No.04「統括の者」
燃えるダチョウ型棲処の急襲から救ってくれた、三人目のオリオンはオレに色々なコトを教えてくれた。
「私の平行世界の地球は、他のオリオン達の地球と違ってずっと地表の面積が少ないらしくてね。つまりは水の中で生活を送ることが多いんだ」
そう言って彼女(?)は右手を俺に差し出してくれた。俺やミリオンの物とは違って指と指の間に水掻きついていて、水中生活に特化している肉体であることが分かる。それはどことなく河童を彷彿させた。
「それで、さっきダチョウ型棲処を始末したのは、単純に私が思いっきり息を吹き出して消したからだ」
「いっ……息で? 」
「そう。息でね」
彼女はそう言って上方に向けて「ふうっ」と口から空気を噴き出した。
「星音、人間は呼吸をして酸素を吸い込むだろ? そんで吐き出す時に出てくるモノを考えてみ? 」
俺の肩の上に腰かけたミリオンが、小さな口で俺の耳元に囁いた。
「呼吸では酸素を体内に取り入れて……代わりに吐き出すのは二酸化炭素……」
「火が燃えるには酸素が必要だ。つまりはあのメラメラダチョウ棲処は室内に急激に増えた二酸化炭素によって“窒息”しちまったってコトだ。俺がさっきお前に息を止めろ! って言ったろ? あの時普通に息してたら俺達二酸化炭素中毒で失神してたんだぞ? 」
「窒息って……理屈は分かるけどいくら何でも……」
消火器の中には二酸化炭素を使って炎を消すタイプの物があることは知っていた。しかしそれはタンクの中に圧縮された二酸化炭素を勢いよく噴出することで成し遂げられる化学反応。ロウソクの灯ならともかく、キャンプファイヤーのような炎の塊を人間の息吹で消火するだなんて信じようにも無理な話だ。
まだまだ納得できない俺の反応を見て面白がったのか、彼女は俺に向けてニコリと笑みを浮かべて説明をしてくれた。
「私達は水中にいることが多いから、肺活量がキミ達よりも桁違いのレベルに発達してるらしい。だからさっきみたいなことは私の世界では誰でもできる。当たり前のコト」
彼女はそう言って得意げに胸を張った。俺やミリオンと違ってどことなくクールな雰囲気を漂わせているが、性格の根底はやっぱり同じらしい。少しだけ見栄っ張りなところは俺とそっくりだ。
そんな彼女の一面が垣間見えたところで、俺はもう一つ大事なコトを質問する。
「あの……折井星音……さんでいいんだよね? 俺と同じオリオンってことで」
「ああ。でもややこしいから私のコトは……そうだな……“リオン”って呼んでいい。それと……キミのコトは星音と呼べばいいんだね? 」
「それでいいですよ。それで、リオン。聞いてもいいかな? 」
「どうぞ……っていうか、星音が聞きたいこと、何となく想像がつく。ちっちゃいオリオン……違った、“ミリオン”に会った時も“ソコ”を何度も確認されたから」
そう言ってリオンは、自分の身体を撫でるように上から下へと手を這わせた。水中生活に最適と思われる競泳水着のような素材のピッチリとしたボディスーツを着込んでいるので、身体のラインがハッキリと浮き出ている。俺とミリオンは思わず目のやり場に困って視線を同じ方向にそらした。
「私の世界の人間は、キミ達とは違って、その……雌雄……? の概念が無いんだ」
「つまり……雌雄同体……ってコト? つまり、“下にも付いてる”ってことなのか……」
ミリオンだけが俺の言葉に小さく頷き、リオンは少し顔を赤らめた。俺と全く同じ顔なのに、可愛いと思ってしまった自分自身に複雑な心持ちになってしまった。
リオンの世界の人間は、俺の世界で言う“女”の身体をベースに下半身には“男”のシンボルが生えているのが普通らしい。人類の進化の過程で何らかの原因によって海面が上昇。子孫を繁殖させることが難しくなったことでそれを少しでも効率化させる為に、雄と雌という概念が生まれる未来が無くなったのかもしれない。
「ま、それぞれ自己紹介も済んだことだし……」と、ミリオンがそう言って話の方向を変えて俺の肩の上から、子猫の肉球のような手で前方を指差した。
「そろそろ到着だぜ」
俺達は先ほどから家庭科室のオーブンを入り口に、延々と真っ直ぐ続く地下通路のような道を歩き続けていた。床と壁、天井にいたるまで真っ白で、例えるなら豆腐に四角い穴を開けてその中を歩いているような感覚だった。
そしてそれが10分ほど続いただろうか? ようやく出口と思われる場所まで辿り着いたらしい。
