6話 聖ケルケト教会
「ある人からの贈り物?誰からなのか教えてくれよ」
俺がこの世界に来てから関わった人物はそれ程多くはないが、その中の誰かからなのか。
可能性が高いのは、爺ちゃん、師匠、ズズ爺かな。
「すまんが、それは出来ない。この金属の箱を預かった相手から、自分が誰かはその箱が必要になった時に分かるからそれまでは黙っていて欲しいと頼まれているからな。俺からもお願いだ、ここは黙って受け取っちゃくれないか?頼む」
おっちゃんはそう言って頭を下げてきた。
その人物が知られたくない理由が何かは分からないがおっちゃんにここまで言われたら断れないな。
「分かった、貰っておくよ」
「そうか、ありがとうな。それじゃあ、受け取ってくれ」
俺はテーブルの上に置かれた金属の箱を手に取ってみた。
なんだろうこの金属は?持ち上げてみると異常に軽いし、しかも少し温かい。
ひんやりとした手触りを想像していた俺は全く違う感触に驚いた。
これは確かに金属のようだが俺が知っているどの金属とも違う。
「なぁ、おっちゃんはこの金属が何か知ってるのか?」
「いや、俺も何かは教えられてないな」
おっちゃんも知らないのか。
俺は持っている金属をリオレスに渡して意見を聞いてみる。
「リオレス何か分かるか?」
俺から金属の箱を受け取ったリオレスがその正体を探ろうとしばらく観察するが、どうやら何も分からなかったようだ。
「お手上げ。僕にも何も心当たりはなさそうだよ」
「これで学院に行ってから調べることがまた1つ増えたな」
まず調べたいのは例の卵。孵化させることが出来れば俺にもメリットがある。次にこの金属。こっちは急ぎ調べなきゃ行けない物じゃなさそうだしゆっくりやるか。
「それにはまず合格しないとね。試験日より早く現地に着けば試験の情報を集めることができるかもしれない。合格の可能性を少しでも上げる為にできることはやっておかないと」
試験内容か。爺ちゃんはなんか知っている風だったけど、聞いても受ければ分かるってしか言ってくれなかったしな。情報だってそうそう漏れたりしないだろうがやらないよりはましかな。
「よし!それじゃあ、渡すべき物も無事に渡せたことだし、坊主達はそろそろ出発の時間だろう」
「そうだな」
時刻は光の十一刻を回っている。ここから発着所まで半刻まではかからないが時間に余裕を持って行動したほうがいいだろう。
俺は受け取ったものを旅用の鞄にしまい席を立つ。
「おっちゃん、世話になったな。俺がいなくて旅の護衛は大丈夫か?」
「こちとら何年も行商をこなしてるんだぜ、心配無用だ。昨日の内に冒険者ギルドには依頼を出してある。まあ、坊主程の腕利きって訳にはいかないかもしれんがな、がははっ」
「流石、準備がいいな。じゃあおっちゃん一先ずこれでお別れだな」
俺はそう言っておっちゃんへと右手を差し出す。
「ああ、試験でへまするなよ。卒業してでかくなったお前らにまた会えるのを楽しみにしてるぜ。身体に気をつけてな」
おっちゃんは俺の手を力強く握り返す。俺も少しだけ力を込めおっちゃんと目を合わせると手を離した。
俺との握手を終えたおっちゃんは、リオレスに別れの挨拶を告げて握手をしている。
リオレスとおっちゃんのやり取りが終わるのを待って、俺とリオレスは『南の風』を後にするべく出口へと向かう。おっちゃんも付いて来るが、どうやら宿の外までは見送りに来てくれるようだ。
宿を出る前に受付にいるキーアさんに挨拶をする。
「キーアさん、お世話になりました。いずれまたこの宿の美味しいご飯を食べに来ますから」
「ええ、楽しみに待っているわ。二人とも試験頑張ってね」
挨拶を済ませた俺とリオレスはおっちゃんと共に外へ出る。
「それじゃあ、行くな」
「ちょっと待て、お別れの前に一つ忠告だ。いいか、『聖ケルケト教会』には気を付けろ。学院にいる間は大丈夫だろうが、ここ最近どうもきな臭くなってきている。奴ら表立っては異種族融和なんて謳っちゃいるが、そんなのは全く信用ならねえ。奴らの根っこは人族至上主義だ。隙あらば他の種族を支配下に置こうと狙っていやがる。うちの商会も、従業員がいろんな種族で構成されているからかなり警戒してる。」
「具体的に何を気を付けたらいい?」
