No.02「星音(しおん)とミリオン」
棲処と呼ばれていた怪物をパンチ一発で倒した“小さい自分”の案内により、俺は下水道を脱出して地上へと帰還した。
日は完全に落ちてしまっていて、街が煌びやかな光によって彩られている。時刻は午後7時半。花音ちゃんのイベントはすでに始まってしまっていた……
「ハァ……」
「何そんなにため息ついてんだ? オマケに口座の残高が二桁しか残ってないような顔しやがって」
「いや、なんでも……まぁ貯金は実際その通りだけど」
「お……おう、まさかホントにそんなに貯金が無いとはな……なんかスマン」
「別にいいって……」
「それならいいけどよ。ま、ここはお互いに言いたいコトはハッキリ言わなきゃダメだぞ。これから俺達はちょっとばかしヤバイ事態に向き合わなきゃならんからな 」
小さい自分は俺の胸ポケットに身を潜めながら、俺と全く同じ声でまくしたてる。彼の上半身だけがポケットから身を乗り出していたが、大勢の人々が行き交う中だったので彼の小さな身体に気を止める人間なんていない。多分アクションフィギュアの類としか見られていなかっただろう。ま、それはそれで痛い人間だと周囲には思われていたかもしれないけど。
「……ねえ、それじゃ質問いい? 」
「ああ、なんでもこいよ! 」
花音ちゃんは諦めるとして、俺はとにかく自分の身に降りかかった奇妙な事態の疑問を晴らしたかった。
「それじゃ質問その1。平行世界の君は、一体何のために俺に会いに来たってワケ? 」
「まずそこからか……まぁそれに答えるのはいいとして、それより先に決めておきたいコトがあるな」
「なに? 」
「お互いの呼び名だよ! 二人とも同じ名前じゃ色々と面倒だろ? 」
それも確かにそうだ。このままずっと「小さい自分」と呼ぶのも面倒だし、“自分”が“相手”のコトなのか“自分自身”なのかも判断がつきにくいし、会話が混乱してしまいかねない。
「分かった。それじゃそっちで決めてくれよ」
「いいのか? それじゃあ決めちゃうぜ! 」
こうして彼の独断により、俺のことは本名の“星音”と呼ぶことに決まり、小さい方は“ミリオン”と呼ぶことになった。
ミリオンの“ミリ”はもちろん長さの単位のmmからきていて、なおかつ英語で100万を意味するmillionも兼ねているので、まさに小さくて力持ちの彼にぴったりの呼び名だ。ミリの代わりに"ミニ"を使う案もあったが、同じ名前のCGアニメキャラクターがいる。ということで却下された。
「それじゃあ改めてミリオン。きみは何をしにこっちの世界へ? 」
「ま、簡単に言えば宇宙を救う為だ」
「え……宇宙!? 」
「悪いな星音……それについちゃ、それ以上のコトを話せないんだ。しかるべき頃合いが来たら全て話そう」
スケールがあまりにも大きすぎて、ジョークを言っているのかと思い、ついついうすら笑いをしてしまう、驚いていいのか笑っていいのかちょっと分からない。
「……それじゃあ質問その2。俺達は一体どこに向かっているんですか? 」
俺達は下水道から這い出た直後から、ミリオンの指示通りに動き続けて街をさまよい続けている。それも同じところを行ったり来たりしていて、どこか目的地に向かって歩いているようには思えなかった。
「それには答えよう。俺達は今、中学校に向かっている……“湖東台中等学校”だ、わかるよな? 」
「あ……ああ。知ってるよ」
知ってるもなにも、その湖東台中等学校はかつて俺が学び舎として過ごしていた母校だ。一体なぜそんなところへ向かっているのだろう?
「俺達は今から“統括の者”に会いに行く。その為にはその中学校まで行かなきゃならん」
「“統括の者”……って? さっき下水道でも呼んでたけど……」
「それも今は言えん。とにかく俺の指示通りに進んでくれ」
「あ……ああ、分かったよ」
結局何もわからずじまいじゃないか。ひょっとしたらコイツは俺の姿を借りて騙し、何か悪巧みでも考えているんじゃないか? という疑心が芽生えてしまった。
「俺、君と一緒にその……“統括の者”ってのにどうしても会わなきゃいけないワケ? 正直なところ、面倒なコトに関わり合いになるのは嫌なんでけど……」
詳しい話が分からない以上、俺が怪しげな自分モドキ人形と付き合う理由はない。そもそもさっきの棲処とかいう化け物といい、俺は今珍妙な夢を見ている可能性も高い。
いくら冴えない21歳フリーター、資格無し、コネ無し、彼女無しの俺とはいえ、ここまで現実離れした夢を見てファンタジックな欲求を満たしているとなると寂しすぎる。せめてこんなアクションフィギュアじゃなく、花音ちゃんみたいな可愛い子と一緒であればまだ救いがあるというモノだ。
「そう言うな星音、少なくとも今俺と行動しないままでいると、お前は死ぬぞ」
「し…死? 」
死ぬ? どうして死ぬ? さっきの棲処 とかいう輩が原因だろうか? そうだとしても、なぜ俺だけが狙われているのだろう。
「よし、到着! 」結局肝心なコトは分からないまま、目的地の湖東台中等学校までたどり着いた。今はもう冬休みに入っているらしく、職員室すら灯りはなくて真っ暗だ。
「フンッ! 」と、どっしり構えた学校の鉄門を、力付くでこじ開けて校内に進入するミリオン。さすがは元々重力が10倍の世界からやってきただけはある。
「凄いパワーだな……」
「なあに……こんなコトができるのも、重力の軽いこの世界だからコソだ。元にいた世界じゃ平均的な運動能力なんだぞ、俺は」
「へぇ~……」
つまりミリオンはいわゆる“異世界に飛ばされてチート的能力を授かり、俺TUEEEE! ”な状態なのだろう。根暗な性格な俺と全く同じ顔つきをしているのにも関わらず、ミリオンはどこかしら自信たっぷりな態度なのはそのせいなのだろう。
ミリオンの案内で、俺達は校内に進入。もうここまできたらヤケクソだ。これは自分の夢の中だと決め込み、彼の行動に付き合うことにしよう。しかし堂々と住居不法侵入を犯しているけど大丈夫なのだろうか? と不安に揺れる俺のコトなど目にもくれず、彼は小さな身体で廊下を小走りして何かを探し続けた。
「お! あったぞ! ここだ! 」
ミリオンが立ち止まったその場所は“家庭科室”入り口前。一体ここに来て何をしようというのか?
