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月夜に羽ばたく天の川

作者: ナマケモノ

夏の日差しと潮風がおどる中、ゆっくりゆっくりと船が島に近付いていきます。


「わー。もうすぐだね、お姉ちゃん!」


二年生のこうちゃんが、甲板かんぱんで走り回っています。


「もう、こうちゃんたら、はしゃぎすぎだよ」


そんなこうちゃんを、しっかり者の四年生、りかちゃんが口をとがらせながら見はっています。


「ほらほら、二人ともおちついて」


そんな二人を笑いながら見守っているお母さん。

今は夏休み。三人はこの群鳥島むれとりしまに旅行にやってきたのです。


船が桟橋さんばしに着き、こうちゃんは一番に船から駆けおりました。

それを追って、りかちゃん、お母さんが続きます。


「ねぇねぇ、どこへあそびに行こう?」

「まずは民宿に持ち物をあずけに行こうか」

 

三人は予約してあった民宿へと向かいました。

二階建ての赤い建物で、一階は食堂みたいになっています。


「はい、いらっしゃい」

 

三人が中に入ると、やさしそうなおばさんがにっこり笑いながら話しかけてきます。

「お客さんたちも天の川を見にこの島に?」

「そうそう。この島でしか見られないって聞いて、見にきたんだ!」

「ふふ、元気な子ね」


おばさんは笑顔のままで、三人を部屋まで案内します。

食堂から木で出来た廊下が続いていて、その左側には庭、右側には障子の戸がいくつか並んでいました。


「そういえば、だんなさんはいらっしゃらないのかしら?」

「仕事でいそがしくて、どうしても来れないと……ふだんわたしも夫もいそがしくて子どもたちとなかなかあそんでやれないから、たまにはこうしてあそばせてあげたいなと思って、ちょっと無理して来たんです」

「はぁ~、たいへんですねぇ」


お母さんとおばさんはなにやら世間話をしているようですが、こうちゃんにはよく分かりません。


「さ、着きましたよ」


おばさんが障子の戸をあけると、中には畳の部屋がありました。


「わ~、ひろ~い」


さっそく中に入るこうちゃん。気分はすっかり探険隊です。

部屋の真ん中にあるテーブルやふすまの中など、かたっぱしから探し回ります。


「もう、こうちゃんたら」

 

りかちゃんがあきれたようにため息を付きます。

そうこうしているうちに、こうちゃんはあっという間に部屋中を探険し終わりました。

今度は民宿の中を探険です。


「わ~、お風呂だ。すご~い」


おうちのよりずっとひろいお風呂を見て、こうちゃんはびっくりです。


「広いからって泳いじゃだめだよ、こうちゃん。危ないんだから」

「お姉ちゃんだって泳ぎたいくせに~」

「わたしはそんなことしないよ!」


こうちゃんの言葉に、お姉ちゃんがムキになります。


「お風呂のことは後にして、ちょっと外に出かけてみましょうか」


お母さんの一言に、二人は大よろこびです。

さっそく玄関へと駆けだしました。


お日さまがまだ高いところにあって、じりじりとした暑さがあたりに立ち込めています。

それでもこうちゃんと、りかちゃんは元気いっぱいです。

民宿から出て道を歩いていると、いきなりめずらしいものが三人の目にとびこんできました。


「お魚が、たくさんある!」


道の両端には、たくさんの魚が売られていました。


「魚の市場みたいね。この島では漁業ぎょぎょうがさかんで、こうして毎日とった魚を売ってるみたい」


民宿でもらったパンフレットを見ながら、お母さんが説明してくれます。

けど、こうちゃんもりかちゃんも、ろくに聞いていません。


「わ~、この魚、へんな顔~」

「見て見て! はまぐりの塩焼きだって、おいしそ~」

「お姉ちゃんって、食べ物のことになるとすぐ夢中になるよね。ダイエットするんじゃなかったの?」

「うっさい!」

 

お母さんがにこにこ笑いながら見守る中、二人とも思いっきりはしゃぎ回っています。

魚市場を通りすぎると、三人の目に何かよく分からない、かわった建物が飛びこんできました。


「お母さん、あれ何のお店?」

「う~ん、ここはお店じゃないみたいだね。『群鳥島歴史資料館むれとりしまれきししりょうかん』って、看板に書いてある」

「字がむずかしくて読めないよ。なにするところなの?」

「この島の『歴史』について教えてくれるところだね。ちょっと入ってみようか」

「うん、おもしろそう!」

 

