実力の差
「ルールは簡単だ。どんな攻撃でもいい。手段は問わねえから、二人で俺をこの下の円から出す。それだけだ」
グラムさんが描いた円の中に立ちながら退屈そうにこちらにルールを語る。
といってもやることはただ円からグラムさんを出すということだけだ。正直もっと厳しい事を最初からやらされそうだと思っていた。
「ただし、俺もある程度は抵抗する。さあガキども。せいぜい頑張ってクリアして見せろよ」
ある程度は抵抗するといってもだ。僕と身体能力の高いセレナの二人で同時にやってもいいなら割とすぐ終わってしまうかもしれないな、これ。
「セレナ。僕が先に行く」
「おっけー! 頑張れライト!」
セレナに最初は僕一人で行くと伝える。あの僕達二人なんてどうとでもできると思っているのであろうとよくわかる態度が気にくわない。偶然とはいえあのやばい男も倒せたんだ。これぐらいできるはずだ。そう思いながら軽く体をほぐす。
「――っ」
グラムさんを円の中から出そうと全力でグラムさんに突撃する。完全に捉えたと思ったそれはまったく手応えのないままただグラムさんを通り過ぎる。
すぐに振り向き、連続で殴りかかるが腕を組んだままほんの少しの動きで回避される。
どんな形で殴ろうとしても、無理矢理押し出そうとしてもほとんどその場を動かずに手を持っている何かを見ているだけのグラムさんを捉えることはできず、ただただこちらのスタミナだけが消費されていく。
「――くそっ」
ああ、糞。だめだ。このままなにをやってもできる気がしない。ただ、円から出すだけなのに。
あの狭い陣地から追い出す。ただそれだけなのに。
「はあっ。はあっ」
「ライト! 交代!」
息がだいぶ乱れてそれを整えていると、後ろで待機していたセレナがもう我慢はできないと言わんばかりの勢いでグラムさんに迫る。
どうやら、セレナもやる気十分なようだ。いくらグラムさんでもセレナの常識離れした身体能力で向かってこられちゃ涼しい顔はしていられないだろう。
「――やあぁぁぁ!」
「――へえ」
セレナが全力で押し出そうと勢いで攻撃する。さっきの僕よりも明らかに早いその速度。
しかし、グラムさんはそれをまるでさっきの僕の攻撃と何も変わらないかのように対応する。魔力で強化をし出したのか、次第にセレナの攻撃が加速していくが少しだけ回避の動作が大きくなったような気がするだけで特に何か変わるわけでもなく簡単に避けている。
嘘だろ? あのセレナを? 単純な身体能力だけなら僕達三人の中でダントツだったあのセレナだぞ?
「たしかに速いが、まあそれだけだなぁ」
「――っ」
さすがに疲れたのか一旦距離を取り呼吸を整えるセレナに、たった一言。
たいしたことはないと呟く。それが心に来たのかいつもの笑みはなく、苦々しそうな表情をしている。
「セレナ。二人でやるぞ」
「――うんっ」
呼吸の乱れを整えたセレナに声を掛ける。一人じゃ絶対無理だ。けど、二人ならいけるはずだと心に言い聞かせる。そうしなきゃ折れてしまう気がした。
全力でグラムさんに攻撃を仕掛ける。セレナが前方から攻撃している間に死角から攻撃を仕掛けるが、こちらに一度も目を向けずに回避する。
ならばと、二人で同じ方向から押し出そうとするが当たったかと思った瞬間にはいつの間にか地面に倒されていた。
「ほら、もう終わりか?」
変わらず手に持っている物を見ながらこっちにもう終わりかと聞いてくる。
もうここら辺が限界だと見ているのだろう。……まだだ。まだ終われない!
「――はあっ。セレナ。まだ行けるか?」
「――っもちろん!」
そのまま倒れていたいその地面から気力で立ち上がりながらセレナにまだいけるかと聞いてみる。息を乱しながらも、こっちにまだまだ大丈夫だと力強く答えるセレナ。
どうやら気持ちは似たような物らしい。そうだよな。負けず嫌いなお前がこんなあっさり引き下がるはずないよな!
「――っ」
まだまだ、これからだとグラムさんを見る。こっちがまだあきらめていないのを確認したのか、手に持っていたそれを一旦懐に仕舞いこちらを見てくる。ほんの少し口元が動いた気がしたがどうでもいい! 絶対にやってやる!
