ジルテーノ・シウバ 行商日記 抜粋
◆ケルケト歴83年 根ノ月 3日
イオリス王国の首都リヒテンダートを出発してから3日目。今のところ道程は順調に進んでいる。
次の目的地であるシトルエンまであと5日といったところか。
現在地はリヒテンダートと西の要衝ガオルとの間に広がるマヤルの森の入り口。
マヤルの森の危険度はそれ程高くないが盗賊の被害に遭う可能性が高いので、本来なら迂回するルートを取っている。マヤルの森を迂回するルートを取れば安全な街道を通ることができるが、今回選択した森を通るルートに比べ4日は時間が掛かる。しかし、今回はシトルエンへの到着に時間制限がある。迂回するルートでは間に合わない為、止むを得ずこの森を通るルートを選択した。
正直、盗賊に遭遇するリスクは負いたくはなかったが今回ばかりはしょうがない。念には念を入れて、冒険者ギルドに依頼を出し、普段よりも護衛の数を増やしておいた。ランクも高めの冒険者を雇ったので多少の出費はあったが、安全と天秤にかければケチる事は出来ない。命あっての物種だ。
ここら辺を縄張りにしている盗賊団なら、今回の護衛チームでも十分だろう。
既に日が傾いている為、今日はここで野宿だな。
◆ケルケト歴83年 根ノ月 4日
なんて事だ、冒険者の護衛チームが全滅した。
並の盗賊なら今回雇っていた『黒』ランクの冒険者チームで余裕を持って対処出来た筈だ。
しかし、この森に潜んでいた盗賊団は、近頃、冒険者ギルドでも討伐依頼が出ていた『黒銀の鷹』だった。『黒銀の鷹』は首都の東方面を縄張りにしていたので、西側での活動は今まで確認されていなかったはずだ。くそっ、俺の情報収集が甘かったようだ。
『黒銀の鷹』は、10段階の危険度ランクで上から3番目に相当する危険度8の盗賊団。首領のアザームは元『銀』ランクの冒険者、副首領のザザビ・ディアカは元『銅』ランク相当の騎士だった。どちらも戦闘能力が高い。
対処するには『銅』ランク冒険者の複数チームか『銀』ランク以上のチームが必要なレベルだ。到底『黒』ランクの冒険者達では太刀打ち出来ない。
護衛チームが瞬く間にやられ、絶対絶命。
さすがの俺も死を覚悟した。
ところが、突然現れた少年がたった1人で盗賊団を殲滅した。
少年は主に片刃の直剣を操り戦闘を行っていた。時折、目くらましの為に閃光魔法を使用したが、攻撃魔法の類は使わなかったように見受けられた。
凄まじい戦闘スピードだ。恐ろしく強力な身体強化魔法とその強化魔法に耐えうる肉体を持っているようだ。少年は苦戦する様子もなく、10数人の下っ端を片付けると、アザーム、ザザビをもあっさりと倒した。少年には傷どころか汚れの1つすら付いていなかった。
盗賊団を倒してくれた少年にお礼を言うと、少年はこの森で迷っていたらしく、戦闘の音を聞きつけて人がいると思ってやってきたらしい。
どうやら少年もシトルエンを目指しているそうで、俺は命を救ってくれたお礼も込めて馬車に乗っていかないかと提案をした。護衛チームが全滅した為、少年の戦闘力を護衛としてあてにしたことは否定しない。
もちろん、その分の礼はしっかりとする。借りを返さないのは商人としても人としても俺の矜持に反する。
少年は俺の提案を快く受け入れた。
取り敢えず軽く自己紹介だけを済ませ、まずは森を抜けることにした。
◆ケルケト歴83年 根ノ月 5日
俺と少年は無事にマヤルの森を抜け、西の要衝ガオルに向かっている。道中、改めて少年と話をした。
少年の名はドラゴ・グリントというらしい。
11歳にしては高い身長で、鍛えているらしく引き締まったいい筋肉のつき方をしている。
真っ黒な髪の色とは対照的に眼は鮮やかな真紅だ。
少年は『学院』の入学試験を受ける為、学園都市への定期便が出ているシトルエンに行きたいようだ。
どこから来たのか尋ねても「南東から」としか答えない。なんでも町や村ではなく山奥の小屋で爺さんと暮らしていたらしく、そうとしか言いようがないそうだ。
少年と会話をしながら、俺は懐かしい記憶を思い出していた。
俺は、この少年と瓜二つの人物を知っている。顔の作りや身体つき、髪の毛の色や質まで似ている。最早、生き写しと言ってもいい。ただ、眼だけが違う。俺の知っている人物は髪と同じ漆黒の瞳だ。
シュナイゼル・ギルバート・フェリステッド。
故郷のアークエルド聖王国にある騎士養成学校で初等部から高等部まで共に学んだ悪友だ。
シュナイゼルは侯爵家の跡取りで、俺は大商会の次男坊。いくら俺の実家がでかい商会だからといって、侯爵家の跡取り息子となんて普通なら仲良くなれる筈がない。それだけの身分の差だ。だが、シュナイゼルは全く貴族らしくなかった。もちろん俺にとって良い意味でだ。
あいつは兎に角堅苦しい生活を嫌った。いつの間にか仲良くなった俺とシュナイゼルは、面白いと思えることは何でもやった。但し、人を不幸にすることだけはしなかった。それが俺とあいつが決めたルールだ。
二人とも親の目があったので留年だけは避けた。幸い、俺もシュナイゼルも要領だけは良かったので順調に進級を重ねた。そして、学校卒業を間近に控えたある日、シュナイゼルは「冒険者になる」といって出奔した。18歳の誕生日の前日だった。あいつは貴族である自分のことを心底毛嫌いし、自由を求めていた。俺は止めることも付いていくこともせずにあいつを見送った。
シュナイゼルが出奔した際、当時、当主であったシュナイゼルの父親は相当怒り狂ったと聞いている。
その後、フェリステッド家はシュナイゼルの弟が跡を継いだ。
シュナイゼルが出奔して15年、今から12年ほど前、俺は行商で立ち寄った町であいつと再会した。俺とあいつが会ったのはその時が最後だ。しばらくして、俺は自分の情報網によって、あいつが魔物の討伐に失敗をして命を落としたことを知った。
この少年はシュナイゼルと何か関係があるのだろうか?