さっそく受け付けのおじさんに入場料をはらい、三人は中に入ります。

うす暗い部屋の中に、ジオラマや写真が所せましと展示してありました。


「わ~、なんだろこれ」


こうちゃんは目に入るものにどんどん目うつりして、おちつかないようすです。


「ほら、こうちゃん、もっとじっくり見ようよ」


一方りかちゃんは、一つ一つの展示物をゆっくりと興味深そうにながめています。


「あっ。ねぇねぇ、これな~に~」


しばらくすると、こうちゃんはあるものを見つけました。りかちゃんがそこに駆け寄ります。


「アマノガワウミスズメ? へんな名前だね」

 

そこには一羽の鳥の写真が展示されていました。

スズメという名前ですが、全身が真っ白でちっともスズメっぽくありません。

ただくちばしや目なんかを見ると、たしかにスズメっぽい感じはあります。


「この群鳥島とその付近にある小島にのみ生息する固有種こゆうしゅで、群れを作って飛んでいくんだって」

 

写真の下に貼ってある説明文を、りかちゃんはすらすらと読んでみせます。


「おねえちゃんすごいや。そんなむずかしい漢字が読めるなんて」 

「ふふん。こうちゃんも勉強すればこのくらいすぐ読めるようになるよ」

 

こうちゃんが本を読むときなんかも、むずかしい字はいつもりかちゃんが教えてくれます。

ちょっと口うるさいと思うこともあるけど、こうちゃんにとってりかちゃんはとっても頼もしいお姉ちゃんなのです。


「それにしてもアマノガワウミスズメかぁ……わたしたちが見にきた天の川と何か関係あるのかな?」

 

りかちゃんが考えこんでいると、こうちゃんはもう別の展示物に夢中になっていました。


「お姉ちゃ~ん、これ何て読むの?」

「ああもう、こうちゃんってば! もっとじっくり見ようって言ってるでしょ」


こうして館内を歩き回った二人は、すっかりくたびれてしまいました。

とちゅうにベンチがあったので、みんなでどっかとすわりこみます。


「はい、二人とも」


お母さんが自販機からジュースを買ってきてくれました。二人はごくごくと一気にのみ干し、


「お~いし~!」


と、口をそろえて言いました。


ひととおり島を見て回った三人は、晩ごはんを食べに民宿にもどります。

ごはんを食べて少し休んだら、いよいよです。

この群鳥島の中心にある山、雀岳すずめだけ

今日の夜、三人はそこに登って、この島でしか見られない「天の川」を見るのです。

雀岳の前まで行くと、すでにそこにはおおぜいの人が集まっていました。


「よ~し、ぼくたちも天の川を見に行くぞ!」

「ほらほら、もう暗いんだから走るとあぶないよ」


日は沈みかけていて、あたりは少しずつうす暗くなっていました。

山道はきれいに整備されていますが、入り組んでいてまるで迷路のようです。


「あ! あれは何だろう?」


こうちゃんが見つけたのは、木でできた古い看板でした。


「この先……」

「この先、お堂って書いてあるね」


りかちゃんより一足早く、お母さんが読んでしまいました。 

「お母さん、わたしが読もうと思ってたのに!」

 

こうちゃんに自慢したかったりかちゃんが口をとがらせます。


「ごめんごめん。まだ少し時間あるし、よかったら行ってみる?」

「うん! 行ってみよ行ってみよ!」

「まあ、ちょっとくらいならいいか」


三人はそのまま看板通り歩くと、やがて木で作られた小さな建物が見えてきました。

だいぶ古ぼけていて、ところどころはげたり欠けたりしています。


「あれがお堂だね!」

こうちゃんがかけよります。

でも暗くなりかけている今見ると、ちょっと不気味です。

なんだかお堂の中からお化けでも出てきそうな、そんな感じがしたのです。


「だいじょうぶだよ。このお堂には神さまがいるの。ここでお参りしていけば、りかちゃんもこうちゃんもちゃんと守ってくれるんだよ」


そう言って、お母さんはお堂の前に立ち、ぱんぱんと手をたたきました。


「さ、二人とも」

そうして、ぱんぱんという音が二つなりました。


と、そのとき、


バタバタバタッ


「うわッ!」

「きゃあッ!」


鳥の羽音があたりに響きわたりました。

しーんと静まり返っている中なので、よけいにびっくりです。


「あそこに鳥がいるね」

 

