3話 リオレス・アーロティガ
俺とリオレスは手を離す。
「いやいやいや、2人で盛り上がってるところ悪いけど、代金は俺が持つ!これは譲れないからな、坊主!」
途中から静かに成り行きを見守っていたおっちゃんが凄い勢いで主張してくる。
なぜそこまで奢りたがるのか。リオレスが若干引いている。
「分かったよ。宿も飯もおっちゃんの奢りな」
「分かればいいんだよ、分かれば」
もしかするとこのおっちゃん、打算も何もないただのいい人なんじゃないかと思えてきた。しかし、それは商人としてはどうなんだろうか?
「そうゆう訳で宿代と飯代は俺のおごりだ。よろしくな、リオレス。俺はジルテールだ。商人をやっている。」
「本当にどうもありがとうございます。リオレスです。よろしくお願いします、ジルテールさん」
おっちゃんとリオレスも自己紹介を済ませ握手をした。
「それじゃあ、話もまとまったようだしお部屋に案内するわね」
そういってキーアさんが部屋へと案内してくれた。
案内された部屋は綺麗に片付けられており、シングルベッドが1つと小さめの机と椅子が1セットあるだけのシンプルな部屋だった。
「ごめんなさいね、2人で使うには少し狭いけど」
「いえいえ、無理を言ったのはこっちなので。女将さんが気に病む必要はありませんよ」
「そう?それじゃあ、代わりと言ったら変だけど今晩の食事はうんと豪華にするわね」
そう言って女将さんは1階へと戻っていった。
俺は床で寝袋を使えばいいな。ベッドはリオレスに譲ろう。
「ベッドはドラゴが使いなよ。僕は寝袋を使うからさ。言っておくけど、もともとこの部屋を借りたのはドラゴで、僕がこの部屋を使えるのは君のおかげなんだから当たり前のことだよ」
リオレスにベッドを譲るはずが先を越されてしまったようだ。ここまで先手を打たれて念押しされれば断りづらい。
「分かったよ。俺がベッドでリオレスは床だ」
コンコンッ
ドアをノックする音がすると同時におっちゃんがドアを開けて入って来る。
「返事する前に入って来るなよ」
「まあ、俺と坊主の仲だ、大目に見てくれ」
俺は軽く抗議するがおっちゃんは聞き流す。
「坊主たち、俺はちょっくら仕事の時間だ。晩飯まで自由時間にしよう、暮の六刻に食堂に集合な。それじゃあまた後でな」
言いたいことだけいってさっさといなくなってしまった。
どうやらおっちゃんは仕事のようだ。
オークションはまだだし、他の商品の仕入れかな?
おっちゃんがどんな仕事をするのかも気になるがまずは定期便の確認に行くか。
リオレスが知っているなら話は早いんだが。
「リオレスは定期便の確認はしたのか?」
「まだだよ。ドラゴもまだみたいだね」
「ああ、これから一緒に行くか?」
「そうだね、場所は分かるの?」
「町の西にあるって聞いたな」
「そうかい。ならパパッと行ってこようか」
俺とリオレスは出かける準備をしてから1階の受付に向かう。
ちょうど手が空いていたキーアさんに外出する旨を伝えて町へ出た。
「この町は大きいよね。僕の住んでた村とは全然違う」
発着所に向かい歩いていると町の様子を眺めながらリオレスがそんなことを言い出した。シトルエンはファンタジーの定番、中世ヨーロッパって感じの街並みだな。
「リオレスの住んでいた村はどんなところなんだ?」
「南の山脈の麓にある50人くらいが暮らす村だよ。この町に比べたら凄く小さな村だね」
「その村はエルフが住む村なのか?」
「えっ?!なんで?」
リオレスの反応が過剰だな。
なんでそんなに動揺するのか、俺はストレートに聞いてみることにした。
「どうした、そんなに驚いた顔をして?リオレスがエルフならその村がエルフの村じゃないかと推測しただけだぞ」
そう、リオレスはプラチナブロンドの短髪に翡翠色の瞳とかなり目立つ外見をしているが、俺が最も目を引いたのはその長い耳だ。エルフの特徴でもある。
だがよくよく見ると師匠の耳よりも若干短く見えるな。
俺の剣術の師匠はエルフだ。弟子など取らない主義だったらしいが爺ちゃんの孫ってことで色々教えてくれた。爺ちゃんとは昔からの付き合いだそうだ。
「なんで僕がエルフだと思うんだい?」
多少は動揺から立ち直ったのかリオレスが問い返してくる。
「いや、その耳を見たら誰だって分かるだろ?でも俺の知っているエルフよりも少し短い気がするんだが気のせいか?」
「もしかして、ドラゴには僕の耳にかけられた隠蔽魔法が効いてないの?」
ん?隠蔽魔法?
