王都到着 初日
「起ーきーてー!」
「!?」
いきなり来た恐ろしく響く大きい声で意識が覚醒する。まだ眠いと思いながらその騒音の原因に目を向ける。いつも以上に小憎たらしい笑顔を浮かべたセレナがこちらが起きたのを確認する。
「起きたー?? もうひとがんばりだよー!」
「……本当お前の声は良い目覚ましになるな」
やけに元気に、もうすぐ王都だと声のトーンを上げてこちらに言う。
あまりのテンションの高さについて行けないと感じつついつものように適当に返しながら体を起こし周囲を見る。……うん、問題はないな。
少し体を伸ばしながら意識を起こし、村から持ってきていた保存食を食べ、歩き始める。
すると、二日ほどずっと見ていた平原の奥から大きな門とその回りに築かれている壁が見えてくる。
それが王都マルギスの特徴の一つである周辺の魔物や獣を寄せ付けることのないとされる防壁であると判別でき、少し安心した。
「思ったより早かったな。もう一日かかると思ってたよ」
「そうだね! 思ったよりペースが早かったからねえ。でもそれ以上に道中でそんなに獣が襲ってこなかったからねー!」
そう言ってこちらに笑いかけてくるセレナ。確かに道中の獣をセレナと追い払ったりもしたが、遭遇したのは二~三度と少なかったで僕より強いセレナなら一人でもどうにでもなっただろうなとも思えた。
まあでもセレナ一人だと余計な好奇心で遅くなってただろうし別にいいかと近づいていく王都を眺めながら歩いていると、不意に横腹をつつかれる。
「おおーい!」
「――っ!! 何だよ?」
思わず横を向き横腹をつついて来た犯人を見ると、いかにもかまってくれなくて不機嫌ですと言いたげなふくれ面をしているセレナがいた。……こいつ。
「さっきからつまんないよライトー! もっと構えー!」
「……もう少しで着くんだからその元気を貯めておこうとか思わないのか?」
「無理ー! どうせ元気なんて街に着いてお祭り見始めたらすぐ湧いてくるしねー!」
村を出てから寝てるとき以外全く落ちないそのテンションに思わず聞いてみるとばっさり即答された。本当にメリハリという物を知らなそうであるその天真爛漫さにホントに呆れたが、まあいつも通りなので頑張って気にしないようにする。……なんでギルガいないかなー。まじで。
そう思いつつ、この元気娘にかまいながら歩いていると門の前まで到着する。
街へ入ろうと門の関所に行くと、そこにいた兵士に声をかけられる。
「名前とここに来た理由を。そしてこの街で暴れないと言う約束はできるか?」
「ライトです。こっちのはセレナ。勇者召喚祭を見に街へ。こちらが問題に巻き込まれない限りは」
「……よし。では掌紋石版に手を」
淡々と聞かれた質問に答える。
そして、一通り終わったかなと思ったら今度は手に持っている四角い板をこちらに向ける。その板に手をかざすとそこから魔力が少し吸われ、およそ十秒ほどで青色の光を放つ。
掌紋石版。使用者の魔力を使い言葉の嘘を見抜く魔道具であるそれから発せられる光を確認すると、兵士がこちらに笑みを向ける。
「問題ないな。宿の手配は大丈夫か? よければこちらでどこか紹介するが」
「こちらに知人がいるのでそこに泊めてもらうつもりです。お気遣いありがとうございます」
「そうか。楽しむといい。ようこそマルギスへ」
警戒が解けこちらに優しく対応する兵士の気遣いに返し、門を抜ける。
すると、村では見ることのないたくさんの人々と大きな街並みが見える。
「――相変わらずすごいな」
「おおーっ! 人がいっぱいだぁー!」
王都マルギス。アルカディアにおけるルーグリット王国のちょうど中心部に位置するこの街はかつての大戦の時代から存在していたとされその時から現在まで人の中心になっているこの都市は、かつてこの世界における最初の勇者を召喚した場所とされているその街は驚くほどに人の活力が溢れていた。
