No.07「無尾種協会(ノーテイルソサエティ)」
「そ……ぞれにじても……寒すぎる……」
星音とは別の場所にワープで飛ばされてしまったリオンとミリオンの二人は、極寒のこの世界の洗礼を受け、全身をブルブルと震わせていた。
特に水中に適したボディスーツ一丁というラフ過ぎる出で立ちのリオンにとっては、皮膚に針を突き立てられるかのような寒さに苦しんでいるであろう。
「リオン……ちょっと離せって! ……」
「すまないミリオン……もう少しばかりこのままでいさせてくれ……それに、キミにとってもこうしていた方が都合がいいだろう? 」
「とは言ってもよぉ……」
あまりの寒さに耐えかね、リオンはミリオンの小さな身体をギュっと抱きしめ、その体温で暖を取りながら歩いていた。
いわばカイロ代わりにされているミリオン。リオンの言うとおり、お互いの人肌で暖め合うことになるのでwinーwinの関係なのだが、ミリオンは両性具有であるリオンの胸の膨らみに包まれることになり、気が気で入られない状況に陥っていた。
くそう……正直夢にまで見た状況だが、まさか自分と同じ名前と顔を持つ巨人にやられるとは……そればかりは想像だにも思わなかったぜ……
自分自身に邪な感情を抱きかねない状況に葛藤するミリオン。彼は必死に下唇を噛みしめて理性をつなぎ止めようとしていた。
リオンとミリオンはそのままどこか暖を取れる場所はないかと裏通りをさまよい続け、とあるコインランドリーに行き着く。店内は今のところ無人で、誰かが使用中であろう乾燥機がグオングオンと稼働している音と、待合い室で垂れ流しにされているテレビ番組の雑音だけがBGMを作り上げていた。
「おいリオン……まさかお前」
リオンがこの場所に導かれるかのように足を踏み入れたその時。ミリオンは彼が何を企んでいるのかは薄々予想できていた。
「……ミリオン……これは緊急事態だ。やむを得ないんだよ」
彼の視線は店内の乾燥機へと向けられていた。円形の透明な窓からは、様々な衣服がひしめいて、機会の遠心力で踊るように飛び跳ねている。
この中を探せば、リオンにお誂え向きの衣服が何点か見つかりそうではある。しかしそれを持ち出してしまっては間違いなく窃盗であり、犯罪だ。異なる世界とはいえ、盗みと暴力だけは共通して禁止されているルールであることは間違いない。
「しかしよぉ……異世界に飛ばされた直後にコソ泥するってのもなぁ……」
「私の体でぬくぬく暖を取っているキミに何を言われようと勝手だ」
「う……そう言われちゃあな……」
「とはいえ……キミのコソ泥という言葉にプレッシャーを感じたコトも事実……ここをどうにかクリーンにやり通せる方法はないものか……」
結局リオンは見知らぬ人間の洗濯物を奪うコトにはやはり罪悪感を覚え、店内の片隅に設置されている「忘れ物ボックス」の中に、コットン生地のコートがあることを発見し、それを拝借するコトにした。
こんなに立派なコートを乾燥機の中に置き忘れるなんて、持ち主は対してこの服に愛着は持っていないのだろう。それならば私が着て役立てた方が、よっぽど良いじゃないか。と自分に屁理屈を言い聞かせつつ、コートに袖を通したリオン。この時小さく口を動かして「ごめんんさい、ごめんなさい! 」と呟いていたことには、ミリオンは見て見ぬフリをした。
「なかなか似合ってるぞ」
「よせ、からかうんじゃない」
ミリオンにコートの着こなしを褒められてまんざらでもない表情を作るリオンは、頼まれてもないのにその場でクルリと回って見せた。
「あら? 」
「どうした? 」
その時ミリオンは何かに気が付いたようだ。コートの背面の腰の位置には顔を通せるほどの穴が空いていた。しかし破けて損失したというよりも、しっかりと周囲は縫い目で補強されているので、元々そういうデザインだということがわかる。
「この世界ではこんなデザインの服が流行っているのか? 」
少しお尻の部分が露出していて恥ずかしかったが、この時リオンは大して気にもせず、そのまま待合室のベンチに腰掛けながら、しばしの休憩を取ることにした。
リオンは小さな身体のミリオンを、ぬいぐるみを扱うかのように抱きながらテレビを鑑賞する。放送されている番組は子供向けのアニメ番組だったようで、腰から尻尾を生やしたキャラクター達が画面を所狭しと動き回っている。
「ふむ……尻尾"だけ"を持ったキャラが日常的に存在する世界観とは斬新だな。普通なら動物の擬人化的な指向で、同時にネコ耳やウサ耳も同時に備えているモノだが……」
「そうだなぁ、尻尾の毛を編み込んだりしてて、妙に描写が細かいな……それに対して表情の描き方が手抜きな点が少し残念だ。」
などとややオタクめいた会話を続ける二人。姿形は違えど根本的な趣味や性格は、やはり折井星音なのだ。
ジジッ……ガグィィィィ…………ッッッッ!!
