8話 湖畔
前回のあらすじ
ドラゴとリオレスの旅にミレイが加わった。
いざ、学院へ。
シトルエンを出発してから一刻ほど経った。
馬車は『イオリス王国』との国境を越え、学園国家『リドゥエンドーマ』の領土へと入っている。
俺、リオレス、ミレイ、3人での旅はまだ始まったばかりだが、1つ分かったことがある。それは、ミレイが物凄くおしゃべりだということ。馬車が出発するとすぐに話し始めて、口調も砕けたものに変わった。
しかし、こっちから話題を振らなくていいのは楽なんだが、こちらが遮らないと1人で延々と話し続ける。
まあ、小学生ぐらいの女の子っておしゃべりなイメージがあるから、そんなものだと言われればそんなもなのだろう。もちろん全ての女の子に当てはまるわけではないのだが。
俺も初めは楽しく会話をしていたのだが1時間以上に渡って、年下の女の子(肉体年齢的には同い年)と会話するというのは流石に疲れてしまう。俺は早々に会話からフェードアウトし、ミレイの会話の矛先がリオレスに向かうようにした。
その結果、リオレスの目は死んでしまった。リオレス、済まぬ。骨は拾ってあげよう。
ミレイはそんなリオレスの様子に気が付かず、お構いなしに話し続けている。
夢中になると周りが見えなくなるタイプみたいだな。
俺はそんな2人のやりとり(正しくはミレイの一方的なおしゃべり)を聞き流しながら可哀そうなニクスのことを思い出していた。
ニクスはミレイに押し切られ渋々『学院』行きを許したが、心配のあまり馬に乗って定期便に並走してきたのである。
恐るべし護衛魂。
しかし、ニクスは教会本部の許可なくイオリス王国から出国が出来ない為、残念ながら国境でお別れすることに。
「ミレイ様~、どうかくれぐれもご無事で~。私はあなたの旅の安全を神に祈っておりま~す」
馬を止めたニクスは、走り去る定期便に向けミレイの無事を祈って叫んでいたのだが、ミレイはこれを完全に無視。
というか、道中も並走する馬上からニクスはミレイと話をしようとして声を掛けていた。
しかし、ミレイには新しい話し相手である俺とリオレスを相手にする方が優先度が高いらしく、ほとんど生返事をしていただけだった。
その度にニクスは苦々しげに俺とリオレスを睨むのだ。
しかも、少なくない殺気が混じっていた。
勘弁して欲しかった。
俺はミレイにニクスが呼んでいる事を伝えたのだが、どうやらミレイは学院行きに難色を示したニクスに少しだけ仕返しをしているつもりらしい。
ほぼ無視というのが少しだけというレベルなのかは俺には分からない。
護るべき相手にぞんざいに扱われた哀れなニクス。
しかし、君ほど忠実な人物はいないだろう。
君は忠犬と呼ばれるにふさわしい。
なぜなら、最後の最後まで護衛であることを全うしたのだから。
俺はイリオス王国の方角に向かって静かに合掌をした。
ニクスと別れた後もジェフティア行の馬車は順調に進んでいる。
それにしても、この馬車は驚くほど揺れないな。
やはり馬車自体が魔道具なのだろうか?
この世界に来て魔法の存在を知った俺はかなり興奮した。
ゲームやラノベ、ファンタジー小説が好きだった俺にとって、魔法が使えるという事は夢の様な話だ。
チートし放題!
