模擬戦
――模擬戦当日。
俺とリディアは魔素ルームの中央ロビーに向かった。
ロビーに着くと、既に黒田と安本が待ち構えていた。
「ほぅ……逃げなかったのは褒めてやる」
安本が微笑むと、隣に居た黒田が高圧的な態度を見せた。
「おい、わかってんだろうな……あんだけデカい口叩いたんだ、いまさら謝っても遅せぇぞ?」
周りには、好奇心丸出しの野次馬が集まり、俺達の一挙手一投足に好奇の目を向けている。
「いいんですか? 僕らに負けたら……それこそメリルトライアドの看板に傷が付きますよ?」
俺の言葉に場が凍り付く――。
その空気をかき消すような、安本の豪快な笑い声が響いた。
「何を言うかと思えば……、わかったわかった、雑魚扱いしたのは謝罪しよう。だが……お前はメリルの名を出した。もう、手加減は一切なしだ、今日、ここで――潰す!」
安本から凄まじい気迫を感じた。
内臓を素手で掴まれているような感覚に襲われる。
くっ……威圧のつもりか。
憑魔していない状態だと、かなり効くな……。
「演習場に行くぞ」
安本はニヤリと笑い、黒田と奥へ向かう。
俺とリディアは顔を見合わせて、その後に続いた。
*
演習場に入る。
何も無い石畳の空間――、スキルブースで見た景色と全く同じだ。
この一週間の練習は無駄では無かった。
自分でも不思議なくらいリラックスできている。
演習場を取り囲む壁の窓から、数え切れないほどのギャラリーがこっちを覗いていた。
まあ、相手は有名クランのベテラン重戦士と、注目の新人支援術師。
それに引き換え、こっちは訳あり美少女回復術師と、無名の新人か……。
見世物としては面白い組み合わせだろうな。
「ユキト、予定通りでいいわね?」
「ああ、お――」
言葉に詰まる。
「どうしたの?」
ま、待てよ……、憑魔するってことは……リディアの前でエロ悪魔とキスしないといけないんだよな?
やばい……全く考えてなかった。
流石に目の前では……。
「あ、いや……」
「何をごちゃごちゃ……来ねぇのならこっちから行くぞ! 黒田ぁっ!」
「はいっ!」
安本の怒号に黒田が反応した。
パッと後ろに飛び退き、両手を前に出す。
『――全体強化!』
安本の身体から青いオーラが立ち昇った。
「むぅん!」
「――ぐはっ⁉」
次の瞬間、俺は安本のショルダータックルを喰らい、壁に激突していた。
や、やべぇ……身体に力が入らない。
感覚が麻痺しているのか、耳鳴りだけが聞こえている。
「ユキト⁉」
咄嗟にリディアが治癒を掛けてくれた。
――身体に感覚が戻る。
「ほらほら、どうした僕ちゃんよぉ……まだ一分も経ってねぇぜ? メリルを舐めてるからそんな事になるんだよ、ククク……」
安本は拳を鳴らしながら、ニタニタと笑っている。
クソッ……。
俺は口元の血を拭い、起き上がった。
「リディア、俺が良いと言うまで目を閉じてくれ」
「え? ちょ、何言って……」
「頼む」
「わ、わかったわよ……」
リディアが目を閉じた。
「おいおい、さっきからふざけてんのか?」
安本が近づいてくる。
ふん、せいぜい吠えてろ……。
俺はスキルを発動する。
『――ソロモンズ・ポータル!』
突如現れた黒い空間に、安本と黒田の顔色が変わった。
周りのギャラリーからも、どよめきのような声が漏れている。
「な⁉ 何だ……これは⁉」
「――来い、アスモデウス!」
突如、ポータルの闇から現れ出た妖艶な悪魔の姿に、安本達は言葉を失っている。
「な……何だあの女は……」
「召喚⁉ 魔獣、いや……魔人? まさか、こんなスキル見たことねぇぞ⁉」
アスモデウスは安本達には目もくれず、
「ふぅ……、おぉ主、少しは成長したようだな」と俺の側に来た。
レベルが上がっているからな、恐らくアスモデウスの力も以前より引き出せるはずだ。
「いいから、早く」
「ほぅ、強引なのも嫌いではないぞ……?」
俺はアスモデウスを引き寄せ、唇を奪った。
「はぁ⁉ おいおい、何を……」
安本と黒田が呆れた声を上げる。
「ん……はぁ……」
アスモデウスの口から甘い吐息が漏れた……冷たい舌が蛇のように絡まってくる。
そして、俺達はひとつになった。
――身体の中心から力が漲り、全身に紋様が浮かぶ。
俺は口元を拭いながら安本達を見据えた。
不思議だ……。
俺は元々争いごとが好きじゃない。むしろ、苦手で敬遠してきたような人間だ。
だが、今はどうだ?