「セリャッ! 」と再び力づくで引き戸をこじ開け、家庭科室へと進入する。シンクやガスレンジと一体化した、独特の机がズラリと並ぶ光景に、俺は思わず懐かしさで心臓をキュッと紐で縛られたかのような気分になってしまった。
「よし! 星音。それじゃちょっくら“次元旅行”といこうぜ! “今回のゲート”はココらしいからな」
ミリオンはそう言って机の側面に取り付けられた“オーブン”のドアを開いて高らかな笑顔を向けた。
「え? ちょっと待って……そのオーブンがどうしたっての? 」
「わからねえかなぁ……ま、例えるなら猫型ロボットのタイムマシンと同じだってこと! 」
「つまりそのオーブンの中に入るってこと? 」
「ご名答」
確定だ。やっぱり俺は夢を見ているのだろう。あまりにもバカバカしすぎる。きっと電車の中で痴漢に殴られて気絶して……それで長い長い夢を見ているんだ……冷静に考えれば、こうも当たり前のように小人が俺に語りかけ続けてるってのもおかしすぎる。
「おいおい! 何やってんだ? 」
俺は両目を強く閉じて頭の中で「早く目覚めろ! 早く目覚めろ! 」と念仏のように唱え続けた。これは自分が悪夢を見ている時に「今俺は夢の中にいる」と気が付いた時にいつもやっている方法だ。
「おい星音! 何やってるんだ! 」
聞こえない……聞こえない……早く目覚めて花音ちゃんに会いに行くんだよ!
「星音!? さっさとしないと……“アイツ”が来ちまうんだぞ! 」
アイツ……アイツ? そんなの知らない……俺は今は夢の中……
「おい星音! 星音! 」
何度も俺に呼びかけるミリオン。このままその声が遠くに感じて意識は現実に戻るハズだ……さあ起きろ……さっさと起きろ! もうそろそろ布団をはねのけて目覚めていいだろ?
ガララララッ!!
しかし俺の明晰夢からの脱出の儀式は突如妨げられた。それは、誰かがこの家庭科室の引き戸を勢いよく開いた音だった。
俺は「あれ? 」と間抜けな声を発しながら瞼を開き、その音の方向へと視線を向けた。電灯は付けていなかったので、わずかに窓に差し込む街灯りだけが光源となり、大きなシルエットを作り出した。
「ホントやべえ……」
ミリオンは絶望感を孕みながらそう言うと、俺にスマホの光をそのシルエットに向けるようにアイコンタクトで指示した。
「お前ら……お前ら……こんな……こんな……時間……時……じ……」
その光によって露わになったその姿は、警察官を思わせる制服と帽子に身を包んだ中年男性……おそらくこの学校の警備員だ。
「ご! ごめんなさい! その、俺……この学校の卒業生でして……つい懐かしくなって……その……」
俺がしどろもどろになって言い訳をするも、警備員は一切の返事をせず、口をパクパクさせながらゆっくりと近づいてくる……視線の焦点も定まっていない……もしかしてこれは下水道で会った、あの時の……!?
「話しかけても無駄だ星音……! アイツは棲処だ! 」
次の瞬間! 下水道での痴漢男の時と同様、警備員は肉体をめくりあげて異形の姿へと変身する!
「ウボシュウウウウッ! 」
「うッ! 」「熱ッ!! 」
警備員は全身が炎に包まれたダチョウのような姿へ変貌した……キャンプファイヤーを目の間にしているかと思うほどの灼熱が発せられ、鼻の穴すら開いていることが困難だ。
「ミリオン! さっきみたいにブッ飛ばしてよ! 」
俺が必死の形相で彼に頼み込むと、ミリオンは文字通りゴクリと唾を飲み込み……
「ホントやべえぞ……あのタイプの棲処は……全身がガス状の気体だ……つまり……わかるだろ? 」
万年インドア生活のゲーム脳である俺には、その言葉だけで十分だ。古井戸に落っこちたような絶望感で脇汗が大量に沸き上がってしまった。
「つまり……物理攻撃では倒せない……」
「そういうこと」
つづく
(お題)
1「家庭室」
2「机」
3「布団」
執筆時間【1時間30分】
しっかり続けられるかが不安になってきた(;´∀`)




