No.03「水のオリオン」
炎を纏ったダチョウ型棲処は、俺達の方をジっと見据えながら、徐々に徐々に近づいてきている。
その身体から発せられる熱気は家庭科室内の酸素を全て燃やしつくさんばかりの勢いで、気が付けば前髪がチリチリと焦げ始めていた。
「星音……お前がさっさとオーブンに入らねぇから……」
「スマン……まさか本気だとは思わなかった……というよりも、現実だとは思わなかった」
「“統括の者”に会いに行くための“入り口”は毎回ランダムに、世界のどこかに配置されるんだ。今回がたまたまオーブンの中だったってのが運の尽きか」
「今からじゃダメなのか? そのオーブンの中……」
「棲処が近くにいる場合、“入り口”は自動的に封鎖されて……こちら側からは出入りできねえんだよ」
ミリオンの言葉には一切の遊び気がなかった。この状況はほんとヤバいのだろう……下水道の時のような余裕は今は急須の底のお茶カス程度もなさそうだ……
「フグシュクゥルアアアッ!! 」
棲処は奇妙な鳴き声を上げつつ、全身から炎を纏ったダーツのような物をまき散らしてきた。おそらくそれは熱気を帯びた羽根だ。暗かった家庭科室にオレンジの光が灯される。
「あぶねえっ! 」
俺はとっさに伏せて家庭科室の机(調理実験台)の陰に身を潜め、炎の羽根の直撃をどうにか回避。隣にいるミリオンもガスコンロに置かれたままだったフライパンを手に取り、盾代わりにして攻撃を防いでいた。
「あちッ! アッチィィィィ! 」
小さな彼にとっては、壁のようなスケールにもなるフライパンの盾だったが、炎を防いだことにより鍋の表面がマグマのように熱せられていた。当然そんなフライパンを素手で掴めるワケもなく、慌ててそれを棲処に向けて放り投げる。
矢のような速度で棲処に向かって投げられたフライパンだったが、それは敵のダチョウ型ボディをすり抜けて、その先にあるホワイトボードに突き刺さってしまった。
ゴォォォォン!と派手に響き渡った轟音は、おそらくこの学校中に広まったことだろう。今が冬休み中の夜中だという状況に助かった。もしも平日の下校時間だとかに今のやり取りがあったとしたら、不思議に思った生徒が何人もこの場に集まっていただろう。
「おい星音! 」
「え……なに? 」
「なに? じゃねえよ! お前ならコイツをなんとかできるんじゃねえのか? 」
「え? 」
要領を得ない俺に対して若干のイラつきを見せながら、ミリオンは続けた。
「俺の世界はお前らの世界よりも重力が強く、そのおかげで“力”が強くなった! でもそれは俺の世界にとっては当たり前のコトで、だから“この世界”のお前にも当たり前だと思われてるコトが、俺らにとっては超パワーだったりするかもしれないんだよ! 」
“俺ら”“お前ら”と言うミリオンの口振りから、どうやら彼が宇宙を救う為に探している折井星音は、俺以外にも複数いるのだろう。
ミリオンが平行世界を渡り歩いて折井星音を集めている理由は、それぞれの世界では“当たり前”だと思われている能力を一カ所に集め、宇宙を脅かす“何らかの敵”と対峙させる。おそらくはそんなところなのかもしれない。
しかし困った……他の平行世界を知る由もない俺が、自分が当たり前だと思っている超絶的な力を見つけだすなんて……
それにたとえソレが分かったとしても、長い足で室内を走り回る棲処の炎を生身で消せるような技術は思い当たらない。
「ジュジィィィィィィッ! 」
何も行動することなくオタついている俺らに、容赦なく炎の羽根を振りまく棲処。家庭科室内のカーテンや壁にも炎が燃え移り、もはやこのままでは、自分たちはおろか、この湖東台中等学校までも真っ黒焦げの炭火焼きにされてしまう。
「おい星音! 何かあるだろ? “おまじない”かなんかでアイツを倒せるとかねーのかよ!? 」
「そんな無茶な! 」
もはや焦熱地獄と化した室内から脱出することすら難しい状況。俺達はとうとう為す術なく床に座り込んでしまう。
「フグゴッギォォ……」
棲処はもう鬼ごっこは終わりだとばかりに俺達を壁の住みへと追い込んでいく……
「星音……こりゃやべえぞ……」
このまま俺達は深炒りのコーヒー豆みたく真っ黒になってしまうのか? くそう……! こんなことになるのならミリオンを振り切ってでも、みまさか花音ちゃんのイベントに向かいたかった!