「隠蔽なんかしてたのか?最初から長い耳だっだぞ」
「そうか。やっぱり効いてないみたいだね。なんで効いてないのか気になるけど先に君の質問に答えよう」
リオレスは俺の方に向き直ると魔法を使った。
「防音魔法?」
音に頼らずに気配を察知する修行でよくお世話になったな。
師匠の魔法と比べれば精度は落ちるが、それでも魔素の揺らぎがほとんどない綺麗な魔法だ。
「うん。あまり人には聞かれたくない話だからね。歩きながら話そうか」
俺とリオレスはまた歩き始めると、2人を包む防音の空間も一緒に移動する。
人に作用させるんじゃなく空間に作用させているのか。
中々器用な芸当だ。
「まず、僕のことを話すよ。僕は母がエルフ族で父が人族のハーフエルフなんだ。耳が短いのはそのせいだと思う。単に身体的特徴に関する個人差かもしれないけど、他のエルフと会ったことがないから僕には分からない」
「そうか」
俺はリオレスに話の続きを促す。
「住んでいた村は普通に人族の村だよ。僕も母さんもエルフであることを隠蔽して人族として生きてきた。そうでなければ僕も母さんも今頃はどこかで奴隷になっていたかもしれないね」
「奴隷・・・」
この世界には奴隷制度が当たり前に存在しているそうだ。自種族の奴隷は犯罪奴隷に限るが他種族に関してはその限りではない。俺が昔聞いた話では特に人族は他種族の奴隷を好むらしい。エルフも人族に人気のある奴隷らしい。
「父は僕が生まれる前に病死したと聞いている。母さんは僕と自分がエルフだとバレないよう隠蔽の魔法をかけて身を守ってくれたんだ」
「お母さんの故郷に帰ればそんなことをしなくても安全に暮らせたんじゃないか?」
「それは出来なかった。母さんの部族は他種族と結ばれることを決して許さない排他的なエルフの集団だ。人族と夫婦となった母さんが帰ることは出来なかった。もちろんハーフである僕も。他の部族に助けを求めようともエルフは基本的に隠れ棲んでいて見つけるのは容易じゃない。結局はあの村でバレないように暮らすしかなかったんだ」
「そうだったのか。でもリオレスが学院に入学するとしてお母さんはどうするんだ?」
「母さんは半年前に死んだんだ。父さんと同じ病だったみたい」
俺は言葉が出なかった。母を失う悲しみは知ってる。
「母さんのことは僕の中で整理はついているつもりだよ。だからドラゴがそんな顔しなくてもいい」
実年齢より17歳も下の子供に気を遣われて慰められてしまった。
「逆に気を遣わせて悪かったな」
「別に気にしてないよ。母さんが死んだ時に隠蔽魔法が解けて俺と母さんがエルフだったとバレたんだ。村人は俺をどうこうしようとはしなかったけどそれまでのようにあの村で暮らすのは難しいと感じた。母さんを弔ってこれからどうしようかと考えていた時に『学院』からの受験票が届いたんだ。『学院』なら種族は関係ない。才能、実力を示せば居場所ができる。幸い、僕の魔法技能は客観的に見ても年齢に見合っていないレベルだからね。入学できる確率は低くなさそうだから受験することを決めたんだ」
「俺と同い歳なのにすごいな、リオレスは」
本当に色々と考えているみたいだ。
実際にはだいぶ年下だけど本当に尊敬できる。
「ありがとう。それより、なんで僕の隠蔽魔法が見破れたか教えてよ」
リオレスは微笑みながらそう言った。