目覚め
気分の優れない体で街を歩く。セレナには帰ると言って広場から出てきたが、なかなか家に戻る気にはなれなかった。決して疲れが出たわけでもない。なんであそこにいたくなかったのか。何故勇者を見ていたくなかったのか。自分でもわからないがとにかくあの場にはいたくなかったということしかわからない。
「……はあっ」
今日何度目かわからないため息を吐く。いつまでも滅入っていても仕方ない。そう思い、気持ちを切り替えようと祭り中通ってない道で帰る。大丈夫。道に迷っても大通りに出てしまえば迷子にはならないだろうと考えながら。歩く。歩く。歩く。ふと立ち止まる。……あれっ?
「……何処だここ?」
周りを見渡せば、誰もいないような狭い道だった。……どうやらやってしまったらしい。本当に何も考えずに歩いた結果がこれか。それとも、自分が方向音痴なだけなのか。まあいい。ちょっと歩けば大通りのどこかには出られるだろう。最悪、日が沈むまでに帰れば問題はあるまい。どうせ、セレナも街のほとんどの人も今日は夜まで騒いでいるはずだから。
(……どっち行こ?)
どうやって大通りまで戻るか考える。少し考え右の道を進もうとすると、行こうとしなかった左から何か聞こえた気がする。
「んーんっ!!」
何か、聞こえた気がする。突然の物音につい近くの壁に身を隠す。そこから様子をうかがうと、そこには二人の人が何かを抱えて移動していた。抱えているものは何故か動いているように見える。
「んーっ!」
「――静かにしろっ! この糞女!」
抱えている物からなにか音がしたかと思えば、物を雑に下ろしたかと思うと運んでいる人の一人がそれを蹴る。鈍い音がした。なんだ。何を蹴っている? あれは何だ? 何を運んでいる?
「おいっ! 商品を傷つけてるんじゃねーよ!」
「ぐへっ。すいません兄貴。でもこいつうるさくて」
まるでアプーレの果実でも運んでいるかのような軽さで会話している二人。おそらく男であろう。二人が置いた物に目を凝らす。ここからでは、よく見えないが色が見える。黄色っぽい何か。まるで、さっきまで見ていたセレナの健康的な肌のような色。……まさか。いやまさか。
「でも、こいつ。結構楽に攫えましたね」
「まあ、この時期は気を緩める人が多いからな。特に今年は勇者様のお蔭で特に楽だったぜ」
間違いない。人攫いだ。よく話は聞いていた。たわいもない注意として。まさか、本当にやるやつがいるなんて。どうしよう。早く警備隊に伝えなくては。僕にできることなんてそれしかできることなんてないんだから。だから、早く動けよ! 僕の足!
「さて、そろそろ裏まで運んじまうか」
早く、早くしろよ! そう思いながら足を動かそうとするがまるで自分の物でないかのように足は動かない。思い切り力を込め、足を動かそうとし、やっと足が上がる。早く! 誰かを! そう進もうとした瞬間足下からなにかを砕く音がした。足下を確認する。そこには、何か実のような物の残骸に自分の足が乗っていた。……やばい。
「……ああっ? ……おい、ちょっと見てこい」
「? わかりやした」
男の一人がこっちに向かって歩いてくる。まずい。まずいまずい! このままだと絶対にばれる。そしたらどうなる? あの荷物みたいにどこかに運ばれて考えたこともない程に絶望な生活を送らなきゃ行けないのか。あるいは、ここで人生が終わってしまうのか。どっちでもいい。どっちもいやだ。いやだ! そんな感情に体を支配されたかのように勝手に足が男達の反対側に向かって走り出そうとする。さっきまで動かすのも一苦労だったのに。
「――はあっ。はあっ」
しかし、息を乱しながらもなぜかその場に留まっている。今すぐ進み始めないともう逃げるチャンスはないとわかっているのに。逃げることが正しい判断だろうに。さっきまで全力で逃げようとしていたのに。なんでだ? 何でなんだ? ばかなのか?