そして、魔道具の存在は魔法を使う事以上に俺の知的好奇心を刺激した。
この世界の魔道具は、魔法の力だけで動いているのではなく科学的な要素も取り入れ、いかに最小の魔法で効率よく道具を稼働させ成果を得るかというコンセプトに基づいて設計されているようなのだ。
日本の生活で目にした物に魔法の動力が加われば面白いものが作れそうだ。
現時点ではこの世界の科学力は現代日本に遠く及ばないが、魔法の力と科学の知識を合わせることが出来れば急速な技術革新が起こりそうだ。
学院には魔道具作成の授業もあるらしいので、是非とも合格して魔道具の作成について学びたいな。
シトルエンとジェフティアを繋ぐ街道は一本道である。
幌馬車の後方に座っている俺は、後ろ側の幌を捲って景色を眺めていた。
シトルエンを出発してからここまで草原の中を通る街道を走ってきたが、イリオス王国とリドゥエンドーマでは明確に違うことがあった。
それは街道の状態だ。
イリオス王国の街道はデコボコしており普通の馬車で通ればかなり揺れることは間違いない。
だからこそ、この馬車の性能に驚いたのだ。
対して、リドゥエンドーマの領土に入ってからは同じ土の道であるにも関わらずまるで舗装された道路のように平らな道だ。
おそらく魔法的な処理をして路面の状態を維持しているのだろう。
ん~、定期的に魔法を掛けて均しているのか、何らかの道具を地面に埋めているのか、いずれにせよこの仕組みについても詳しく知りたいな。
俺が馬車や街道について考えていると徐々に馬車のスピードが落ちてきた。
どうやら休憩地点が近いようだ。
幌の中から見える景色が草原から林のようなものに変わっている。
木々の密度はそれ程濃くないので、日の光が差し込んでいて林の中といえどかなり明るく感じる。
「おい、リオレス、ミレイ。そろそろ休憩地点に着くみたいだぞ」
「お、やっと休憩。助かった」
リオレス、お疲れ。本当にお疲れ。
「休憩する場所はどんなところなのかな?」
「さあ、俺にも分からないな」
「未知の世界を知る。とても楽しみね!」
このミレイという少女は、物心が付いた時から教会と自分の屋敷を行ったり来たりの生活で、外の世界をほとんど知らずに育ったらしい。
一般教養として、生活する上で必要なことなどは知識として知ってはいるが、実際に肌で触れるのは今回の学院受験の旅が初めてということだ。
ミレイの両親は、よくそんな箱入り娘をいきなり国外の学校に行かせようと考えたものだ。
俺はそう思ってミレイに聞いてみたところ、彼女の父親はミレイの将来が聖女として教会に縛りつけられるものになることを快く思っていないそうだ。
様々な種族が集まる学院についてミレイに教えたのも、ミレイの学院行を全面的に支援したのもその父親らしい。
「外の世界も見てきなさい」、そう言われたそうだ。
ミレイは、いい父親を持ったと思う。
たぶん、教会の裏の顔を知っているからこそ娘にそんな世界を見せたくはないのだろう。
権力闘争や汚れ仕事、政治との癒着など宗教ってのは俗世間より闇が深い一面もあるからな。
まあ、ミレイ自身は教会の掲げる種族融和を叶えたいって目標の為に学院を目指しているんだから、今はまだ教会に縛られているとは感じていないだろうけどな。
馬車が止まると、各馬車の御者達が乗客に休憩の案内を始めた。同時に乗車券の確認を行うらしい。
休憩時間は半刻ほど、約30分ってことろだな。
馬車から降りると、そこは巨大な湖のほとりに作られたバスプールならぬ馬車プールだった。
目の前には林に囲まれた広大な湖。
自然が作り出す絶景ってのはこの世界も前の世界も変わらないな。
「わぁーーーー!おっきいね!これが海?」
「ミレイ、これは海じゃない、湖だ」
「「えっ、そうなの?」」
おっと、ミレイだけじゃなくリオレスもか。
どうやら2人はこの湖を海だと思ったらしい。
まあ、ミレイは究極の箱入り娘、リオレスも山村育ちだから海なんて見たことないか。
「ああ、海はもっともっと広いぞ。この湖もかなり広いけど、これとは比べ物にならないくらい広いな!」
実際この湖は琵琶湖ぐらいあるんじゃなかろうか。
結構なでかさだ。琵琶湖見たことないけど。
水も透き通っていて綺麗だし、魚もいそうだ。
時間があれば釣りとかしてみたいな。
しかし、異世界の大型魚ってどんな種類がいるのだろう?
小さい魚は地球の魚とあんまり変わらないんだよな。
巨大魚まで行くとモンスター扱いなんだろうか?
