22話 吊革はない
「さて、彼等にとっては退屈な筆記試験になりそうですね。実技試験の先生は誰にしましょうか」
白衣を着た30歳半ば程の見た目をした男が試験会場になっている大講堂の方から歩いてくる。
「先生、また意地の悪いことをしていますね?」
大講堂から塔中心部の吹き抜けへと続く通路は一本道だ。
その通路のちょうど中間地点にノイアー・スケアーは立っていた。
「おやおや、ノイアー先生。意地の悪いことなんて人聞きの悪いことを言わないで下さいよ。ちょっと試験会場まで案内しただけじゃないですか。あははは」
「まったく、あなたという人は!受験生は皆、真剣に合格を目指して試験に臨んでいるのですから、我々教師の側が邪魔するというのはいかがなものかと思いますよ」
2人の教師は並んで歩きながら会話を続ける。
「邪魔なんてとんでもない。それにちょっとしたイレギュラーでどうこうなる柔な精神の持ち主では入学後が不安ですしね」
ノイアーは、まったく悪びれた様子がない白衣の男を鋭い視線で睨みつけるが暖簾に腕押し、糠に釘。
根負けしたのはノイアーだった。
「はぁ。文句はいろいろありますが何故あの2人だったのです?試験官の1人としては問題があるかもしれませんが、個人的に気に入っているんですよ、あの2人は」
「真面目を絵に描いたような教師のノイアー先生が肩入れする2人ですか。何気なく選んだつもりだったのですが猶更面白そうな2人に思えてきましたね。今年の受験生は豊作です。その中でも頭1つ程抜けた子達が何人かいますが彼等もそうです。特にドラゴ・グリントくんは頭1つどころではなく体1つ程抜けているでしょうか。大げさだと思いますか?」
「いえ、ドラゴに関して言えば妥当な評価だと思いますね。付け加えればリオレスも頭3つは抜けていますよ」
「はははっ!いいですね!そうでなくては!それでは2人の実技試験は因幡先生にお願いしますか」
「わざわざ試験官以外の教師からですか?しかも因幡柳玄!?いくらドラゴ達といえどかなりきついと思いますよ」
「そうですか、なら私「それは待ってください!!!」
「なんですか?」
「あなたが試験官なんて絶対だめです!分かりました!因幡柳玄先生にお願いしましょう!いいですか?くれぐれもあなたご自身が試験官なんてことはやめてくださいね!私も試験の準備がありますのでこれで失礼します」
「よろしくお願いしますよ。さて因幡先生に声を掛けに行かないと」
2人は通路から螺旋階段へ出るとそれぞれ目的の場所へと歩き出した。
筆記試験開始から5分程が経過していた。
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「そこまでっ!解答を速やかに止めるように」
試験官が試験終了を告げると、ピンと張りつめていた講堂内に弛緩した空気が流れる。
ふぅ~!やっと終わりか!
「それでは問題と解答用紙を回収する」
配った時と同様に試験官が手元の魔法発動媒体を操作すると目の前にあった問題と解答用紙が消えた。
「ドラゴ、どうだった?」
「算術と魔法は合格点は貰えるはず。一般教養は空欄もあったしどう転ぶか分からん。リオレスはその得意げな顔を見るに良かったみたいだな」
「うん、答えられなかった問題はなかったよ」
リオレス、顔も良い上に魔法も得意、挙句の果てには頭の出来も良いのか。羨ましいな。
「そいつは重畳。次の実技試験で点数は稼げるだろうし万一筆記試験がいまいちでも大丈夫だろうさ」
「次の試験は実技試験だが場所を移して行う。グループに分かれて移動してもらうので受験番号を呼ばれた者は後方の扉から退出するように。まずは受験番号1001番から1020番」
その後、番号を呼ばれ続々と部屋から出ていく受験生。
俺の隣にいた獣人族のうざ男君も移動していった。
そして、残るは俺とリオレスだけか。
そういえばあの五月蠅いシャーリーがいなかったな。筆記試験は別会場だったのか?