「……お、てめえなにしてがっ」
こっちに来た男を全力で殴りつける。狙いなんてない。恐怖なのか、後悔か。なんなのかはわからないが、とにかく自身の中の負の感情を振り払おうと思いっきり拳を振るった。殴りつけた相手は不意の攻撃に驚いたのか一発もらい体勢を崩す。
「うわああああ!」
もはや、人が発する言葉ではなく獣のような叫びを発しながらもう一人の男の方に駆け出し、全力で殴ろうとする。しかし、相手は特に驚いた様子もなくただ拳を躱し僕の体に蹴りを入れる。
「――がはっ」
蹴りは胴体に入り、膝を突いてしまう。すぐに立とうとするが前方から飛んできた何かがぶつかり吹っ飛ばされ、そのまま倒れる。
「ああっ? ……なんだこいつ。ガキじゃあねぇか」
痛い。痛い痛い! ようやく体を巡る鈍い痛みと吐き気、熱に耐えながら顔を動かし相手を見る。百八十センチ程の黒い服を着た男である。年はおおよそ、いやなんでもいい。年齢なんて。
「んだぁこいつ? この女の男か? まあいいかぁ。こんなゴミ」
男は今地面に転がっている僕に対してどうでも良さそうな目を向ける。いや、本当にこちらに興味はないのだろう。起き上がろうとするが、体がまるで動かない。
「おいガキ。今は死体をバラす準備がねえ。起き上がってこなきゃ今回は見逃してやる」
男はこちらに手を向けながら、提案してくる。運が良い。このまま倒れていれば殺しはしないと言っている。本当かは知らないが、口調からして嘘ではないのだろう。すぐに起き上がろうとするのをやめる。
「……それでいいさ。雑魚が。これからは喧嘩を売る相手を考えろよ」
男が僕を嘲る。雑魚。そうだ。なにをバカなことをやっている。僕は勇者ではないただの雑魚。村でもセレナやギルガの横にいるだけのゴミ畜生。こんな男がなんでこんな勝てる可能性の方が少ないヤバいやつに喧嘩なんて売ってるのか。なんで、こんな初めて見る女のために命を賭けてるのか。
「さて、あのばか起こして早く運ばねーとな。警備兵に見つかっても面倒だ」
男がもう一人を起こしに行こうとしている。ああ、本当に助かるらしい。よかった。こんな時でも、こんな情けない状態でも喜べる自分に嫌気がさすが、まあ命あってだ。そう思いながら、ふと、運ばれていた女を見る。見てしまう。ぼろぼろだったその少女は手足を縛られ、口を塞がれている。もう希望はないかのような死んだ眼をしている。実際そうなのだろう。おそらくあいつらが目的地に辿り着いたら、もう一生光を見ることなんてないのだろうから。
「――ッ」
思わず、歯を食いしばる。それは痛みを耐えるためなのか。……いや、多分違う。目の前でぼろぼろに傷ついてる少女がいてもチンピラ二人程度をどうにかできずにただ地にボロくずのように倒れている自分にであろう。ああ、なぜこんなにも弱いのか。何故勇者みたいに戦えないのか。ああ、なるほど。ようやくわかった。なんで今日妙にイラついていたのか。僕は自分が勇者には、憧れの存在にはなれないのだと見せつけられたような気分だったからだ。そんな身勝手で嫉妬だったのだ。情けない。少女から、そんな現実から目を背けようとする。直前、少女と目が合った。合った気がした。
「――」
何か、言われた気がした。少女は口を塞がれている。何か言葉を発することはない。発しようとしても聞き取れるはずもない。気のせいだ。そう心に言い聞かせようとするがその眼を見ると、確かにこっちを見ている。わずかに残っている感情をこっちに伝えようとこっちを見ている。
「 」