ん~、興味は尽きないな。
「ドラゴは海を見たことあるのかい?」
「まあ、あるぞ」
日本人時代にな。
この世界の海はまだ見たことないけど。
海の話はまた今度という事で。
「それより、湖の傍まで行って弁当でも食べようぜ」
実は「南の風」で弁当を買っておいたのだ。
俺とリオレスの分しか買っていないが、ミレイの分は俺たちから分ければ大丈夫だろう。
「いいね、丁度お腹も空いてきたし」
ぐ~
誰かの腹の虫が鳴いているようだ。
俺じゃないからリオレスかミレイなんだが、2人の方を見るとミレイが顔を真っ赤にして俯いている。
耳まで真っ赤だ。
「ははっ、ミレイも腹減ってるみたいだな。時間もあまりないしささっと食べようぜ」
「うー、恥ずかしい…」
恥ずかしさで固まっているミレイの腕を引き、俺たちは湖の傍までやってきた。
「えーと、レジャーシートがあったはずだな」
俺は鞄の中からレジャーシートを取り出し地面に広げる。
続けて2人分の弁当を取り出してシートの中央に置いた。
弁当は大盛りの山大猪肉のステーキ弁当だ。
色が薄ピンクの米みたいな穀物を炊いた物の上にポンドステーキが乗っている、所謂ステーキ丼だ。
そのピンクの穀物は『チェイ』と名前らしいが俺は赤飯と呼んでいる。餅米ほどの粘り気はない。
「なあ、ドラゴ」
「なんだよ、リオレス。早く座って食べようぜ」
「前から気になってたんだけどさ、その鞄ってやっぱり『魔法の鞄』の一種かい?どう見ても、その敷物と弁当2つが入る大きさじゃないよな」
リオレスが俺の鞄を見ながら聞いてくる。
確かに、俺の鞄はウエストポーチを一回り大きくした程度の大きさしかない。
「そうだよ。俺の母さんが冒険者時代に使ってた物らしい。母さんが死んだから俺の物ってことで、旅に出る時に爺ちゃんが俺にくれたんだ」
「そうか、お母さんの形見なんだね。ちなみに容量は?」
「容量?魔法の鞄って容量なんてあるのか?」
「え?容量はあるよ、無限に物が入る訳ないじゃん」
ん?そうなのか?
でも、俺の持っている鞄に容量の限界があるなんて爺ちゃんから聞いてないぞ。
「私が知っている限りでは、そのサイズの魔法の鞄だと1辺が3メドルの立方体程度の容積が確認されている最大値だと思うけど。小型の魔法の鞄で一般的な物は精々引き出しが3段の箪笥くらいの容積のはず。それですら高級品なのよ」
リオレスからの指摘を受け黙っている俺を見てミレイが詳しい説明をしてくれた。
成る程、1メドルは1メートルぐらいだから体積にして約27立方メートルか。
一般的な容量だとおおよそ物置ぐらいのイメージか。
しかし、ざっと考えてみても俺のこの鞄には物置1つ程度じゃ納まらない程の量が入っている。
「ちなみに、このお弁当って宿で貰ったんだよね?」
「そうだぞ」
「なんでまだ温かいの?」
「なんでって出来立てでお願いしたから」
確かにお弁当にするなら冷ましてから容器に入れた方が傷みにくいけど、魔法の鞄に入れるなら温かいままでも大丈夫だし。
「いや、そういうことじゃなくてさ」
「えーと、魔法の鞄って入れた物をそのままの状態で保存できるんじゃないのか?」
「・・・・」
「リオレス?」
何故かリオレスが絶句している。
えっ、この鞄ってそんなに非常識な物なのか?!
「ドラゴくん、通常、魔法の鞄には状態保存の機能は付与されていないのよ。技術的に難しくてね。もちろん、全くないわけじゃないけど、イオリス王国には存在していなかったわ」
そ、そんな凄い物だったとは。
爺ちゃん、そんな貴重なものポンと渡すなよ。
「あぁ、これ持ってけ役に立つから。エリカが使ってたやつだからな、お前にやる」
この鞄についての説明はこれだけだった。
詳しく聞かない俺も俺だけど、もう少し詳しく教えてくれてもいいだろ!
「ドラゴ、君は常識人ぶってるけどやっぱりおかしいよね」
「納得しかねる」
「私も世間知らずだけどドラゴくんはちょっと次元が違うかもね」
ミレイ、世間知らずな自覚はあったのか。
だが、俺が常識がないってのは俺のせいじゃないぞ。
強いて言うなら爺ちゃん達のせいだな。
そういうことにしておこう。
とにかく俺は冷める前に弁当を食べたいんだ。
「分かった!俺が非常識ということは非常に遺憾だが認めよう。だからもう弁当食べよ、、っ」
「ドラゴッ!」
「リオレス!何かくるぞ!」
「ああ、分かってる!」
なんだ?!大量のモンスターの気配だ。
「ミレイ、俺達から離れるなよ!」
「えっ?!なに?」
俺とリオレスは警戒を強め辺りを観察する。
すると、湖を囲む木々の上空からドラゴンの群れが現れた。