いつ見てもすごいその光景を見て僕とセレナはつい声を出してしまう。それに気付きセレナに目を向けると、
セレナもこちらを見ている。まあ王都に来た回数が僕より多いから慣れているのであろう。
滅多に来ないこんな場所でもいつもと同じように笑みを浮かべるセレナを見て心が落ち着いてきた。
「ライト! 早く叔父さんの家に行こっ!」
「……そうだな」
早く行こうとせかしてくるセレナに頷きながらついて行く。まあ、セレナの方が街については詳しいし問題はないだろうと考えながら街中を歩く。
歩く途中に街の様子を見ていると、祭りのために出店の準備をしていたり、舞台の設営や宣伝をしている人たちが至るところで見える。
この時期に来たことはないので祭りの雰囲気がどんな物なのか実際にはよくわかってなかったが想像の何倍も熱気に溢れていて、これで前日なら明日はどうなっているのだろうと自分でも驚くぐらいには楽しみになった。
「とうちゃーく!」
一人じゃ迷いそうなほどの広さと混雑さに戸惑いながら、セレナのお父さんの弟であるルルードさんの家に到着する。
門前に着いているチャイムをセレナが勢いよく押す。おおよそ二十秒ぐらいたって門が開く。全くの遠慮をせずに中に入るセレナについて行き中に入る。
「よく来たなセレナちゃん。それにライト君も」
「久しぶり! 叔父さん!」
「お久しぶりです。ルルードさん」
玄関で待っててくれたルルードさんと挨拶をする。張りのある低い声が特徴的なルルードさんは前来た時とあまり変わっていなく、セレナの母親の遺伝である金髪を除けばこっちの方がセレナの親子であると言われても違和感が少ない。実際相性はいいのか出会ってすぐにハイタッチを交わしている。元気だなぁ二人とも。
「詳しいことはアルドから手紙をもらっているよ。ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。これアルドさんから預かっている物です」
「おお! ありがとう。……ふむ。いらぬ気遣いをするなぁ相変わらず」
アルドさんから預かっていた封筒を渡すと、ルルードさんはすぐに開ける。
中身については言われていないのでわからないがおおよそ王都に滞在するの生活費でも入れてあったのだろうと推測する。
「叔父さんー! 部屋はいつもの泊まってるところでいいー?」
「ああ! ライト君はその隣の部屋を使うといい。少し埃っぽいかもしれんが、まあそこは大目に見てくれると助かる。何しろ急いで掃除をしたからなぁ」
「気にしないでください。ルルードさんもお仕事で忙しい中、部屋を貸してもらえるだけで本当にありがたいんですから」
「そう言ってもらえるとこちらも助かる。この時期は人で溢れかえるからなぁ。……すまんね。こんな愚痴ばかりで。」
こちらを一切気にすることなく自宅のような軽やかさですいすいと部屋に向かったセレナのことは気にせずにルルードさんと軽く話をする。叔父さんのやっている魔道具屋ではあまり祭りに関係したサービスはやらないとのことだがそれでもこの時期は大変そうだ。
「――ああっ! もうこんな時間か。すまないが店の方へ戻らなくてはな。今日は遅くなってしまうかもしれん。リビングのにある冷蔵庫の中は好きにしてかまわないからくつろいでいるといい」
「ありがとうございます。お仕事がんばってください」
ふと時計を見たルルードさんはもうこんな時間かと家を出て行く。鍵が掛かり俺も少し休もうかな思い階段を登り部屋に向かう。
上がった先にいくつかドアがあり、その中の一番奥の部屋のドアが開いている。おそらくそれがセレナ使っている部屋だろうと考えその隣を開ける。
「なんだ。全然綺麗じゃないか」
部屋は思っていたよりもずっと綺麗で、急いで掃除したとは思えないほどであった。