まさか、息子だろうか?だが、あいつが誰かと所帯を持ったとは聞いていない。少年に両親について聞いた時は、父親は生まれる前に死んでいて分からないと言っていた。
だが俺の勘が言っている。
「この少年はシュナイゼルの息子だ」と。
ガオルに着いたら商会の情報管理部に調査を頼んでおこう。
◆ケルケト歴83年 根ノ月 8日
道中、盗賊やら何やら色々とアクシデントがあったものの無事にシトルエンに到着することが出来た。
ここ何日か旅を共にしたことでドラゴの坊主ともかなり親しくなれたと感じている。
坊主も俺に対する遠慮がなくなってきた所を見ると、向こうもそう感じているんじゃないかと思う。
ぶっちゃけ、もう少し遠慮しろよと思うことはなくはない。
宿はシトルエンに立ち寄る際は毎回お世話になっている『南の風』にした。
なんと言っても飯が美味いからな。
宿を借りる際にリオレスという少年と出会った。ちょうど、俺と坊主が宿の受付を済ませたところだった。
リオレスは宿泊を希望したが、俺と坊主が部屋を借りた時点で宿は満室になったと女将のキーアから知らされて意気消沈しているようだ。まぁ、無理もない。坊主と同じぐらいの歳に見えるから10歳やそこらだろうが、そんな子供が1人で旅をして来てやっと辿り着いた宿屋が満室だなんて、一目見て疲労困憊だと分かるリオレスにはかなり酷だ。
俺がリオレスに部屋を譲ろうと声を掛けようとした時、坊主が先に助け舟を出した。
へ~、意外と優しいな。
率直に言って坊主がリオレスに同室を提案したことに驚いた。
ここまでの旅の中で坊主の性格はある程度見えてきたが、11歳の子供とは思えないほどドライな思考をする。良く言えば現実的な考え方だ。まあ、偶におふざけと言うか、抜けてると言うか、こっちの想像を超えるぶっとんだ言動だあったり、常識が欠如していたりするが。
とにかく、純粋な好意から出た行動かは分からないが、リオレスを助けたことは俺の中での坊主のイメージとは違った行動だった。
ちなみに、俺を盗賊から助けたのは道案内が欲しいっていう打算もあっただろうし、純粋な好意ではなかっただろう。
まあ、坊主が実は優しい性格の持ち主かもしれないってのは、リオレスの自己紹介を聞いたらどうでもいい話題だ。
リオレス・アーロティガ、この名は俺に衝撃を与えた。
リオレスの姓、アーロティガは人族の中では特に知られていない。しかし、この大陸の東の果てに存在するエルフの国でこの名を知らない者はいない。エルフの友人から聞かされた話がある。
エルフの守護者たる『三賢刃』。
『三賢刃』とは、『幻刃』、『閃刃』、『断刃』の三人のエルフの魔道剣士のことだ。それぞれが人族にとっては天災級の戦闘力を有するらしい。
他の種族にはこの異名のみが伝わっており、実際にその力を見た者もいない為、知らない者がほとんどだろう。流石に各国の上層部は知っているだろうが。
その『三賢刃』の1人、『幻刃』。名をイラクラバ・アーロティガという。
おそらく、リオレスは世界でも上位に入る実力者の血縁。
どの程度近しい存在かは分からないが、リオレスはエルフの血を確実に継いでいる。
容姿にそれらしい特徴がないのは血が薄いせいか、それとも隠蔽魔法で隠しているのか。
まあ、こちらからは表立って詮索しない。人族の国でエルフの血が流れていることが知られれば碌なことにならないのは目に見えている。それはリオレスも分かっているだろう。だからこそ『学院』って訳か。
坊主、そして、リオレス。こいつらとは友諠を結んでおく方が俺にとってプラスになるだろう。
全く、この先が楽しみな2人だぜ。