16話 無音の一太刀
「凄絶なる炎よ!【日炎の息吹】!!」
GUGYAAAAAAA!!!
白鴉の断末魔が響き渡る。
突如として現れた青白い炎が白鴉を焼き尽くし、その熱量で氷漬けになった景色を融かし始める。
白一色だった世界に色彩が蘇る様は、まるで雪深い冬から蕾たちが花開く春への季節の移ろいを見ているようだ。
凍え死にしそうだった僕とミレイも、その炎魔法によって温められた空気に触れ、体温を取り戻す。
「ミレイ様、ご無事でしたか?」
「えっ?」
「遅くなり申し訳御座いません」
そう言って倒れたミレイを抱き起こし、彼女の前に跪いているのはのは国境で別れたはずのニクス・メグレスだ。
「ニクス、なんで?貴方はイオリスから出られない筈でしょ?!」
「私の使命は貴方を護ることです。だから、今、ここにいます」
ニクスはそう言って優しく微笑む。
「裏切り者はやっぱりテメェか、メグレス」
「ドートレス・フェクダ、私は裏切ってなどいないさ。我が忠誠は常に神に捧げている。君の方こそ私の護衛対象を殺めようとするとはどういうことかな?」
「はんっ!テメェも知らされているだろうが!そのメス餓鬼がイオリスから出国すれば始末する手筈になっていることは」
「だからなんだ。私は私の使命を全うするだけだ」
「だからその使命が「護る」ことから「殺す」ことに変わったって言ってんだよ!頭沸いてんのかテメェ!」
「確かに、ザンダー枢機卿はミレイ様の抹殺を命じてきた。が、しかし、私はこの方を護ると神に誓った。彼等如きの私情によって、私の神への誓いを穢されることは許容できない。だから、私は私の意志でミレイ様をお護りする。貴様が出張って来なければ私がここまで来る必要もなかったのだがな」
「ちっ、あくまでその餓鬼を護るってか?まぁいいさ、こっちだって暇じゃねぇんだ。餓鬼1人の暗殺に駆り出されて迷惑してたんだが、裏切り者の始末ってんなら話は別だ。テメェのことは前から気に食わなかったんでな」
「貴様が私を始末する?出来るのか?自分よりも弱い者をコソコソと影から暗殺しているだけの貴様が」
ニクスが剣を抜く。
控えめながら芸術的な意匠を施された鞘から抜き放たれた剣身が歪んで見えるのは、その剣が纏う白い炎の放つ熱によって空気が揺らいでいるからだろうか。
剣から放たれる魔力の圧力だけで力なき者は意識を保っていられないだろう。
「序列7位が粋がってんじゃねぇ。テメェこそ、その『聖㷔の雫』がなければただの火吹き小僧だろうが」
ドートレスが今まで使っていた剣を放り投げると虚空へと消えて無くなる。そして、左右の腰にある短剣を抜いた。
こっちもこっちでなんて魔力密度だ。
ドートレスの両手に握られた2振りの短剣は禍々しい気配を発している。
ニクスの剣が聖なる剣なら、同等かそれ以上の力を持っているこの一対の短剣は魔剣と呼ぶにふさわしい。
「それが貴様の持つ魔剣『アイヤムール』と『ヤグルーシュ』か。神に仕える者が持つ武器とは思えん邪悪さだ」
「俺の存在はな、必要悪って奴なのさ。善良たる我等が神はお優しいからな、罪人にも救いを与えて下さる。だが、生かしておけない奴や生きるに値しない奴も中にはいるだろう?そいつらは神が慈悲を与えるのに相応しくないというのが教皇や枢機卿達の考えだ。だから、俺がその咎人達を処刑する役目を与えられている訳さ」
「あらゆる者に救いの手を差し伸べる存在が私達の崇める神だ。その意思に反して、勝手な解釈で、救うべき命を奪う所業が赦される訳がない。貴様達の行いは断じて神の意思に沿ったものではない!罪人を裁く?違うな、貴様達は罪人を裁いているのではない!裁きを与えるが為に、自分たちにとって都合の悪い人物を罪人に仕立て上げるのだ!そこに神の意思などないっ!」
「俺達の所属先は教会だ。その頂点が教皇だ。教皇は神の代弁者、その教皇の指示は神の指示ということになるだろうが。お前の方こそ勝手気侭に神の意思を語るんじゃねぇよ。つまり、教皇の指示を無視してイオリス王国から無断で出国し、抹殺対象を庇うお前は紛れもない反逆者だ」
「ここまで腐った組織になってしまったか。イニエート教皇がご存命ならばまだ違ったのだろうが。もう、対話は無駄なようだな」
「対話だぁ?どこまでおめでたい脳味噌なんだよ、テメェは。いいか、テメェに残された選択肢は、その餓鬼を庇って死ぬか。もしくは、裏切ったことを懺悔し、その餓鬼をテメェ自身の手で始末するかだ。勿論、その後に俺がテメェを殺すことに変わりはねぇがな」
「ミレイ様、そしてハーフエルフの少年よ。下がっていなさい」
その言葉と同時にニクスの姿が消えたと思ったら、ドートレスとの剣戟が始まっていた。
ニクスが移動した気配を全く感じ取れなかった。
七星同士の戦闘は徐々に激しさを増していく。
最早、僕の目では戦闘の様子を全く追いきれない。
聖剣と魔剣がぶつかる音が聞こえてくるだけだ。
これが、世界最高峰の戦い。
さっき、ドラゴと戦っていたドートレスがいかに手を抜いていたかが分かってしまう。
「ミレイ、さっきニクスは序列が7位って言われてたけど、七星の中で7位ってことはドートレスの強さはそれ以上ってことか?」
「ドートレスの序列は確か4位の筈。でも、純粋な戦闘力だけで序列が決まる訳ではないみたい。それでも、序列1位のクリス様と2位のアスベル様は別格みたい」
「序列4位か、ニクスが勝てるのか?」
ギンッ!!
