1話 ドラゴ・グリント
俺の名前はドラゴ・グリント、11歳だ。
いや、正確に言うと前世で生きた17年を合わせれば28年目の人生だ。
高校2年生の夏。
前期の終業式を終え、「明日から夏休みだ!」とはしゃいでいた俺は交通事故であっけなく死んだらしい。
らしい、ってのは本当に死んだかどうか俺には分からないからだ。
もしかすると意識が戻らないけど本当は生きていて、今いる世界は俺の夢かも、なんてな。
けど、俺は死んだと思っている。確信に近い。
前世?での最後の記憶は、目の前に迫って来る4tトラックと助けようと突き飛ばした小学生の男の子だ。
轢かれそうになっているところを助けたつもりだが大丈夫だっただろうか?結構な勢いで突き飛ばしたので怪我をしているかも。命が無事ならいいのだが。
そこで記憶が途切れ、次に意識を取り戻した時は知らない天井を見上げていた。それも生まれたばかりの赤ん坊の姿で。
かなりパニックだった。
落ち着きを取り戻し暫く様子を見た結果、俺は転生したのだと結論付けた。
それも異世界転生だ。
俺が初めて出会った人物に耳と尻尾があったのが決定的。
その人物は母親の友人で俺の世話係だったらしい。
因みに母親は人間だった。
それから11年が経った。
母は俺が3歳の時に死んだので、母方の祖父に引き取られて面倒を見てもらった。
爺ちゃんは引き篭もり体質らしく山奥に居を構えていたので俺もそこで過ごすことになり、何度か死ぬ思いもしたが無事に今日を迎えている。
「この世界は弱肉強食、強くあらねば生き残れない」とは俺の育ての親、この世界での爺ちゃんのありがたいお言葉だ。
そんな爺ちゃんの勧めもあり、俺はある学校に入学するべく移動中だ。
「お~い、坊主!もうすぐ着くぜ!」
御者台から商人のおっちゃんが声をかけてくる。
ちょっとした縁でおっちゃんの旅に便乗させてもらった俺は、馬車の荷台で寝転んでいた。
俺の目的地は学園国家『リドゥエンドーマ』の首都『ジェフティア』。そこに俺の目指す学校がある。
残念ながらこの馬車では国境を越えて直接ジェフティアに行くことはできないそうだ。この国からジェフティアへ向かうには国境の町『シトルエン』から出ている定期便を利用する。
ということで、俺の目的地はシトルエン。どうやら見えてきたかな。
「へ~、あれがシトルエンか。中々大きな町だ」
馬車の進行方向に見えてきた城壁は高さ4メートル程もあり、しっかりと整備されているようだ。城壁の上に設置してある防衛設備が遠目にも分かる。兵士もいるな。
城壁の規模も大きく、それなりに栄えている町だということが窺い知れる。
「シトルエンには学都ジェフティアから珍しい輸入品なんかが沢山入って来るから商人の出入りも激しいし、学都への定期便が出ているから観光目的や『学院』へ入学したい奴らが集まってくるからな。こんな国の端にあるけど結構賑わってるぜ」
おっちゃんが聞いてもいないのに説明をしてくれる。
このおっちゃん、自称遣り手の商人らしい。人当たりも良く話好きだ。色々と話をしてくれたおかげでこの世界の情報も結構知ることができた。山奥で爺さんと暮らしていたので情弱な俺にはとってはありがたい。
「まあ、そういう俺も輸入品目当ての一人なんだけどな。中央に行けば好事家の貴族達が大枚叩いて手に入れようとするから大儲けさ」
おっちゃんはニカッと笑って後ろを振り返って来る。
「危ないから前を見てくださいよ」
ながら運転、脇見運転は危険だ。交通事故で死んだ俺が言うのだから間違いない。
「おっと、そうだな」
町の入り口が近づいてきた。
シトルエンの城門の前には人や馬車が列をなしている。
どうやら町に入る為の手続きの順番待ちのようだ。
10人ほどいる警備の兵が整列や町へ入る手続きを分担して行っている。
旅の途中で立ち寄った他の町は村と大差がない規模だった為、こんなに立派な城壁や門はなかった。
その為あまり比べようがないが、シトルエンの城門はかなり大きく頑丈な作りに見える。この辺りの魔物はそんなに強いのだろうか?町の規模や商人の出入りが激しいという事情も考えれば盗賊なども警戒しているのだろう。
道幅も馬車が4台程度は余裕を持って並べるほど広い。
おっちゃんは列の最後尾に馬車をつけ、順番を待つ。
俺は町から出てくる馬車や列に並んでいる人達を眺めながら時間を潰す。
途中、列の前方がなにやらザワザワと騒がしくなったが特に何事もなく列が消化していき、10分ほど待っていると順番が回ってきた。
「次!」
警備兵に呼ばれおっちゃんが町へ入る為の手続きを行う。
「商人の方ですね?この町にはどういった用件で?」
「カシュオジョーク商会のジルテーノと申します。シトルエンには商品の仕入れに来ました。主に学園都市からの輸入品ですね。輸入品のオークションで魔道具なんかを中心に仕入れようと思っています」
「なるほど、確かオークションの開催は2日後のはずです。滞在期間はどの程度ですか?」
「だいたい10日ほど」
「分かりました。身分証と商業許可証はございますか?」
おっちゃんは警備兵に何やら手のひらに納まるサイズのカードとA4サイズ程の紙を見せている。
「確認しました。ギルドカード、商業許可証共に問題ありません。ところで後ろの子供は使用人ですか?」
警備兵が荷台に乗る俺へと目を向けてくる。
「ああ、違いますよ。この子は学院への入学希望者なんです。縁あってここまで一緒に旅してきたんですよ」
「ほー、学院の!少年、名前を聞いても?」
「ドラゴ・グリント」
そう言って俺は持参していた受験票を呈示する。
「確かに学院の受験票ですね。町への滞在を許可しましょう。学園都市への定期便発着所は町の西にあります。定期便の時間はそこで確認して下さい。それにしても学院から受験票が届いているということは優秀なんですね」
「ええ、おかげで護衛代が浮きましたよ」
なぜかおっちゃんが答える。
「なるほど、カシュオジョークの商人の護衛が務まる程の腕前ですか。将来有望ですね。合格を祈っております」
受験票を確認した警備兵はグッと親指を立ててエールを送ってくれた。
「ありがとう」
俺もグッと親指を立てて笑って見せた。