荷物を部屋の隅に置き、備え付けてあるベッドに座る。あまり使わない客室にまで質の良さそうなベッドが置かれているのは仕事が順調なんだなと思えた。
どうせ明日も忙しいし少し休もうと思っていると、いきなりのドアが勢いよく開かれる。
「ライトー! 明日の予定決めよー!」
「……はあっ」
いつもノックしないよなと僕が思いながら部屋に入ってきて僕が座っている隣に座ってくるセレナ。
こいつに疲れはないのか疑問に思ったが、まあ明日の祭りの予定は考えとかないとなとも思ったのでとりあえずセレナの方に顔を向ける。
「さっきチラシもらった舞台にも行きたいしー。突撃牛の串焼きも食べたいしー。三つ蜂のハニラパイもいいよねー。ギル君へのお土産は何にしようかなー?」
「……まあゆっくり決めようぜ。まだ一日あるんだしさ」
「うん!」
お互いに意見を出し合って何処に行くかの大まかに決めていく。割と好みのセンスが似ている僕らだとお互いに不満が出ることも少ない。これでギルガがいればもうすこし時間がかかっただろうが。 そんなこんなでだいたい決まりつつあった時、セレナが思い出したようにはっと声を上げる。
「そういえば中央広場で十五時ごろメインイベントやるらしいから、舞台見た後そっち直行かなー!勇者様顔出すらしいけど見れるかなー?」
「……人が多いから顔までは見えないかもなぁ。まあその時はしょうがないなー」
「??そういえばライトあんまうれしそうじゃないねー。勇者好きだったよね?」
「……僕の中では勇者は物語の英雄って感じが強すぎてなぁ。あんま現実味がないんだわ」
勇者のことについて聞かれた時つい言葉に詰まる。確かに勇者のことはとても好きだ。小さい時、村に来た詩人に聞かせてもらった勇者の詩に心を動かされずっと勇者に憧れていた。
今でこそ数多に存在する勇者の伝説は過去に実際に在った事実の一つでしかない物だとわかってはいるだが、自分の中ではまだ物語の英雄である認識の方が強くそれが実在するということに現実味が湧いていないのだ。
「ふーん? まあよくわからないけど見には行くよね?」
「ああっ。一生でお目にかかれる機会なんてたぶんもうないからなぁ。まあ僕は聖剣の方が見てみたいんだけどな」
「へえー。まあとりあえず明日は多分疲れちゃうほど忙しいからね!」
……普段疲れるということと無縁であるこの女から出る疲れるほど忙しいとはいったいどれほどなのだろうと、せっかくの祭りなのにもう気分が滅入ってきた。
「あっ! もうこんな時間! 冷蔵庫の中身は自由に使えって言ってたからなにか簡単な物でも作ろー!」
「手伝うよ。ルルードさんにも何か軽い物持って行った方がいいと思うしな」
「おっけー! じゃあキッチンへゴー!」
魔力時計を確認して、もうこんな時間かとベッドから腰を上げ、セレナと共に下の部屋のキッチンに向かう。
到着し、冷蔵庫を開けると割と食品が入っていた。その中からいくつか使い簡単に白バンに挟む。 それを適当に包みルルードさんの店に向かう。
だいぶ日が暮れている空の中を少し歩くと見えてくる魔法具屋に到着する。
ドアを開け、奥のカウンターにいたルルードさんにセレナが声をかける。
「ルルードさーん! ご飯持ってきたよー!」
セレナの声にルルードさん含め店にいた人たちが驚いてこちらを見る。その人達にすいませんと謝りながらルルードさんの元へ向かう。
そばに着くとルルードさんは何か四角い物をいじくりながらこちらを確認してきたので、作ってきたご飯を渡す。
「セレナちゃんとライト君か。ああ、ありがとう。そろそろ休憩しようと思っていた所だ」
「叔父さんー! それ何?」
「これか? ……ここのボタンを押してみるといい」
セレナがルルードさんの手の中にある四角の物体に興味を抱いたらしく質問した所それに着いてるボタンを押すようにセレナに言った。
