出発
「ぼくはゆうしゃになる!」
そんな事をただ勢いで言っていた昔を思い出す。自分には無理だと今はわかってるがあの頃はただ純粋に夢を見てそれを幼なじみ二人に語り楽しんでいた。
ああ、忘れていたわけではないけれどそんなことがあったなぁぐらいの思い出でしかないこんなことを何故今思い出したのだろう?
何か夢を見ていた気がする。何を見ていたのかは思い出せないが、まあなんか夢を見ていた。
そう適当なことを考えながら寝床から出て、まだ少し眠さを残しながら部屋を出る。まだ少しだけ肌寒いなと感じながらそのまま顔を洗いに行く。
「――つめたっ」
思わず声が出てしまうほどの冷たい水で顔を洗い、そういえば朝ご飯何かなとようやく回り出した頭でしょうもないことを考えながらリビングへ向かう。
リビングに近づくと、まだ朝だというのに割と賑やかな音が聞こえた。
「おはよー」
いつものように適当に挨拶し朝ご飯を食べるためにイスに座る。いつも通りのパンだなぁと思い、食べ始めようとした。
「おはよっ!」
すると、と大きな声で挨拶を返された。いつも通り元気な声だなあと思いながら顔をそちらに向けると、割といつも見る顔が目に映った。
「いつも元気だなあお前」
「まあね!」
ついつい漏れた言葉にも律儀に返してくれるこの少女セレナは、いつも通りの元気さでうちの両親と雑談を楽しんでいた。家が近く昔からこんな感じなのでもう慣れきってしまっているが、こいつ自分の家でご飯食う日の方が少ないんじゃないかと考えながらパンをかじる。……いつもと変わらないな味だ。
「……あっ!」
そんな適当なことを考えながらパンをかじっていると、不意にセレナが何かを思い出したかのようなわかりやすい反応と見せる。……危なっ。
「今度ねえ! 勇者召還祭やるから一緒に行こう。って言いに来たんだ!」
こっちの様子を気にする様子をまるで見せず、いつものように用件を言ってくる。
「勇者召還祭? 王都のあれか?」
「うん!」
また突然だなと思いつつ、そして今日はいつもより大きな事を口にするなあと驚きながら考える。
勇者召還祭。かつて魔王を倒した勇者様を称えて開かれる王都における一年に一度のお祭りである。
とても盛り上がる。盛り上がるのだが、このキルノ村から行くにはちょっと王都までおおよそ二~三日かかるため、あんまり縁のないものなのだがなぜいきなり?
「いきなりどうした?」
思わずセレナに聞いてみる。
「今年は勇者様がいるからね! 一回ぐらいは見ておきたいじゃん? 好きでしょ勇者?」
セレナはとっても良い笑顔で返してくる。
「見ておきたいじゃんって言ったっておまえ行くなら前もって準備してなきゃ無理だろ」
祭りは四日後で今日村から出なくては間に合わないのに、それを前もって言わないコイツもどうかと思う。
まあ今回は無理だなと思っていたのだが、なんか嫌な予感がする。
「え? ……あっ。ライトに言うの忘れてた!」
セレナが意味深なことを口走っているのにさらなる不安に感じていると、のんびり真っ黒な色の美味しくなさそうなコビーを飲んでいた父さんが驚いた顔してこちらを見ながら聞いてくる。
「何だライト。お前何も聞いてなかったのか?」
「えっ?」
「えっ」
……妙な沈黙が走る。……まじかー。またかー。いつものかー。
「……なあ」
「――ごめんなさい!」
一言言ってやろうかと口に出そうと瞬間、すごい早さで謝られた。……はあっ。
「まあいいけど、たまには事前に」
「いちいち文句を言わない!今聞いたなら早く食べてとっとと準備しな!」
「……はい」
少し言ってやろうかと思ったが、母さんがいつものように話しをまとめる。いつも通りセレナには激甘だ。もう完全に娘扱いだよなあコイツ。
適当に返事しつつ残ったパンを急いで食べ準備を開始すべくゆっくり部屋に戻ろうとする。
「あっ! 今日の十時ごろに出発だよ!」
セレナが悪びれもなく言ってくる。ふと家においてある魔力時計を見ると九時十五分とある。……急いで部屋に戻った!
自分でも感心するぐらい急いで準備を終わらせ、村の入り口に向かうと案の定セレナはもう待っていた。鮮やかな金色の髪、整った顔、十五才のくせに割といいスタイル。これでもう少しおとなしければなぁと普段を知っている分残念味が強い元気っ娘に声をかける。
「おまたせー」
「おそいよー!おつかれー!」
お前が言わなかったからだと思ったがまあ気にしてもしょうがないので雑に返す。
「……いつもすまんね」
「……いえ。いつもはアイツの担当ですし」
「これを持ってルルードの家に泊めてもらうといい」
「ありがとうございます」
セレナと一緒に入り口で待っていたセレナのお父さんに若干申し訳なさそうな顔をされながら手紙を渡される。その顔を見ながら本音で返す。ホントいつもこの天然元気女にかまっていたら身が持たないなと思いながら、そういえばと思いセレナに聞いてみる。
「そういえば、あいつは?」
「ギルくん? 予定あるから行けないって言ってたよ?」
「……まじかー」
幼なじみの一人でありコイツ担当のギルガが行けないのを今知り、割と本気で不安になる。このおおよそ五日ほどの時間で俺は街を見る体力が残っているのか心配である。
そんなことを思いながら、村の外へ歩き始める。
「私一人なら走って行った方が速いんだけどねえ」
「そういうのはギルいるときにやってくれ」
歩きながら妙なことを口走ってるセレナを割と本気で止める。コイツの場合は冗談でもなく素の身体能力や天才としか言いようのない回復魔法で本当にこなせるだろうからだ。僕の身体能力は人よりはある程度しかないのだ。
自分にももうちょい魔法の才があればなと思いつつ、それはどうしようもないことを思いながら妙にテンションが高いセレナと話しながら王都への道を進めていった。