「なんだ!? 」
しばしの間オリオン捜索の使命を忘れ、やや脱力した二人の心を引き締めるような雑音が突如響きわたる。その発生源はテレビ。紙を延々と切り裂くような音と共に画面が乱れ、アニメ番組から打って変わり、報道番組のような厳かな雰囲気のスタジオが映し出された。
しかし奇妙なことに、そこにはアナウンサーやコメンテーターといった者の姿は見あたらない。
「緊急速報か? 大地震か何かがどこかで起こったとか? 」
「いや、それならなぜ誰も映ってないんだ? 放送事故じゃないのか? 」
二人は様々な憶測を立てるもハズレだった。画面に映る無人のスタジオに、スッと横から一人の人間がフレームインした。
その男……と思われる人間は、ファンタジー映画の登場人物のような派手派手しいローブに身に包み、顔はローブに覆われていてわからない。
『“有尾種”の諸君ごきげんよう。今僕は日本中の電波を乗っ取ってこのこの映像を送っている。是非とも最後まで、テレビの電源を切らずに拝聴を願いたい』
「何だコイツ? 」
「もしかしてこれって電波ジャックじゃないのか? 」
突如映し出された不穏な映像に、穏やかではいられなくなる二人。思わず前のめりになって画面に釘付けになってしまう。
『ご存じの通り我々“無尾種”は、連日連夜、日々警告を諸君らに送っている。このままではこの世界は墜落すると……隣人に恐怖し、毎日を怯えながら過ごすことになる。と』
ローブの男はわざとらしく抑揚をつけた声で演説する。その声には自分自身に絶対的な信頼を置いているナルシシズムを感じさせたが、リオンとミリオンの二人にはどういうワケかその声に対して聞き覚えがあった。
『しかし、口で何度訴えても無駄だと分かり、今回は実演をもって諸君らに襲いかかるであろう恐怖を知らしめたい』
ローブの男は指をパチンと鳴らすと、カメラが切り替って別の場所が映し出された。そこには拘束服を着せられて身動きが取れなくなっている女性の姿があった。視界はアイマスクで塞がれ、口も拘束具がはめられて喋ることができず、両耳はヘッドホンを思わせる器具で聴覚も遮断されているようだった。そして、彼女の腰からは長く毛に覆われた尻尾が生えていた。
「アイツ……さっき“有尾種”だとか“無尾種”だとか言ってたよな? 」
「ああ……なんとなくわかってきた。この世界には尻尾を持っている人間と、そうでない人間が同居しているんだ」
穴の空いたコート。尻尾の生えたアニメキャラクター。それらに合点のゆく答えを見つけた二人だったが、今は呑気に喜んではいられない。なぜなら今、全国区に行き渡る電波で拘束された女性の姿が放送されている。という異常事態にはち合わせているからだ。
『うう゛~! う゛~ッッ!! 』
拘束された女性は苦しそうに喚いて何かを訴えかけようとしていたが、拘束具が邪魔をして何一つ言葉を発することが出来ない。そして尻尾だけが左右に大きく揺れていた。
『彼女を含め、君達“有尾種”は全世界の総人口の9割を占める多数派だ。我々“無尾種”は異端扱いされ、今でこそおためごかしの擁護法案で、見せかけの人権が保護されてはいるが……ほんの百数年前までは“悪魔の使い”などと罵られ、痛めつけられ、不当な理由で処刑されてきた。我々は長い間苦渋を舐めさせ続けられてきたのだ』
ローブの男が再びテレビ画面に写り込み、拘束された女性の側に近寄った。女性はその気配だけで男の存在を認知したようだ。尻尾の動きが突然激しくなる。
『しかし……今そのことはどうでもいい話だ。それよりももっと重要なことがある。見逃すことが出来ないホントやべぇ事態がこの世に降りかかろうとしている』
