2話 学院
『学院』とは、世界中からあらゆる種族のあらゆる才能を集め教育を施す為に設立された超大規模教育機関。
世界中に学校、学園は数あれど学院と名のつくものは学園国家リドゥエンドーマに存在する『学院』ただ1つである。
学園国家リドゥエンドーマに都市はたった1つのみ。
それが学都ジェフティア。
学院が設立された後、学生や教師、卒院生によって学院周辺に町が創られ、やがて学都ジェフティアが誕生した。
そして、学院や学都ジェフティアを他国の干渉から守る為に当時の学院長を国家元首として学園国家リドゥエンドーマが誕生したのだ。
学院は、優秀な者、特殊な才能を持つ者、または周りから奇人変人と思われている者など様々な個性を発見する為に独自のネットワークを世界中に張り巡らせている。そして、発見した者達に受験票を送る。
受験票はきっかけに過ぎない。なぜなら、受験票が届かない者にも学院の門戸は開かれているからだ。
学院はその者が知識を、武力を、技術を、進化を、探究を、栄光を、富を望むのであれば、その機会を与えてくれる。
チャンスは平等、しかしながら、資格を手にできる者は限られる。資格が欲しくば試験を突破するしかない。
そうして学院はより優れた才能を厳選し磨き上げていく。
--------
俺とおっちゃんは町へ入る為の手続きを無事に済ませて宿へと向かっている。
おっちゃんはシトルエンに何度も来ているらしく、馴染みの宿屋があるということで紹介してもらうことになった。
「今から向かうのは『南の風』っていう宿屋だ。設備は最低限だが必要なものが揃っている。掃除は丁寧で清潔だな。部屋は少し狭いかもしれないが短い滞在なら気にならない。料金も手頃だ。そして何より飯が美味いな!」
「飯が美味いのは楽しみだ!」
思えばこの世界に来てから碌なものを食べてないな。
生まれてすぐは母やリツィーがいたからまだマシだったが、爺ちゃんと暮らすようになってからは魔物の肉や野草やら果実やら山の恵みがほとんどだった。
「『南の風』の店主は王都で修行を積んだ料理人なんだよ。腕は一流、王都で店を出しても繁盛間違いなしだ」
「それは凄いな。そんな一流料理人がいる宿なら普通料金も高いんじゃないのか?」
「料金は1泊2食付きで銀貨1枚と銅板1枚だな。この辺じゃほぼ最安みたいなものだ。無口だが気前の良い男だからな、自分の料理が多くの人に食べてもらえる方が嬉しいみたいだな」
「その値段で一流の料理が食べられるなら破格だな」
この国の通貨は、鉄貨、銅貨、銅板、銀貨、銀板、金貨、白金貨が流通している。
俺の感覚だと銅貨は日本円で100円ぐらい。銅板は銅貨5枚分、銀貨は銅板5枚分だ。
つまり『南の風』の宿泊料金は日本円で3,000円。2食付いての値段ならかなりリーズナブルだな。日本で一流シェフの料理を食べようと思ったら1食分の料金にもならないな。
手持ちはあるがこの先何があるか分からない以上節約することに越したことはない。安くて美味いは大歓迎だな。
余談だが、この世界の硬貨には偽造防止と質量軽減の魔法陣が刻印されていて信用度、利便性ともに高くなっている。この技術も俺が今から向かう学園国家『リドゥエンドーマ』が由来のものらしい。
「ところで、坊主は何泊するんだ?定期便は2日に1便程度は出てるはずだが」
「とりあえず、次の便がいつ出るかを確認してそれ次第かな。早ければ明日か明後日には出発したい」
この町で学院についての情報収集するのも一つの手だが、あまり期待はできないだろう。さっさとジェフティアに行ったほうが試験についての有益な情報が手に入るかもしれないし、この町に長居することはないだろう。
「そうか。試験の準備なんかもあるだろうから、ゆっくりしていけばいいとは言いづらいな。そんじゃまあ、短い付き合いだったが俺もいろいろと世話になったしな、宿代と飯代は俺が持つぞ。晩飯は豪勢にして坊主の門出を祝おうじゃあないか」
「いやいや、自分の宿代くらい自分で払うぞ。そこまで面倒は掛けられない」
おっちゃんの気持ちはありがたいが、俺はそこまで図々しくなれないし、借りを作るのも良い気分じゃ無い。