お母さんが木の枝を指さします。

そこには昼間に資料館で見た、あの鳥がいました。

全身真っ白なので、うす暗がりでもちゃんと見えています。


「アマノガワウミスズメだっけ? 何であの鳥が今こんなところにいるんだろう?」


こうちゃんは首をかしげます。


「天の川……ひょっとして!」


りかちゃんが何かに気付いたようです。

お母さんも、パンフレットを見直しています。


「何々? あの鳥に何かあるの?」

「とりあえず頂上まで登ってみよう。そうすれば全部分かるよ」


お母さんの言葉で、こうちゃんはさらに張り切って山道を進みました。


日が沈んで、まん丸のお月さまが顔を出すころ、ついに三人は頂上にたどり着きました。

そこは広場になっていて、おおぜいの人がカメラやビデオなんかの機械を準備しています。

三人はあいてる場所を探して、そこに立ちました。


「ねえねえ、いよいよ天の川が見られるんだよね?」


こうちゃんが目をきらきらさせて、お母さんに聞きます。

いつもはしゃぎ回ってるこうちゃんも、今回ばかりはじっと待つことにしたのです。

でも待ちきれずに、何度もお母さんに同じことを聞いてしまいます。


「だいじょうぶだよ。さっきお堂で神さまにお願いしておいたから。三人で天の川が見れますようにって」

 

そう言って、お母さんはこうちゃんの頭をなでました。


バサバサッ


ふいに音がしました。

まわりにいた人たちが、いっせいに音のした方へとふりむきます。


「あっ! またさっきの鳥!」


そこには山を登るとちゅう、なんどか見かけたあの鳥、アマノガワウミスズメがいました。

さっきよりもさらに大きな群れになっています。

暗がりの中、月の光を受けて輝くそのアマノガワウミスズメたちは、一羽一羽がまるで一つ一つの星のようでした。


「あっ! あそこにも!」


気が付けば、アマノガワウミスズメはあちらこちらの木にとまっていました。

その数はどんどん増える一方です。

やがてあたりの木は、アマノガワウミスズメで埋め尽くされてしまいました。

その光景は、まるで前に家族みんなで見たプラネタリウムのようです。


「きれい……」


りかちゃんが思わずつぶやきます。


(いったいなにが始まるんだろう?)


胸のドキドキをおさえながら、こうちゃんはそのときを今か今かと待ち続けました。

 

そして、まん丸のお月さまが空の一番てっぺんにたどり着いたとき!

 

バサバサバサバサバサバサッッッ


今までで一番大きくたくさんの羽音が、あたりに響きわたりました。

まわりの人たちが、「おおっ!」と声をあげましたが、それもかき消されてしまうほどの、ものすごい羽音です。

さっきまで木にとまっていたアマノガワウミスズメたちが、いっせいに飛び立ったのです。


「わ~~~ッ!!」

「……ッッ!!」


こうちゃんも思わず声をあげてしまいました。

りかちゃんは声すら出せず、ただただみとれるばかりです。

ものすごい数のアマノガワウミスズメたちが、一目散に空へと舞い上がっていきます。

アマノガワウミスズメはムクドリのように一か所に集まり、じゅうたんのようになって、次から次へと飛んで行っているのです。


「すごいすごい! いっぱい飛んでる!」

「……」


反応はちがっても、二人とも大興奮なのはまちがいありません。

それはまわりの人たちも同じなようで、この光景をカメラやビデオに収めようと必死で動き回っています。


月明りに照らされ、列を作って飛んでいくアマノガワウミスズメたち。

それは、まさしく天の川でした。

年に数回、満月がもっとも強く輝く夜に、彼らはこうして大集団を作って島から島へと飛んでいくのです。


あっけにとられるこうちゃんと、りかちゃんを、お母さんが後ろからぎゅっと抱きしめました。


「きれいだね、本当に……」


 お母さんの言葉に、二人はうんうんとうなづきます。

三人は首が痛くなるまで、ずっとずっと月夜に羽ばたく天の川を見上げ続けたのでした。

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