お互いに弾かれたように距離を取った2人が再び向かい合う。
「流石、聖騎士出身といったところか。思った以上に守りが堅いな。だが攻撃に関してはまだまだだな」
「くっ」
今のところお互いに無傷のようだが、見たところドートレスはまだ余裕がありそうだ。
対してニクスには焦りの色が見て取れる。どうやら、攻め手に欠けているようだ。
「どうした?お得意の「息」を使ったらどうだ、俺に効くかは知らんけどな」
「その言葉、後悔するなよ!凄絶なる炎よ!【日炎の息吹】!」
ニクスは息を大きく吸い込むと顔の前に掲げた聖剣にむかって火焔を吐き出した。
火焔の息が聖剣を包み込むと剣身が輝き炎を収束させていく。
その輝きはまるで剣の形をした太陽そのものだ。
「【断罪する㷔劔】」
振り下ろされた太陽は咎人を滅する聖なる炎の波動となって解き放たれる。
灼熱の白い輝きがドートレスを呑み込んで行く。
ゴバァァァッッッッッッッ!!!!!!
「打ち払え」
ズバッ!!
ドートレスが体に纏わりつく炎を払うかのように短剣を振るうと、たちまちドートレスの周囲の炎が霧散した。
「大したことねぇな、お前の炎も」
「くっ」
相性が悪すぎる。
おそらくドートレスには放出系の中距離、遠距離攻撃は効かないのだろう。あの武器の能力のせいか。
「所詮お前はその程度、ガキのお守りが丁度いいってことさ。まぁ、その役目も碌に果たせなさそうだがな!」
GURUAAAAAA!!!!
「きゃっ!!!」
「ミレイ様!」
悲鳴が上がった方向に目を向ければ、半死半生のベノムドラゴンがミレイに襲いかかる瞬間だった。
くそっ!僕としたことが全く気付かなかった!
一瞬のうちに移動してきたニクスがミレイを庇い、ベノムドラゴンの首を切り落としていた。
そしてニクスの腹からは短剣が生えている。
「ぐふっ!」
「ニクス!!!いやぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「流石は騎士様、お前なら助けに入ると思ったぜ。お陰で隙だらけだったがな!はっはっはっはっはっ!餓鬼1人見捨てれば死ぬこともなかったのにな!」
----ドラゴ視点----
「いやぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ミレイの悲鳴が聞こえる。
体が石みたいに重い。
目を開けると、何故かニクスがいてドートレスに刺されているのが見えた。
夢か?
俺は再び目を閉じる。
いや、全身の痛みがこれは現実だと訴えてくる。
気絶していたのか?
痛みは感じるがさっきよりはマシな気がする。
ミレイが治してくれたのか?
思考が纏まらない。
俺がやるべきことはなんだ?
このまま寝てればいいのか?
立ち上がれ!
立ってどうする?
刀を握れ!
握ってどうする?
奴を倒せ!
俺じゃ無理だ。奴には勝てない。
戦え!
戦ったさ。
皆んなを救うんだろ?
皆んな?
リオレス、ミレイ、ノイアー。
皆んな出会ったばかりだ、そんな義理もないだろう。
そこに後悔はないのか?
・・・
救える命がそこにある。
・・・
魂の叫びを聞け!
・・・
手も足も動く、刀も握れる。
ならば戦え!
奴を倒せ!
皆を救え!
お前は誰だ?なんで俺を焚き付ける?
・・・それで母に胸を張れるか?
・・・・・
俺はお前だ。お前も分かっているはずだ。
分かった。
奴を倒す!
皆を救う!!
俺の中の俺が笑った気がした。
目覚めた瞬間に身体強化を発動、傍らに落ちていた「閃」を握り最短距離でもってドートレスを斬る。
ニクスはもう助からないだろう。
だがドートレスの回避を阻止してくれるはずだ。
だから俺は余計なことは考えず、ただ一太刀に全てを乗せる。
全身全霊を賭けた一太刀だ。
ザシュッ!!
俺の放った斬撃はドートレスの左腕を肘のあたりから斬り飛ばした。
不完全ながらもそれは無音の一太刀だった。
驚愕に目を見開くドートレス。
「ぐぁああ!このクソ餓鬼がぁぁぁあ!」
ガギンッ!!
腕を失い、激昂したドートレスが俺に向けて放った一撃はニクスによって受け止められた。
「良くやった少年、後は任せろ」
そう言って微笑んだニクスの顔には死相が浮かんでいる。
魔剣の毒に蝕まれた体は最早助からないだろう。
それでも尚、護るべき者のために立ち続ける。
「ドラゴ!」
「ドラゴくんっ!」
「2人とも無事で良かった」
リオレスもミレイも大きな怪我はないようだ。
2人とも疲労感は凄そうだが。
「ドラゴに言われたくないよ!君が一番無事じゃないんだから!」
「心配かけたな。それとミレイ、回復してくれてありがとう。助かった」
「ありがとうは私のセリフよ、ドラゴ」
俺たちがお互いの無事を喜んでいる間もドートレスとニクスの戦いは続いている。
お互い手傷を負っているがどう見てもニクスの方が重症だ。
だが、今優勢なのはニクスだ。
護るべき者がいる強さか。
「クソ死に損ないが!さっさとそこを退け!」
「お前に、ミレイ、様、をやらせはしないっ!」
2人の激しい戦いに目を奪われていると上空に1体の竜が現れた。
「新手?まずいぞ!」




