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揺れる日常

 ここ数年、ポータル、覚醒者、モンスター、スキル、そんな言葉が毎日のようにスマホに流れてくる。


 そういえば、同じ会社の黒田も覚醒したとか。

 まあ、あいつなら何でも上手くこなせそうな気はするが。


 嫌味なほど整った顔――。

 どこか、相手を見下したような乾いた笑みが、脳裏に浮かんだ。


 俺は短く息を吐き、スマホの画面を消してポケットにねじ込む。

 ほどなくして、ホームに到着した〈各駅停車本八幡(もとやわた)行〉に乗り込んだ。


 *


 車窓から眺める空はどんよりと濁っていて、大抵の人なら気が滅入るような空が広がっていたが、俺にはこれくらいがちょうど良かった。


 幡ヶ谷、初台と、停車駅を過ぎるたびに乗客が減り、すっかり空席が目立つようになった車内。いつもなら、ぎゅうぎゅう詰めになる時間帯なのだが……、珍しい事もあるもんだと、俺は車内を見渡した。


 ドア上部にあるモニター画面には、次の停車駅である新宿の文字が流れている。

 その時、ふと、週刊誌の中吊り広告に目が止まった。


『池袋17号ポータル、噂の最強ギルドが最速封鎖⁉』

『NYダウ過去最高値またもや更新!』

『何を買う⁉ 覚醒後のセレブ生活』


 ポータルだなんて……、未だに信じられない。


 数年前、世界中に突如として現れた謎の空間は、未知の世界と繋がっていた。

 そこから現れた魔物は人類を襲い始め、最初のうちは軍が対応に当たっていたが、同時に現れ始めた『異能を持つ覚醒者』のお蔭で、世界は俺のようなサラリーマンが通勤できる程度の秩序を取り戻した。


 まさに覚醒者様々――。

 今じゃタレントよりも人気があり、覚醒者と非覚醒者の間には越えられない格差の壁がある。


 ただ、実際に覚醒者がどのくらい稼いでいるのかはわからない。

 人伝いに聞こえてきた噂話と、ネットのゴシップ記事を読んで推測するくらいが関の山。まあ、SNSで彼等の派手な生活を見る限り、とんでもない額だというのは想像に難くない。


