魔素ルーム
「え……めちゃくちゃ広くないですか?」
裏通りを歩く間、ずっと続いていた黒い壁、それがまさか魔素ルームの敷地だったなんて……。
「まあ最初は驚くよねー、でもこのくらいじゃないと、攻撃系のスキルなんて使えないからかな? わかんないけど」
リディアはそう言って「さ、行くわよ」と、黒い壁に付いた小さなセンサーにスマホを翳した。
――音も無く入り口が開く。
緊張しながら、俺はリディアの後に続いた。
まるでホテルのフロントだ。
制服を着た男性スタッフが「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
リディアは慣れた様子で、
「高密度ルームをお願い、あと彼の新規登録もね」と言った。
「かしこまりました、ではどうぞこちらへ」
俺はスタッフの前に行く。
磨かれた大理石のカウンターに自分の顔が映っていた。
まだ少しだけ違和感があるが、格好良くなったという高揚感の方が強い。
「覚醒登録証のスマホ認証はお済みでしょうか?」
「はい、今日の朝に済ませてきました」
「ありがとうございます、では、こちらにスマホを翳していただけますか?」
俺はスマホを黒い石のようなプレートに翳した。
すると、プレートの表面に緑色に光る幾何学的模様が走った。
「ありがとうございます、ご登録が完了いたしました。これで次回ご来店時から入り口のセンサーに翳していただきますと、ルーム内の飲食、物品購入も全てスマホを通して決済されますので、直接お支払いいただく必要はございません」
「へぇ……」
「便利でしょ?」
と、横からリディアが言った。
「はい、驚きました……」
「湊様、いかがいたしましょう? 私からルームのご説明をさせていただいても?」
男性スタッフがリディアに訊ねる。
「んー、私から説明するわ、ありがと」
「いえ、こちらこそありがとうございます、では奥のB-0025をご用意いたしました、ごゆっくりどうぞ」と、丁寧に頭を下げるスタッフ。
感じが良さそうな人で良かった。
これなら一人で来た時も大丈夫そうだな。
「こっちよ」
フロントから奥へ入った。
通路は広々としていて、時折すれ違うスタッフは、きちんと立ち止まって会釈をする。覚醒者らしき人達ともすれ違うが、皆リディアに釘付けで、俺を見ようともしなかった。
「そういえば、私達まだ名前も知らなかったっけ、私は湊リディア、君は?」
「瀬名透人って言います、湊さんの事はCMで何度か」
「ふーん、そっか。で、どう? 可愛かった?」
ぐいっと顔を近づけてくるリディア。
「え、ちょ……」
「ん~? どうなのよ? ほらほら?」
さらに俺をからかっているのか、体温を感じるほど近づいてくる。
ヤバい……今まで見て来た女性の中で、湊リディアは間違いなく一番綺麗だ。
「え、あ……それは……はい」
と言うと、パッとリディアが離れた。
「ふふ、よろしい! あと、敬語はなしね、私のことはリディアって呼んで」
「……わかった」
しばらく廊下を進むと、広いロビーのような場所に出た。
大勢の人達が談笑している。
ここにいる全員が覚醒者なのか……。
「ここから北東に有名レストランやカフェ、バーがあるフードコートがあってー、南東には装備やアイテムが購入できるショップがあるの。で、私達の向かってる高密度ルームや、スキルブースは北西に、南西には演習場ね」
「いや、ホントに凄いな……」
俺はそう言って辺りを見回しながら、
「ところで高密度ルームって何をする場所?」とリディアに訊ねた。
「そっか、ごめん説明してなかったわね、んっと、ダンジョン・ポータル内は外に比べて、魔素量が通常の二倍~三倍近くになるって言われててー、その状態を人工的に再現した部屋のことかな。覚醒すると身体が魔素の影響をかなり受けるらしくて、基礎トレーニングの効率が全然違うのよ」
「へぇ……なるほど」
リディアの話に感心しながら、高密度ルームへ向かっていると、周りの覚醒者達がリディアを見て何やらヒソヒソと噂する。
『ちょ、あれ、湊リディアだろ?』
『一緒にいるの誰だよ?』
『新人か? 可哀想に……』
ん? 何か今、可哀想って聞こえた気が……。
リディアは毅然とした態度で、真っ直ぐに奥へ進んでいる。
気のせいかな……。
「よぉ! リディア、来てたのか」
声の方を見ると、そこには見覚えのある顔があった。
く、黒田――⁉
サッと血の気が引いた。
「何の用?」
リディアが冷たい声で答える。
……え、二人って、知り合いだったの⁉
「おいおい、用がなきゃ声掛けちゃ駄目なのか? そんな連れないこと言うなよ、ん? 誰、こいつ」
黒田はピタッとした黒いトレーニングスーツを着ている。
バランスの良い筋肉がついているのがわかった。
俺には気付いていないようだが……、相変わらず失礼な奴だ。