悪魔召喚
歩きながら、リディアが顎に人差し指を当て、んーっと考え込む。
「ソロモンズ・ポータルって……、その憑魔術師っていうクラスのスキルなのかな?」
「うーん、俺にはわからないけど……ま、とにかく使えるスキルであることを祈るよ」
「そうね、使っていけばわかるだろうし……あ、こっち空いてるわ」
リディアがブースの扉を開ける。
中は真っ白な広い空間で、物は何も無かった。
「何も無いんだね」
「ふふ、まあ見てて」
リディアが「コントロール・草原」と言うと、周りが一瞬で草原になった。
「は⁉ な、何これ?」
「ね、驚いたでしょ? 風も吹くし、結構リアルに近いのよ」
いや、どう見ても草原にしか見えない。
遠くには地平線も見える……。
「これ、VRとか?」
「そうみたい。私はあんまり詳しい事はわからないんだけど、このブース自体が、スキルを用いた戦闘を想定した設計になってるらしいの。だから、かなり無茶をしても大丈夫なんだって」
「へぇ……他にも場所を変えたりできるのかな?」
「ええ、簡単よ。――コントロール・市街地」
「うわっ⁉」
急に早足のサラリーマンにぶつかりそうになるが、俺をすり抜けて行く。
「あはは! ユキト驚きすぎ!」
「い、いや、だって……あまりにもリアルだし……」
行き交う人をマジマジと眺めながら言う。
凄いなぁ……今の技術って、こんな事ができるのか。
「落ち着かないから変えるね、――コントロール・プライベートビーチ」
「うわぁ……」
波の音が聞こえる。
それに目の前には浅瀬で、遠くまで続くライトブルーの海が広がっていた。
「いいでしょ? これ気に入ってるんだー」
リディアは手を後ろで組んで、浜辺を跳ねるように歩いている。
「いいね。いつかリアルでこういう海に行ってみたいよ」
「……行く?」
「え?」
波の音でリディアの声が聞き取れなかった。
リディアは小さく笑うと、「ううん、何でもない」と答えた。
「――コントロール・演習場」
と、リディアが言うと、ブース内は石畳が敷かれた何も無い空間になった。
「これが演習場?」
「そうよ、練習するなら雰囲気にも慣れておいた方が良いと思って」
「確かにそうだよな。よし、じゃあ早速スキルを試してみるよ」
リディアは期待に満ちた目を向け、大きく頷いた。
「……」
「ユキト……?」
「……悪いリディア、スキルってどうやって使うんだ?」
リディアが額に手を当て、大きく息を吐いた。
*
スキル発動に必要な条件は、『スキル名』と『自分の意識』だそうだ。
意識はスキルを使おうとすれば勝手に意識しているはずなので、要はスキル名を口に出すだけで発動するらしい。
「よし、やってみる」
「頑張って」
俺はリディアに向かって頷き、手の平を正面に向けた。
「――ソロモンズ・ポータル!」
瞬間、目の前に楕円形の黒い空間が現れる。
「な……⁉」
空間の奥は何も見えない。
何かが漏れ出す気配も無く、ただ、空中に暗黒が存在していた。
「な、なんか怖いんだけど……ダンジョン・ポータルとはちょっと感じが違うっていうか……」
「確かに、不気味だな……ここからどうすれば……ん?」
頭の中に召喚できる悪魔の名前が浮かぶ。
なるほど……呼び出したい悪魔の名前を呼べば良いのか。
えーっと、
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〈召喚可能悪魔一覧〉
・アスモデウス
―――――――――――――――――
今召喚できるのは、一体だけみたいだな。
よし――。
「来い! アスモデウス!」
その瞬間、ソロモンズポータルからぬっと現れ出たのは、恐ろしくも美しい女だった。
腰まで伸びた白金の髪、頭部には二本の巻き角が生えている。
黒いニーハイブーツと、下着のような黒鎧から覗く雪のように白い肌、そして蝙蝠のような黒い翼……。
「これが悪魔……」
な、なんかエロいコスプレイヤーみたいだな……。
隣のリディア見ると、凄まじく白けた目で俺を見ていた。
うっ! ……き、気まずい!
俺のせいじゃ無いのに!
アスモデウスが俺を見た。
まるで獲物でも狙うように、真っ赤な舌先をなまめかしく動かせながら、ゆっくりとこちらに近づいて来る。歩く度に豊満な胸がこぼれ落ちそうに……。
ちょ……な、何て格好してんだ!
目のやり場に困るんだがっ!
「ほぅ……お前が我を呼んだのだな……?」
赤紫色の尖った爪先が俺の頬を撫でる。
「ん? 何だこの小娘は? 邪魔をするのなら排除するぞ?」
リディアを見るアスモデウスの紅い瞳は、羽虫でも見るかのように冷たい。
「ちょ、ちょっと待って! リディアは仲間だから!」
「……まあ良い、では始めるとしよう?」
「へ? 始める?」
「我の力を欲しいのであろう?」
「――ふぁっ⁉」
え? え?
な、何⁉ どういうことっ⁉
ぐいっと押しつけられた胸。
あまりの柔らかさに気絶しそうになる。
ちょっと待て! おっ○いって……こんなに柔らかいものだったのか……っ⁉
「ちょ⁉ えっ⁉⁉」
アスモデウスはそのまま俺に絡みついてくる。
「ユキト⁉ ちょっと、何を……」
「邪魔だ――」
アスモデウスが羽を払うと、リディアが吹き飛ばされた。
「きゃっ⁉」
「リ、リディア! ちょ、やめろ! 彼女は大事な人なんだ!」
「……やれやれ、殺してなどおらん」
そう言いながらアスモデウスは、俺の首筋に舌先を這わした。