目の前にはキーホルダーの輪っかのような巨大なリングが、当たり前のように空中浮遊している。輪の中は湯葉を思わせる真っ白な膜が張られているようだ。
ミリオンは「お先に」と俺の肩から直接ジャンプしてリングをくぐって行く。白い膜に包まれてながら消えていく彼の姿に、少し恐怖心を抱いた。そしてミリオンの強靱なパワーで蹴られた左肩がジリジリと痛んだ……正直脱臼するかと思うほどで、それに文句をつける余裕すらなかった。
「大丈夫か? 星音」
「い……いや。大丈夫……」
リオンは痛む左肩を優しくさすってくれた。自分自身に心配されるというのは、なんだか貴重な体験だ。
「ミリオンには注意しとく。ほんとやべえコトになったらどうするつもりなんだよ、あの動くフィギュアは」
「はは……」リオンの世界にもフィギュアがあることを知り。異なるカルチャーでの共通点が見えたことがちょっと面白い。
「それじゃ、一緒に行こう。この先に“統括の者”が待ってる」
リオンは俺の右手を優しく握り、手を繋ぎながらリングの向こう側へとエスコートしてくれた。触れた皮膚の感触がヒタッとしていて少し驚いたけど、体温も一緒に伝わったので同じ人間だという安心感もあった。
そして俺自身真っ白な膜に包まれてリングをくぐる、服を着たまま風呂に入るような心地悪さの後に、視界が真っ白になって、やがて場の空気が変わったことを皮膚で感じ取った。
「ようこそ。新たなオリオンの一人……」
誰かの声が聞こえた。ぼんやりとした意識を振り払って視界を明確にすると、俺達はいつの間にかカナダのナイアガラの滝を思わせる瀑布に、360度囲まれたような場所に移動していたことが分かった。
足場には苔を思わせる緑の植物が覆っていて、どうやら空中に浮かぶ巨大な岩の上に俺達は立っているらしい。
滝に囲まれた浮遊島……テレビゲームや映画でしかありえないような世界観に、俺はしばし見とれてしまっていた。
「折井星音。君が来てくれてうれしいよ」
「あ……! 」
周囲に見とれた俺は、ようやくミリオンでもリオンでもない誰かが語りかけていることに遅れて気が付き、その声の主の方へと顔を向けた。
「君で三人目……残りは四人だ」
俺達の前に現れた者は、10歳程度の女児を思わせる体格と風貌で、髪は金髪、瞳の色は緑。真っ白なコートの下に、これまた真っ白なスキューバダイビングのウェットスーツのような物を着込んでいる。そのスーツの下半身部分はスパッツのような短い丈で生足を覗かせ、オマケに靴は夏祭りで浴衣と一緒に履くような可愛らしい鼻緒の下駄である。マニアックなフェチが密集したような出で立ちだった。
「ええっと……」と困惑する俺に対して臆することなく、彼女はポケットから真っ赤なボールのような物を取り出し、それをかじった。
グシュ……ムシュと咀嚼するその物体は間違いなくトマト。彼女はそれを一口飲み込んで「ふう……」と一息。よく見るとその歯には牙のような犬歯があることにも気が付いた。
女児にコートに白い水着に生足に下駄……そして牙まで……ここまで来るともはやキャラクターの闇鍋だ。昨今のラノベでもここまでメチャクチャなのはなかなか無い。
「トマトはね……キミ達三人の世界に共通して存在する野菜なんだ……どんな環境でも育ち、たくましい植物……ボクもこのさわやかな酸味はとても愛好しているよ」
“ボクっ娘”まで追加か……と、半ばあきれ果てて「はぁ……」とため息を漏らした直後、彼女はちまちまと小さな足を動かしてこちらに向かってきた。
「ふふっ……驚いたかね。“力のオリオン”も“水のオリオン”もそうだった。まあ誰でも驚くだろう。ボクのこの姿はキミ達の……うわっ!? ……」
言葉を言い切る前に、彼女は足をもつらせたのか、急に足下に何も無いにも関わらず盛大にコケて地面に顔を打ち付けてしまった。
「大丈夫ですか! 」「おいおい!? 」
リオンとミリオンが急いで駆けつけて彼女を助け起こすと、転んだ衝撃で潰れたトマトを顔面に塗りたくった真っ赤な顔で……
「ビエエエエエエエエン!! 」と見た目通りの子供っぽい泣き声を高らかに上げてしまった。
「ええぇ……」ドジっ子まで追加かよ……と少々引き気味の俺に、ミリオンは少し困惑した顔をこちらにむけてこう言ったのだった。
「星音……この子がその……“統括の者”……なんだよな」
つづく
(お題)
1「キーホルダー」
2「トマト」
3「牙」
執筆時間【1時間43分】
リオンちゃんと統括の者ちゃんを書くのが楽しくて時間オーバーしてしまった(言い訳)