わずかに口が動く。もはや音にすらなっていなかったが、たしかに助けてと言われた。言われた気がした。それを僕に言って一体どうしろと? 戦えと? 無理だ。勝てない。怖い。怖いんだ。だから、そのすがるような眼をこちらに向けないでくれ。心から思った。自分に救いを求めるなと。けれども、その弱り切った眼は決して揺らぐことなくこちらに訴えてくる。たとえ、この場に僕しかいないからと言う理由だったしても今この瞬間は、確かに僕に助けてと。助けを求めている。
「――っぁぁああ!」
「……ああっ?」
完全に立とうという意志すらなかったその体に無理矢理力を込め、いつもの自分ならこれは自分の声ではないと思いっきり否定しそうに叫びながら気力で立ち上がる。立ち上がった理由はわからない。助けてほしいと言われた気がしたからか。だとしたら本当に大馬鹿だ。……だけど、なんでか今立ち上がったことだけは後悔は湧いてこない。
「馬鹿か。なんで立つんだ。てめえ」
「……さあな。僕にもわかんないよ」
「そうか。なら、そのまま死ね」
男は、ただ余計な仕事が増えたと言わんばかりの鬱陶しそうな顔を浮かべながらこちらに手を向ける。その手の中に赤い何かが満ちていく。おそらく火属生の魔法だろう。
「燃えろよガキが。火球」
男が何かを唱えるとこちらに火の球が飛んでくる。足に力を入れ、全力で回避する。
「ほら、避けるだけか!?」
だんだんと相手の攻撃の勢いを増していく。全力で回避すれば、かろうじて避けれていたはずの火の球に少しずつ掠っていく。手。足。顔。掠るだけで済んでいた攻撃にも次第に当たっていく。そして、右肩に強い衝撃が走る。
「雑魚が。結局なんのために立ち上がったんだあ!?」
右腕が上がらない。目を向けるとさっき火球が当たったであろう部分が赤黒く焼け焦げている。ああ、畜生。もう麻痺してるのか痛みすら感じねぇぞ。
「痛そうだなあ!? すぐに楽にしてやるよお!?」
「……ああ、くそ」
せめて、せめて自分に魔力さえ使えれば。セレナほどじゃなくていい。少しだけ強化を使えたら。あるいは、剣でもなんでもいいから得物があれば。
「死ねやあ!? 大火球!」
男が両手を前に出し魔力を集中させる。さっきまでの火球とは明らかに大きさも熱量も込められている魔力量もまるで違う。あれは回避なんてできそうにない。もしできたとしても後ろにいる少女に絶対に直撃してしまう。とっさに何かを探す。こんな所に転がっている剣なんてないのはわかってる。でも! それでも! なにかあれば!
「終われよ!? くそガキィ!」
ふと何かをつかんだ。いや、いつの間にか握られていた。火球が迫る。確認している暇などない。持っていたそれを全力で振り抜く!
「「……はあ!?」」
次の瞬間起こったその奇跡に、おそらく両者共に驚きを隠せなかった。当たり前だ。人を飲み込めるほどのサイズであった火球が二つに割れている。正確には、持っていたその何かが火球を割ったのだ! 真っ二つに! おそらくは核を切られたであろう火球が消失していく。
「馬鹿な。そんな馬鹿な!?」
「――今だ!」
火球を放った男は自らの魔法が切られたことに一瞬意識を向ける。その一瞬に最後の力を振り絞り間合いを詰め全力で、もう体は限界のはずなのに、なぜか湧き出る力を全部使い何かを持っていない方の腕を相手の顔面目掛け全力で振り抜く。その拳が相手の顔面を捉え、そのまま二~三メートルほど吹っ飛ばした。ほんの一瞬の決着だった。
「――っ」
勝った。運が良かっただけなのかもしれない。けれど、それでも、勝った。そう確信した瞬間足に力が入らなくなり崩れ落ちる。意識が薄れていく。意識が途切れる寸前思ったのは、少女の事でも、また立ち上がってくるかもしれない男達のことでもない。最後の一瞬だけ眼に入った自身が知らぬ間に握っていた黒い剣の事についてだった。