくら憑魔の力があるとは言え、俺には経験が足りなさすぎる。
相対的な力量を推し量ることができない以上、無闇に戦うのは愚策か……。
「そもそも、最初に絡んで来たのはそっちだ。二度と俺達に手を出さないと約束してくれ」
「ははは、いやぁ~すまないね。じゃあ、これで手打ちってことで……、おい! 安本ぉっ!」
突然、泉堂は安本を怒鳴りつけた。
ぐったりと俯いていた安本が飛び起きる。
「は、はいっ!」
「なんだ、動けるのか? ははは! 駄目じゃないか、動けるのにお前……、何やってたんだ?」
突然真顔になった泉堂が、黒剣を横一文字に振る。
安本が真横に吹っ飛び、壁に激突した。
一瞬だが、剣筋が見えなかった……⁉
これがランカーの実力⁉
「ひ……す、すんません! すみませんでした! 泉堂さん、勘弁してください!」
完全にパニクった黒田が、涙目で頭を床にこすりつけて許しを乞う。
だが、泉堂はまるで黒田が見えていないかのように、相手にしない。
ゆっくりと安本の方へ歩いて行く。
「安本ぉっ!!」
ビクンッと安本の身体が震える。
だが、既に動けないほどのダメージを喰らっているのだろう、顔を上げることさえ出来ないようだ。
「おい、ウチの盾役がこれくらいで効いたフリしてんじゃねぇ」
「う、うぅ……ててて」
泉堂の言葉に安本が立ち上がった。
おいおい、あれ喰らって起き上がれるのか?
信じられないほどタフな奴だな……。
もしかして、俺の攻撃も効いてた振りをしてたのか?
胸の奥にチロッと種火が燻るような苛立ちを覚えた。
もっと、徹底的に痛めつけてやれば良かったか……。
「ったく、新人連れて、何を遊んでんだ? いくぞ、調布でポータルが開いた」
「は……はい!」
泉堂は安本に背中を向け、出口に向かう。
黒田の前を通り過ぎた後、俺の方を見て、「君のクラス、随分と変わってるよね?」と訊ねてきた。
「……」
俺が答えずにいると、泉堂は小さく頭を振った。
「嫌われちゃったかな? じゃあ、名前くらいは聞かせてくれるかい?」
「……瀬名」
「瀬名くんか、覚えておくよ」
泉堂は意味ありげな笑みを向けると、そのまま演習場を去って行った。
ボロボロになった安本は足を引きずりながらも、黒田に「いくぞ」と声を掛けて泉堂の後を追う。
黒田はこっちを見ようともしなかった。
ふぅん、やっぱクランとか面倒くさそうだな。
覚醒者になってまで上下関係とか俺には考えられない。
恐らく、憑魔を使って間もない俺では泉堂に勝てないだろう。
俺自身、もっと憑魔の力を知ることが大事だな。
当面は、積極的にレベルを上げてみるか……。
――憑魔を解く。
後ろからリディアが飛びついてきた。
「おわっ⁉」
「やったね、すごいよ! メリルトライアドの重戦士相手に勝っちゃった!」
「ま、まあ、憑魔のお蔭というか……、とにかく、これで当分は彼奴らも絡んで来ないだろう」
「うん! ありがとね、ユキト」
ニコッと笑うリディアの可愛さに思わず頬が緩む。
心なしかリディアとの距離が縮まった気がするぞ。
帰りに手くらいは繋げたりして……。
俺はそんなことを妄想しながら、リディアと演習場を後にした。
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