絶望の縁に立たされた俺の脳内に、花音ちゃんのスタイル抜群な全身像が映し出された。
あのミニスカートから覗く、白くて長い脚は声優としてはあまりにも美しすぎる……何度も俺はその脚線美に見とれたものだ。
そう……ちょうど今、燃えさかる炎の向こう側で……オーブンのドアからヌラっと延びる美脚と同じで……
「オーブン!? 」
裏返った声で俺がそう叫ぶと、ミリオンも同じく「やっと来やがったか! 」と小さな身体からは想像もできない大声を発した。どうやら彼にも見えているようだ。
オーブンから伸びた脚から徐々に、腰、胴、胸、首との全貌が露わになり、とうとうその全身が姿を現した。その時俺は本日二度目の衝撃を受けた。
「やれやれ……ほんとやべえ状況だな」
けだるそうにそう呟いたオーブン人間は、俺と全く同じ顔つきでありながら、その声は弦楽器のように甲高く、そして何より……胸部に豊かな膨らみがあった……
つまりそれが意味することは……!
「シュブラクシュアアアアッ! 」
炎の棲処は突如現れた来訪者に只ならぬ危機感を覚えたのか、攻撃の標的を俺達からオーブンの人間へとシフトチェンジ。再び炎の羽根を機関銃のように発射させた。
「危ない! 」と俺が叫ぶも、隣にいるミリオンは慌てた様子で俺が着ているシャツの袖を引っ張り……
「やべえぞ星音! 今すぐ大きく息を吸ってそのまま息を止めて伏せろ! 」と鬼気迫る表情でそんなことを言った。
その言葉の真意は分からなかったが、先ほど彼の言葉を信じなかったことでこんな目に遭ってしまったことを反省していた俺は、とにかくミリオンの言うとおりに、大きく吸ってそのまま両手で口と鼻を塞いだ。
「よく見ててくれ、これが“水のオリオン”の力だ 」
“水のオリオン”確かにあの人はそう叫んだ。そして次の瞬間……
「フィィィィィィィィィィィィ……」と管楽器の音色かと思うほどに大きく美しい音が聞こえたかと思えば……
「フォォォォォォォォォォォォォォォォッ!! 」と凄まじい音と空気圧が全身を圧迫し、家庭科室内に置かれたパイプイスや調理器具の数々が激しく中を舞った!
続けてパリン! パリン! と窓ガラスが割れた音と共に、徐々に辺りは静けさに包まれた。
「星音……もういいぞ」
ミリオンの言葉で、俺は両手を離して空気を体内に取り込んだが、心なしかいつもと吸い込んだ感触がいつもと違うように思えた。そして恐る恐る身体を起こして家庭科室内をゆっくり見渡す……
あれほどメラメラと燃えさかっていた炎は全て消化され、棲処の姿も見えない。
代わりに室内は竜巻が通り過ぎたのかと勘違いするほどに物が散乱し、窓ガラスから差し込む月明かりに照らされた、一人の……女? がスラリと立ち尽くし、俺達の顔をジッと見つめていた。
そして「ふぅ……」とため息を一つこぼし、彼女はこう言った。
「私の名前は“折井星音”……君と同じく、オリオンの一人だよ」
つづく
(お題)
1「下校」
2「まじない」
3「弦楽器」
執筆時間【1時間50分】
毎回お題に翻弄される(´ω`)