ミレイがいなかったのは自主受験組だからだろうし。
「残った2名も退出して大丈夫だぞ。健闘を祈る」
「やっとか。それじゃ行くか、リオレス」
「そうだね、行こうかドラゴ。ほんと待ちくたびれたよ」
試験官からの退出許可を貰い、俺とリオレスは大講堂の扉を開ける。
扉の外で俺たちを待っていたのは黒づくめの男。
ただその乱れた髪の毛だけが新雪のような白さを湛えている。
顔を隠すように垂れた前髪の隙間から除く薄紅色の鋭い眼光。
コートの襟を立て鼻から下を隠しているため表情がまるで分らない。
なんだこの人?強いんだろうけど気配、というか存在感?が希薄だ。
目の前に立っているのに一度目を離したら見失ってしまうんじゃないかと思える程に。
「俺がお前たちの実技試験を担当する因幡柳玄だ。今から試験会場の演習施設へ移動する。着いてこい。」
この人がトーマが言っていた「イナバ」か。
因幡柳玄って名前からして日本人か?転移者か爺ちゃんみたいに召喚されたのか。
無言で歩き出した柳玄に続いて俺とリオレスも歩き出す。
なんだ?何か違和感が、
「ねぇ、ドラゴ。僕たちって試験会場までかなりのスピードで走ってそこそこ時間も掛かったよね?」
「ああ、そうだな」
なんでだ?なんでこんなに
「ここから通路の先が見えてるけどさ、この通路大した長さじゃないみたいだ。目の錯覚かな?」
「この通路全然長くない!むしろ短い!」
「お前ら五月蝿いぞ。何騒いでる?」
「いや、俺たちトーカっていう先生に試験会場まで案内して貰ったんです。だけどさっきこの通路を通った時は何分も走って試験会場までたどり着くくらい通路が長かったんですよ。それが歩いて5分も掛からない距離になっているです」
「ああ、君たちは『意地悪トーカ』に引っかかったのか。諦めろ、あの人に捕まったら最後、どうやったてやられる。天災か何かだと思って出会わないように祈っておくことだ」
い、『意地悪トーカ』?なんだそりゃ?
「で、でもトーカさんってれっきとした先生なんですよね?」
リオレスが質問をすると柳玄は少しだけ考えた素振りを見せる。
「ん~、まぁ学院の先生であることには間違いない。特定のクラスや授業を受け持っている訳じゃないけどな。おしゃべりはこの辺にしてさっさと移動するぞ」
俺たちは吹き抜けのエリアまで戻ってくると先ほどみた宙に浮く足場が目の前に移動してきた。
「これに乗って演習施設のある階層まで移動する。乗れ」
宙に浮く足場は3メドル四方、厚さ10センチほどの石板だ。
大人1人に子供2人が乗るには十分すぎるスペースがある。
柳玄が先に石板に乗り、俺とリオレスは恐る恐るそれに続く。
石板は俺たちが乗る際に少しの浮き沈みもせず、床に立っているのとなんら変わらない安定感だ。
「慣れるまでは動き出しと停止する際の慣性に気をつけろ。では上昇するぞ」
柳玄の言葉と同時に石板が動き出す。
「おっと!」
幸い動きが単純な上昇だった為多少Gを感じる程度ですんだが、これが横への移動だったら体制を崩されてもおかしくない程のスピードだな。
「うわ~、すごく早いですね。床がもうあんな遠くに」
「これ落ちたらどうなるんだ?」
「落下物を回収する機能を持つゴーレムが各階に配備されている。落ちているものが人間だった場合は、回収後1階に降ろされる。ただし余り優しくはないから落ちることはお勧めしないが」
ん~、どんなゴーレムなんだろう?
「着いたぞ。この通路の先が演習施設だ」
石板は螺旋階段の踊り場にピタリと張り付いて、乗客が降りるのを待っている。
降りる前に石板の縁から下を覗き込んでみる。
めちゃくちゃ高いな。大事なところがキュッ!とするぜ。
いろんな物が飛んでいるせいで視界がごちゃごちゃだ。
1階のフロアはもう見えないし、いったい地上何階だろう?
「ドラゴ、何してるのさ。因幡先生が行っちゃうよ」
「ああ、悪い。今行く」
歩くこと2分ほど。
トーカに試験会場まで案内された時が嘘のようにすんなりと演習施設へと到着した。
実に殺風景な場所、それがこの演習施設に対する最初の感想だ。
イメージとしては学校の体育館かな?式台もギャラリーもないけど。
「それでは実技試験を行う。30分間俺の攻撃に耐えること、それが試験内容だ。逃げ回る、反撃する、防御に徹する、なんでもいいから30分戦闘不能状態にならずにいられれば合格だ。ただし、この演習施設から出た場合は失格だ。質問はあるか?」
だた耐えるだけ?ん~、拍子抜けかな?
一本取れ!とか模擬戦で俺に勝ってみろ!とかじゃないのね。
「僕たち2人同時に試験を行うのですか?」
リオレスからの質問だ。確かに、試験っていうから1人ずつやるのかと思ってたな。
「そうだ。別に1人ずつだろうと一緒だろうと大して違いはない。強いて言うなら一緒の方が早く終わる」
「分かりました」
へー!自信家だね~柳玄さん。
まあ、向こうからしたら俺とリオレス、ガキ2人だからな。
ちょっと驚かせてやろうかね。
リオレスに目配せすると軽く頷いている。
リオレスもやる気だね。
「他に質問がないなら始めるぞ」
「「はい!」」
その辺の子供と一緒にしてたから火傷するぜ、先生!
「では、試験開始!」




