挑発
「関係ないでしょ、行こ?」
「え、ああ……」
リディアに手を引かれ、行こうとした時、俺は黒田に肩を掴まれた。
「おい、ちょっと待てよ」
「――⁉」
「ちょっと、何するのよ?」
横からリディアが言った。
「まあまあ、そんなカリカリすんなって、ちょっと呼び止めただけだろ?」
ヘラヘラと笑う黒田。
「リディア、紹介しろよ」
「あんたに名前で呼ばれる筋合いは無いんだけど?」
周りを見ると、騒ぎを聞きつけた野次馬が俺達を囲んでいた。
「ったく、いい加減素直になれって、俺以上のパートナーは居ないぞ?」
黒田は自信満々な笑みを向ける。
トレーニングスーツの胸の辺りに『MERRILL TRIAD』という英字ロゴと三角形のマークが入っていた。
「ふん、お断りよ。私に固執しないでも支援術師のあんたなら幾らでもパートナー候補がいるでしょ?」
「強がんなよ、俺と組めばデバフなんか気にせず、ソロじゃなくても討伐に参加できるんだから」
「クッ……」
リディアの顔が歪んだ。
デバフ……?
ゲームだと、敵の能力を下げる意味だったと思うが……。
「おっと、その様子だと、まだそいつに言ってないのか?」
「うるさい、黙って」
「いいか、リディア。俺が『MERRILL TRIAD』に入ってもまだパートナーを決めてないのは、お前を俺のパートナーにするためなんだぞ?」
「な……」
リディアが一瞬驚いた表情を見せた。
――周りがざわつく。
『おいおい、確かあいつ新人だろ⁉ MERRILL TRIADとかアリかよ⁉』
『大手外資じゃねぇか、クソッ! 俺も支援術師なら……』
『ヤバ、超優良物件じゃん!』
『顔も良いし、ウチ狙おっかなぁ~』
メリル・トライアド……、良くネットでも目にした外資系の大手クランだ。
そんなところに入れるなんて、支援術師は相当市場価値が高いのか……。
「じゃあ、尚更私なんか相手にしてる暇ないでしょ? それにもうパートナーは決まってるの」
「あ゛ぁ⁉ 誰だよ?」
「ねー、ユキトくん?」
おいおい……そう言うことか。
突然デュオとか言うから、おかしいとは思っていたが……。
リディアがアイコンタクトで訴えてくる。
仕方ない……まあ、ここは話を合わせるか。
「ああ、リディアは俺のパートナーだ」
「はぁ~っ⁉ お前が⁉ あはははは! おいおい、何の冗談だよ? 悪いことは言わねぇから、この女はヤメとけって」
黒田が人を小馬鹿にするように笑った。
職場でも、こいつはこういう人を食うところがあった。
ずっと我慢していたが、今となっては我慢する必要も無いか……。
「あのー、お兄さん。何がおかしいのか知らないですけど、リディアの事は諦めてもらえません?」
「あ゛ぁ? お前マジか⁉」
「は?」
黒田が凄んでくる。
だが、イケメンに睨まれても怖くないし、黒田の顔は見慣れているせいか、尚更平気だった。
ん? 俺、少し背が伸びたか?
いつの間にか、黒田と目線の高さが同じになっていた。
「ちょ、ちょっとユキトくん……」
リディアが止めに入る。
「――おい黒田、何やってんだ?」
その時、黒い短髪のボディビルダーみたいなタンクトップ姿の男が横から入って来た。
目が細く、表情が読みにくい顔をしている。
「や、安本さん、お疲れさまですっ!」
黒田が慌てた様子で頭を下げた。
安本と呼ばれた男のタンクトップには、黒田と同じMERRILL TRIADの三角形マークが入っていた。
「あ~、なるほどな。お前が言ってた湊リディアってこいつか。ふ~ん、まあ、悪くないが……このレベルで良いなら紹介してやるぞ?」
「い、いや、安本さん、大丈夫なんで……」
おいおい、何て失礼な男だ……。
しかも、リディアレベルの女の子なんてまずいないだろ?
リディアが俺の袖を引っ張り、小声で言った。
「行きましょ、相手にしなくていいわ」
「わかった……」
「おいおい、誰が行っていいと許可した?」
安本が立ち塞がり、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「は? 何であんたの許可が必要なのよ?」
「ほー、気が強い女は嫌いじゃないぜ? マグロじゃつまんねぇからよ、ははは!」
「や、安本さん、ここは大丈夫なんで……」
黒田まで止めに入るってことは……、恐らく、この安本という男は厄介な先輩なんだろう。
「おい、黒田……てめぇウチのクランに泥塗ったまま引くつもりか?」
不気味な笑顔のまま、安本は黒田に顔を近づけた。
「い、いえ……そんなつもりは……」
「よぅ~し! よく言った! 何事もチャレンジ精神が大事だからな!」
黒田の背中をバチンと叩いた後、安本は俺達に言った。
「おっし、お前ら、チャンスをやる。俺達で模擬戦をやろうじゃないか?」
糸のような目が、さらに細くなった。