「うりゃああ!」
「やぁあああ!」
攻撃を再開する。残りの体力なんてもう考えずにがむしゃらに相手に向かう。
だが、どんな攻撃もまともに当たることはなく、避けられるか軽く流される。何度やっても結果は同じ。何をしてもどうやっても当たない。
ああ、そんなの関係ない。知ったことか!
「――っ」
どれくらい攻撃を続けていたのだろう。もはや、時間の感覚さえもよくわからない。隣のセレナを確認する余裕もない。もう自身がどれくらい疲れているのかもはっきりとはわからない。
けれど、まだ。まだ行けるっ――。
「……ここまでだ」
再び懐から何かを取り出し確認したグラムさんが終了の声を出す。
それが聞こえた瞬間急に足から力が抜け地面にへたり込む。今は立ちたくない。今までで一番疲れた。そう感じる程に全力で動いたのにまるで歯が立たなかった。
セレナはどうだろう。ふと気になったので横を見ると、そこには僕と同じく地面に座りこんでしまっているセレナが確認できた。あのセレナがこんなに疲れているなんて。
冒険者っていうのはこんなにも、こんなにも僕達と差があるのか。
「今日は二時間やったが、明日からは一日三時間時間をやる。やる時間は自由だ。宿代を稼ぐのを考えて俺に挑戦するんだな」
グラムさんが見ていた物を懐にしまいながらこっちに言う。
あれだけの攻撃をしたのに全く息を乱してない。というか、二時間もやってたのか。
「お前達はこの後今泊まっている所に戻り、事情を話してここに戻ってこい。……ああそれと、この生活をやってる内にギルドでFランクの昇格試験を受けれるようになると思うがこれをクリアするまでは試験を受けるのは禁止だからな」
「――はあっ。なんで?」
「あんま意味がねえからさ。まあ、依頼を見りゃわかるさ」
理由について気になったので息を乱しながら聞いてみるが適当に返される。
何でだろう? よくわからないが、まあいいや。とりあえず言うことは聞いておこう。
「さて、俺は部屋に戻ってるからな。適度に休んでから行けよ」
そう言い残し、宿に戻っていくグラムさん。くそ。何であんなに余裕そうなんだ。こっちはもうへとへとなのに。
「くやしーー!」
セレナも地面に座りながら本当にくやしそうに、けれども本当に楽しそうな声を上げる。
少し経ってようやく立ち上がろうと思えた頃セレナが跳ねるように立ち上がり、こちらに手を差し出す。
「ライト! ルルードさんのとこ行こ! これから大変そうだね!」
「……ああっ。そうだな!」
セレナの手を握り立ち上がる。こいつなんでこんなに楽しそうなんだ。
だけど、この元気に僕もギルガもいつも励まされてきた。今もそうだ。多分これから大変になるであろうというのに不思議と辛いとは思えなかった。
「行くか!」
「うん!」
疲れている足を動かしてルルードさんの家に向かう。帰るためではなく、これから始めるために。
……とりあえずルルードさんになんて言おうかを考えながら、その足の重さと同じくらいの期待をこれからに込めて歩き出した。
夜。起きている人の方が少ない時間。どこかの宿の一部屋で男が一人。
大きく空に浮かぶ暗き時の太陽。月を窓から眺めながら酒をゆっくりと飲み、今日を振り返る。
旧友に頼まれたとはいえ気乗りしてなかった依頼だが、なかなか面白いガキどもだ。
最初の遊びは、どれくらい動けるかの確認と俺との差を見せ言うことを聞かせやすくする程度にしか考えてなかったが、まさか二人とも最後まで持つとは思っていなかった。
特にあの嬢ちゃん。動き獣よりも読みやすいぐらいの単調さだったが、速度と魔力量はすでに一級品であった。このままでもGランクは問題ないだろうと思えるぐらいには優秀なガキどもだ。
あれをCランク程度までか。当初は一年と読んでいたがこりゃ半年以内もありえそうだな。
「まあ、少しは楽しめそうだ」
言葉が漏れる。それがただ酔っただけなのか、あるいは期待のの表れなのか。あるいは――。
なんでもいいか。ともかく少しだけあいつらの成長に少しだけ楽しみを感じながらまた一口酒を口に入れた。