 経済においても、覚醒者をサポートする事業が核となり、世界規模で大きな成長を遂げている。


 一生に一度のチャンスだと息巻く、若い起業家や実業家達。

 大小あれど、覚醒者絡みの小売り、コンサル、派遣など、様々なビジネスモデルや企業が日々生まれ、上場し、あっという間に時価総額の記録を塗り替えていった。


 かく言う俺も、覚醒者関連企業の派遣社員として、その恩恵に預かっている。


 正直、覚醒者が得られる社会的ステータスには人並みに魅力を感じる。

 そりゃそうだ、お金、名声、女? 色々とあるが、何よりも俺が羨ましいと思うのは、誰にも縛られることのない自由が手に入るってことだ。


 誰の顔色を窺う必要もなく、自分の好きなことをして人生を楽しむ。

 軽井沢あたりに別荘でも買って、自分で庭を造ったり、日曜大工をしてみたり、猫や大きな犬も飼ってみたい。

 まさに、現代のスローライフ……。


 だが、例え覚醒して、アニメみたいな能力が使えたとしても、化け物を相手に戦うなんて俺には考えられない。

 死んでしまえば元も子もないからな。


 まぁ、心配せずとも、俺が覚醒することなんて無いんだろうけど……。


 *


 駅から出て西新宿方面へ向かう。

 大型の家電量販店、シャッターの降りた居酒屋、開店準備中のパチンコ店に並ぶ客に睨まれながら、通勤するサラリーマン達に紛れて路地裏を早足で歩いた。


 俺の職場は、比較的新しいオフィスビルの中にある。

 毎朝長蛇の列ができるエレベーターを横目に、俺は階段で六階にあるオフィスへ向かった。


 息を切らせながら、セキュリティセンサーにIDカードを翳す。

 オフィスの中に入り、自分の席に座って始業準備をしていると、少し離れた席で黒田を囲んだ数人の女子社員がきゃあきゃあと騒いでいた。


 書類を整理しながら、何がそんなに楽しいのか……と、短く息を吐く。

 すると、隣の席の石井さんが小声で話しかけてきた。


「瀬名くんおはよー、ねぇねぇ、ちょっと……」

「え? どうしたんですか?」


「あのさ、黒田くんって、覚醒したじゃない? この前、初めて討伐に行ったらしいのよ」

「へぇ……そうなんですか」


 本当に覚醒したんだな……。

 まさか身近で覚醒者が出るなんて思ってもなかった。


「でさ、ギャラが200万以上あったんだって! 凄くない? やっぱ覚醒者ってずるいわよねぇ~」


 200万……か。

 報酬として高いのか安いのか、命を張った値段にしては安い気もする。


 覚醒者達がどういう仕組みで討伐とやらを行っているのか知らないが、恐らく黒田は新人なわけだし、報酬も最低限の水準だろう。最低200万、てことは有名覚醒者にもなると……、いかん、この先を考えても何の得にもならない。


「まあ、仕方ないですよ、向こうは命張ってんだし……」

「それがさぁ、黒田くんは何だっけ、えっと……、そうそう、付与術師(エンチャンター)っていう役割らしくてさ、そんなに危険でもないらしいのよ。でもさぁ、たったの半日拘束で、ウチらみたいな一般人には考えられないような額が手に入っちゃうのよ? あぁ~嫌んなるわよねぇ~」


 そう言って石井さんは、妬みを隠そうともせずに羨ましそうな目を黒田に向ける。


「……」


 覚醒者として討伐に参加しても、その役割は多岐に渡るってことか。

 危険が無いのなら……確かに十分過ぎるほど美味しい話に思えた。


「うぃーっす、瀬名さん、あ、石井さんもおはよっす」


 黒田が俺の席に来た。

 すかさず石井さんが探りを入れる。


「黒田くん、聞いたわよー、大活躍らしいじゃない?」

「えー、もう噂になってんの? マジ、一般人の嫉妬すげぇな」


 一瞬、石井さんの顔が引き()るが、

「嫉妬して当たり前でしょ? あんただって、ついこの間まで同じ給料もらってたくせに」と負けずに返す。

「ははは、そーっすよねー、すんません」


 悪びれもせずに笑う黒田。

 前からずけずけと物を言う性格だったが、覚醒者になった今、ちゃんとブレーキが利くのか心配だ。


「そうそう、んなことどーでもよくて、瀬名さん、俺辞めるんで一応挨拶と思って」

「あ……、まあ、そりゃそうだよな、うん、おめでとう。頑張ってな」


 そりゃ一回の戦闘でウン百万も稼げるんだ、こんな所にいる必要なんて無い。

 しかし、黒田みたいなイケメンが、さらに覚醒するって……、ほんとこの世界はどこまでも不公平に出来ている。


 別に黒田が悪いわけじゃないし、妬んでも仕方ないのはわかっているが、素直に祝う気にはなれないな。

 まぁ、もう二度とこいつに会わなくて済むのだけは幸いだ、惨めな気持ちにならなくて済む……。


 ――と、その時。

 突然、黒田に両肩を叩かれ、身体を揺らされた。


「ま! 瀬名さんは他じゃ絶対無理だろうからね、ちゃ~んと契約更新できるように頑張ってくださいよ~?」


 オフィスに変な空気が流れるを感じた。

 石井さんも、どう反応していいか迷っているようだった。


「……お、おいおい! 覚醒者になると厳しいな~!」


 努めて明るく返すと、周りも笑って流す雰囲気になった。


 俺はどんな顔で笑っていたのだろう。

 気付くと黒田の姿は無かった。


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