男は女性の顎をそっとなでた。その感触に驚いた女性は再度うめき声を上げて尻尾を揺らす。見ている方までも恐怖が伝わるほどの必死さだった。
『今ここで君達“有尾種”にお見せしよう! 悪魔の使いだったのはどっちなのか? これから巻き起こるであろう厄災の種火を! しっかりくっきりごろうじろ!! 』
男が演説めいた言葉を止めた瞬間、女性の身体に異変が起こる。彼女の顔には一文字の傷が作られ、それを中心に果物の皮をめくるように身体が裂けて裏返ってしまう。そして内と外が反転し終えたその姿は、今までとは似ても似付かないモンスターのような姿に変わり果てる。
熊のような巨体、岩のような皮膚、そして四本の腕……テレビゲームに登場するゴーレムを思わせる相貌。リオンとミリオンは確信した。拘束された女性は間違いなく“棲処”と化したのだ!
『見たかね諸君!? これが“有尾種”の正体! そして本性! 真の姿なり! 我々の研究では、このような怪物に変化する者は“有尾種”のみ! “無尾種”では起こらない! 過去に起こった原因不明の事故、殺人はすべて、この怪物……“棲処”が関わっていたのだ! 』
ローブの男は高らかに声を上げて説明しながら、暴れ出した“棲処”の攻撃をジャンプして回避する。そしてそのまま空中で腕を突きだし、広げた手のひらを怪物の額に密着させた。
『そしてこの醜悪なモンスターを退治出来るのは……“無尾種協会”の会長である、この僕だけなのだ! 』
そして会長を名乗る男は「フンッ! 」と力を込めて“棲処”の額に力を込めると、再び一文字の傷が身体を割ってビデオの逆再生のように元の女性の姿に戻ってしまった。
『ゲホッ……ゲホッ……』
棲処化を解除された女性は、せき込んでその場にうずくまった。ローブの男はそんな彼女の背中をそっと撫でて介抱する。
『大丈夫ですか? 』
『は……はい……』
『もう心配いらないよ。キミの中の悪魔はすでに葬った。しかし、このままでは再び悪の醜気を呼び戻して“棲処”となってしまう……そうならないようにするには……わかるね? 』
『わかり……わかりました……』
女性の尻尾はいっさい微動だにせず、床に垂れ下がっていた。それはこれから自分がしなければならないコトを現していた。
『“無尾種協会”に……入会します。尻尾を切り落とし、これからは“無尾種”として生きていくことを誓います! 』
その言葉を聞いた男は、無言で彼女の頭にポンと手を置き、心底満足したように背筋を伸ばして立ち上がった。そしてカメラに近づき、視聴者に向けて握り拳を突きつけ、締めくくりの言葉を放った。
『“有尾種”の諸君! わかったかね? 君達を救うコトが出来るには、我々“無尾種協会”だけだ! さぁ、今こそ勇気を持ち、尻尾を捨てよう! 安全な橋を共に渡ろう! そして新たな多数派となるのだ! 醜いモンスターと化し、隣人をなぶり殺すその前に! 』
その力強いコメントを放った次の瞬間、顔を覆い隠していたフードがめくれ、その相貌が露わとなった。それを見た瞬間、リオンとミリオンは真冬の湖に飛び込んだかのような寒気に全身が襲われた。
「嘘だろ……!? 」
「まさか……こんなことって……」
『入会希望者は、無尾種協会会長である、この僕……折井星音まで連絡をくれ! いつ何時も君達の声を待っている! 』
ローブの下に隠されていた顔は間違いなく……自分達と同じ顔……折井星音の顔……追い求めていたオリオンの顔だった。
つづく
(お題)
1「口」
2「テレビ」
3「橋」
執筆時間【2時間】
ちょっと間が空きました(;´∀`)