目の前の安本や黒田を見ていると、サディスティックな感情が湧き上がってくる。
これもアスモデウスの影響なのだろうか……?
気を抜くと、二人を無茶苦茶にしてしまいそうだ。
暴力的な衝動に思わず身震いをした。
「あ、紅い眼……?」
「な、何なんだよ……あいつ……」
理解が追いつかないのか、安本達は戸惑っているようだった。
「リディア、もういいぞ。……憑魔、完了だ」
さすがに安本はベテランだな、既に俺の内包する殺気に反応して身構えている。
あぁ、あの顔……、さっきまであんなに高慢な表情で俺を見下していたのに……。それがどうだ? 少し自分達の理解を超えただけで、必死に虚勢を張っているじゃないか。
「クックック……」
可笑しいなぁ……、笑っちゃうよ……。
――どっちから潰してやろうか?
おっと……、やっぱり気を抜くと、どうも攻撃的な思考になってしまうな。
やり過ぎると面倒だ、ほどほどに勝って早く終わらせてしまおう。
「や、安本さん……あれは一体……」
「うるせぇ、俺が知るか! いいか、黒田? 魔物はなぁ、自分のことなんてわざわざ教えてくれねぇんだよ!」
『――戦士の咆哮!』
赤い燐光が安本の身体を包んだ。
へぇ、重戦士のスキルかな?
急に安本から感じる圧が上がったぞ……。
「そこでよーく見てろ……黒田。相手が何だろうと関係ねぇ、俺より強いか弱いかだ!」
安本が動いた!
速い――! が、見え方が違った。
全てが見えている。
決してスローモーションで見えるとか、そういうことではない。
安本の繰り出す右ストレートが内包する動き……。
筋肉の収縮する様、血管の中を流れる血液の流れ、そういった全てを含めて――見えている。
故に、速さは関係なかった。
圧倒的能力の差。
これが悪魔という規格外の存在の力なのか。
素晴らしい、これなら俺でも……。
「ぬぉおーーっ!!」
迫ってくる拳がとてつもなく大きく見えた。
まともに喰らったら命を落としかねない威力だろう。
憑魔していなければ、とてもじゃないが安本には勝てない。
次の瞬間――、拳が俺の顔面にクリーンヒットした!
だが、今の俺には届かない。
ダメージを受けるまでには至らない。
防弾硝子越しに殴られているように、最早、避ける必要すらない。
「おらおらおらぁっ! どうした⁉ こんなもんか、おらぁっ!!」
一発、一発が大金槌でも振るわれているような威力だ。
ドンッ! ドンッ! と、大気が振動する。
巨大な拳の雨が俺を容赦なく撃ち抜いた。
「や……やめてーーーーーーっ! ユキトーーーーーっ!」
リディアの悲痛な叫びが聞こえる。
俺が安本に殴られ続けているように見えているのだろう……。
「ハーッハッハ! 大口叩いてようが、所詮はこんなも――⁉」
咄嗟に安本が攻撃を止め、バックステップで後方に下がる。
「て、てめぇ……何をしやがった……」
足下に赤い点が拡がる。
安本の拳は血まみれになっていた。
「や、安本さん⁉ どうしたんですか⁉」
「邪魔だ……お前は下がってろ!」
駆け寄ってくる黒田に、安本は追い払うように手を振った。
血飛沫が石畳に飛び散る。
「は、はい……」
黒田はゆっくりと後ずさった。
さて……どうするかな。
ま、黒田は後回しでいいか。
「リディア、こいつの拳を治してやってくれ」
「え⁉ ちょ、ちょっとユキト、何いってるの?」
困惑するリディア。
「な……何だてめぇは? 頭でもおかしくなったのか?」
安本は訳がわからないと言った表情を向ける。
「あー、いいからいいから」
「ほ、ほんとに良いのね?」
俺が頷くと、リディアが安本に治癒を掛けた。
怪我が治った安本は拳を鳴らした後、
「何のつもりか知らねぇが……、礼は言わねぇぞ?」と凄んだ。
「はは、何回拳を鳴らすんだよ? 礼なんて必要ない――。あんた、これで言い訳できないだろ?」
そう言って俺は薄笑いを浮かべた。
「な⁉ て……てめぇ……ぶっ殺してやる!」
意外と安い挑発に乗ってくるんだな。
ガイドにはタンクって冷静さを求められるポジションとあったが……。
挑発に乗った安本がショルダータックルを繰り出す。
よし、ちょっと動けないくらいを狙って……と。
俺は安本のボディに一発入れてみた。
拳が肉にめり込む感触に、思わずゾクッとするほど甘美な快感が走った――。
「――ぶごぉっ⁉」
安本の巨体が吹き飛び、壁に激突した。
壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、安本はそのままぐったりとして動かなくなった。
あら……ちょっとやりすぎたか⁉
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