「取り合えず揉め事は起こすな。特に教会の最大戦力である『七星』とはな。きな臭いってのもそいつらの行動情報がやたらと目立つからだ。噂では他種族にちょっかいをかけているとも聞いている。ドラゴ、いくらお前さんが強くとも『七星』の強さは別格だ。特に筆頭の『剣星』クリス・コーネリア・アルカイドは化け物だ。絶対に関わるなよ。」
「教会の『七星』ね、分かったよ。俺だって誰彼構わず喧嘩売ったりはしないって。彼我の実力差が測れない程甘い鍛え方はされてないさ」
教会の化け物ね。うちの化け物師匠と化け物爺と比べたらどちらが危険なのか。ちょっと興味が湧くな。
だが興味本位で手を出すにはリスクがありすぎるか。おっちゃんが俺達を心配してわざわざ情報をくれてまで忠告してくれたんだ、ありがたく受け取っておこう。
「そんじゃ、今度こそ行くぞ。忠告ありがとう、じゃあな、おっちゃん!」
「また会いましょう!ジルテールさん」
「ああ、また会おう」
おっちゃんと別れて俺とリオレスは発着所へと歩き出した。
それにしても、さっきの教会についての忠告。あれはたぶん…
「ジルテールさん、僕がハーフエルフだって気付いてたみたいだね」
やっぱりリオレスも気がついたか。
「おそらくそうだろうな。そうでなきゃ、教会の裏事情である人族至上主義に言及してまで俺に忠告する意味はあまりないからな」
人族至上主義が人族の俺に与える実害はない。そう考えると、おっちゃんの忠告はむしろハーフエルフであるリオレスに向けてのものと考えるのが自然だ。
「なんで分かったんだろ?」
「アーロティガって母親の姓か?」
「たぶんそうだと思う。その姓からエルフって分かるものなのかな?」
「あのおっちゃんは優秀な商人だからな、各所に情報網を張り巡らしているだろうし知っていてもおかしくないかもな」
もしかするとアーロティガってのはエルフの中では有名な家名なのかもしれないな。
人族の中で広まってなくても情報通でもあるおっちゃんなら知っている可能性が高い。
だが、教会がいくら人族至上主義だろうと表面上は種族融和を唱えているんだ、人目がある場所で堂々と何かしてくるとは考えにくい。しかしながら、俺の考えは甘かったようだ。
俺とリオレスが発着所に到着すると定期便の馬車の他に白い馬車が1台停まっている。
「ドラゴ、まずいね。さっそくお出ましだよ」
「まずいって?もしかして、あの白い馬車って教会の馬車か?」
「そうだね。馬車に描かれている紋章が聖ケルケト教会のものだ。でもここに何の用だろうね?教会の人間が学園都市に用事があるとは思えないけどな」
確かに、教会からしたら様々な種族が一堂に会し学問に励む場所なんか目の上のたん瘤どころの話じゃないだろうからな。
「まあ、こっちからちょっかいをかけなければ何もないだろ」
「それもそうか。ジルテールさんも揉め事は起こすなって言ってたからこっちから関わりに行かなければ大丈夫そうだね」
さてと、それじゃ発着所の小屋で手続きでもしてくるかな。
俺達はなるべく教会の馬車に近寄らないようにして小屋へと向かう。
小屋では昨日も対応してくれた用務員がいる。向こうもこちらに気が付いたようで悪戯っぽい笑顔で軽く手を挙げて挨拶をしてきた。
「やあ、昨日の少年たち。今日の便に乗ることにしたのかな?」
「昨日はどうも。その通り、2人なんだけど大丈夫か?」
「それじゃあ、料金は1人大銅貨3枚だよ」
俺とリオレスはそれぞれ料金を払う。
「それじゃあ、これが定期便の乗車券だ。途中の休憩地点で確認されるから失くさないようにね」
「ああ、どうもありがとう」
「君たちの乗る馬車は32番だよ。丁度今教会の馬車が停まっている辺りにあるはずだ」
乗車券をもらい、馬車の場所を教えてもらえたのはいいが教会の馬車の近くとは。
なるべく関わりたくないので近寄りたくはないが、ささっと馬車に乗ってしまおう。
教会の馬車の側までやってきたが、どうやら俺たちの乗る32番馬車はもう少し奥のようだ。
しかし、本当に真っ白な馬車だな。馬車を引いている馬まで白いし。それにしてもこの馬はなんてモンスターなんだろうな?闘馬よりはかなり小さいし。体は真っ白だけど眼だけが赤い。配色だけ見ると兎みたいな馬だなぁという感想だな。リオレスは知ってるか聞いてみよう。
「なあ、リオレ」
ガチャ
「ス?」
教会の馬車の扉が開いて降りてきたのは、きれいな長い青色の髪を持つ女の子だった。