「面倒なんてことはない。むしろ、今後の付き合いを見越しての投資だよ。俺の商人としての勘が言ってるんだ、『ドラゴ・グリントは傑物。ここで終わる付き合いじゃあ勿体ない』ってな。俺の下心もあるんだ。そんなに恐縮しないでご馳走させてくれ」
ふむ、先行投資という訳か。正直、俺自身自分がこの世界でどの程度の実力かは分からない。だが、そこまで言われれば期待に応えたいとも思えてくる。
「俺はそんな大そうなもんじゃないと思うけどな。でも、そこまで言ってくれるなら遠慮なくご馳走になるよ。ありがとうな、おっちゃん」
「どうってことないぜ。学院でいい発明や金になりそうな話があれば教えてくれ」
「了解だ」
宿屋『南の風』は町の中心部から少し外れた区画にあった。
「いらっしゃいませ~」
宿に入るとそこは食堂になっており、入口の右手には受付があった。食堂の右奥には階段があるので宿泊用の部屋はおそらく2階にあるのだろう。おっちゃんが受付にいた女性、おそらくこの宿の女将さんであろう、と話し始めた。
「キーアさん、2部屋借りたいんだけど空いてる?1部屋は10日もう1部屋は長くても3日かな」
どうやらあの恰幅の良い女将さんの名前はキーアというらしい。
「久しぶりね、ジルテーノさん。丁度2部屋空いているわ。じゃあ、これにサインお願いね」
おっちゃんは女将さんから宿泊者名簿の様なものを受け取るとサインをして返した。
「良かった良かった。ところでさ、今日の晩飯なんだけどちょっと豪華にして欲しいんだ。この坊主が学院の入学試験を受けに行くんだけどさ、合格の前祝ってことでご馳走したいんだよね。代金は俺持ちだからさ、お願いできる?」
おっちゃんは俺の肩へ腕を回してキーアさんによく見えるようにと引き寄せる。
「へ~、学院の受験生!ジルテーノさんがそこまで言うんだから、あなたかなり凄いのね!分かったわ、ダルに腕によりをかけて作るよう言っておくから!あら、いらっしゃいませ」
キーアさんが話していると入口の扉が開いて俺と同じ年くらいの少年が入ってきた。
「すみません、部屋は空いていますか?」
「ごめんなさい。今日はもう一杯になっちゃったのよ」
「そうですか」
どうやら少年は宿を探しているようだ。
おそらく何軒か回って来たのだろう。身なりから推測するに代金が高い宿には手が届かなかったのかもしれない。
身につけている外套や靴はかなり汚れている。
かなりの長旅の末シトルエンに辿り着いたのだろうか、疲労の色も隠せていないな。
なんとなく放っては置けないと感じた俺は、今しがた入ってきた扉から出て行こうとする少年に話しかける。
「なあ、俺と同部屋で良ければ泊まれると思うぞ。キーアさん、いいですよね?代金は俺が持ちますから」
「いやいや、代金は俺が持つって話だろ?」
おっちゃんが話に割り込んでくる。
ちょっと黙っててほしい。まとまる話もまとまらない。
「いや、さすがに俺が勝手を言ってるんだから俺が払うべきところしょ?それで、キーアさんどうですか?」
「うちは別に構わないわよ。あなたはそれでもいいの?」
キーアさんが少年に尋ねる。
「構いません!同部屋でも泊めていただけるならとても助かります。代金は自分で払いますので。でも、本当にいいんですか?」
「ああ、構わない。君も学院の受験生だろ?俺もそうなんだが、そうすると俺たちは同級生になるかもしれない受験生仲間だ。困っている仲間がいれば助けるのが普通だろう?」
「ありがとうございます。あなたも受験生でしたか!なぜ僕がそうだと分かったのですか?」
「勘だ」
まあ、今の時期に1人で俺と同じくらいの歳の子供がいれば見当は付く。それほど難しい推理じゃない。
「そうですか。ではお言葉に甘えてご一緒させて頂きます。僕の名前はリオレス・アーロティガです」
「ドラゴ・グリントだ。よろしくな。」
そう言って俺は右手を差し出す。
「あと、同い年なんだから敬語はいらないぞ」
「分かりま、、、分かった。こちらこそよろしく」
リオレスが俺の目を真っすぐに見つめ、右手で差し出していた俺の手を握った。
これが俺と親友リオレス・アーロティガとの出会いだ。