その四角い物体を受け取ると何のためらいもなくボタンを押す。
「……おおっ?」
直後、セレナが少し驚いた表情を見せる。すると、セレナが持っていた上方向にしていた部分が開き何かが出てくる。
「――眩しっ!?」
「明るい!」
出てきたのは、光だった。より正確に言うなら光の魔力の球体であった。それがふよふよと浮かんでいるのだ。
「うむ。成功だな! 後は持続時間を計測し予測との誤差がないかの確認だけだ」
「これすごいね叔父さん!すっごく明るいよ!」
「そうだろ? 新しく作っている光の魔道具なのだが、前のから術式を少しいじってみて最大光量を上げることに成功したのさ。さらに注目はボタンがダイヤル式になっていてな。そこを回すと出す光の色を変えられるようにしたのだ!」
……いつもながらすごい。この人は簡単そうにやっているが、既存の魔術式をいじり、思うように改良するのはとても難しく下手すると大惨事に繋がる恐れがあり、魔道具屋を自分で開くには取るのに難易度の高い資格が必要とされるのだ。
ルルードさんは魔道学校には通ってないと前聞いた気がする。つまり独学でそれを学び資格を取り、自分を高め自身のやりたいことを追求している。
「……すごいな」
「そうだろう!? 光の色を変えるための術式を小型化するのには苦労したからね!前に三人でこっちに来た時にギルガ君が言っていた内部で術式を回してパズルのようにするという発想からダイヤル式にしてみたのだが耐久性の面を考え――」
不意に出てしまった賞賛に反応したルルードさんは得意げに語りだす。……どちらかというとすごいと思ったのはルルードさんなんだけどなあとと訂正しようとしたが、両方すごいと思ったのは事実だしまあいいかと思い留まる。……それにしても明るい。
「でもこれ明るすぎて普通には使えないよね!」
「普通は無理矢理にでも魔力を詰め込まなければそこまで明るくなることはないよ。多分セレナちゃんの魔法適正と得意属性、そして魔力量がすべて噛み合って極端に明るくなってしまったのだろう」
セレナがはっきりと明るすぎと伝えるとルルードさんは冷静に返す。
おそらくだが、光の系統をセレナに使わせるとこうなるであろうと考えていたのだろう。つくづくセレナが常識外の才を持っていると実感する。
「なるほどー!やっぱり私に光系統の魔道具は使えないのかなー?」
「自分で魔法使えばいいじゃん。下手に術だの道具だの使うより自在だろ。お前なら」
「道具を使って光を出したいのー!そっちの方がかっこいいじゃん?」
……よくわからないような割と理解できてしまうような微妙な感情が心を巡る。そんな感じで店の魔道具を見てはルルードさんに解説を求めたりしていると、店の窓から見える空が真っ暗になってることに気づく。
店の壁に飾られている魔力時計を見ると、時計の短針はすでに十の位置を示していた。
「もうこんな時間ではないか! 明日の祭りは始まるのも早いからね。もう帰って休むと良い」
「……そうですね。そうさせてもらいます。長時間お邪魔してしまってすいません」
「気にすることはないさ。この時期はいつもお客も減って多少暇をもてあますからね。参考になる発想もいくつかあったしね」
こちらが長時間付き合ってもらい申し訳なく思っていたのを優しい口調で返される。……本当にいい人だなと思いながら、未だに商品を見ているセレナを呼ぶ。
「そろそろ帰るぞ。セレナ」
「りょうかーい! おやすみーおじさーん!」
「ああっ。ライト君もセレナちゃんもお休み」
挨拶をし、店を出る。家に着き、それぞれが部屋に戻ると交代で浴場に行き体を洗い、寝る準備をする。
ベッドに座り少し明日のことを考えてるとあくびが出てくたので、もう寝ようとベッドに入り横になる。
(明日が楽しみだな)
そう明日を思いながら目を閉じそのまま眠りに就く。ああっ。明日が本当に楽しみだ。