No.11「マリオン」
“かっちゃん”こと統括の者の能力によって、棲処化したオーリイの妹“マリナ”は時間が凍り付いたように動きを止め、固まっている。
統括の者が作り上げた、浮かぶ孤島のオブジェとして悠久の時を刻んでいる彼女を、オーリイはうやうやしい目つきで見つめ続けている。
「そろそろさ……教えてくれてもいいんじゃないか? 」
俺がそう言葉を掛けると、背を向けていたかっちゃんは白コートの裾をマントのように翻し、俺達に視線を向けた。緑の瞳が以前にもまして輝いているように見える。
「いずれ話そうとは思っていたけど、まさかこんなにも早くその時が訪れるとはね」
かっちゃんはそう言って右手の小指を鼻の穴に突っ込んだ。すると空中に四角い光の幕が生じて、プロジェクターのように映像が流され始める。その不思議な力の発動プロセスはこの際追求しないことにした。
「まずはこの男の説明からしなけりゃなるまい」
光の四角形に一人の男の顔が映し出される。その容貌は、目、鼻、口、髪質、毛穴の黒ずみまで自分とそっくりではあったが、その得意げな表情から発散される“空気”は明らかに“俺達”とは違っていた。俺以外のオリオン……つまりはミリオン・リオン・オーリイ以外の三人は、その男をすでに知っている。
「この男……無尾種協会の……」
リオンが漏らした言葉に、かっちゃんは静かに頷き肯定した。
「そう。この男こそが、君達にとっての5人目のオリオン。共に巨大ブラックホールを止める同志さ」
俺達の想像どおり、やはりオーリイの世界で妙な活動をしている折井星音は、七人のオリオンの内一人だったようだ。しかし早速気になる疑問が湧いて出てくる。
「今“君達にとっての”って言ったよね? それはどういうこと? 」
かっちゃんはどこか遠くを見つめつつ、質問に答える・
「あの折井星音……いや、ややこしいから彼のことは“マリオン”と呼ぼうか……彼、マリオンはね。実はボクが一番初めに協力を願ったオリオンなんだよ」
「そうだったのか……」
マリオンこそが1stオリオン……その真実を告げられて反応したのはミリオンだった。それから察するに、一番初めにかっちゃんと手を組んだ折井星音こそが彼だった。ということ。その辺りの話はまだ俺は聞いていなかった・
「でも何でマリオンには断られちまったんだ? それに……なんでオーリイの世界であんなコトを? 」
ミリオンはチラリと横に視線を向ける。そこには棲処に変わり果てた妹の安否を気遣うオーリイの横顔があった。
「まず順に説明しようか」
かっちゃんは空中に作り上げた光のビジョンに別の映像を映し出す。そこには無数の石造りの柱によって区分けされた、古代の建造物が投影されている。
「これはアレクサンドリア図書館。紀元前300年頃にエジプトに建てられた大図書館さ」
「確かそれは、世界中のありとあらゆる文学、数学、医学に関する学術書が集められた図書館だったけど、侵略や火災によって喪失してしまったんだよね? もしもアレクサンドリア図書館が残っていたならば、14世紀にはロケットを打ち上げられていただろう。って話を聞いたことがある」
博識なリオンの説明に笑顔を作るかっちゃんは「その通り」と答えて話を続けた。
「このアレクサンドリア図書館。リオンちゃんが言う通り、その後の文明に多大な影響を及ぼすほどの叡智が保管されていた貴重な施設だったんだ。そしてその資料の中には、数学や医学に関する物だけでなく……“魔術”に関する書物も数多く存在していた」
「魔術? なんとかポッターとかみたいな? 」
「そうだ。そしてマリオンは、アレクサンドリア図書館が焼失しなかったルートを辿った平行世界の人間なんだ」
「つまりその……魔術というものが存在している世界……!? 」
かっちゃんは無言で頷き、話を続ける。
「ボクは、肥大し続けるブラックホールを止める為には、異なる平行世界に共通して存在している“同じ人物”を七人集めなければならないことを、宇宙の意思から受け取った。幾重にも存在している平行世界を調べ付くし、それに該当しているのはただ一人……折井星音だけだと分かったボクは、まず一番初めにマリオンに声をかけたのさ。彼は初めこそ半信半疑だったものの、すぐにボクの力と宇宙を飲み込むブラックホールの存在を受け入れて、快く協力をしてくれたよ。しかし……」
かっちゃんは次に続く言葉を発することを躊躇っているようだった。数秒の間を空けた後、俺達に背を向けてようやく重い口を開いて説明を再開した。
「マリオンは狡猾で野心家だった……彼はボクの統括術をいくつか盗み、自分の物にして逃走してしまった。その内の2つが、人間を“棲処化”させてしまう術と、平行世界間を自由に行き来することができる術だ」
「おいおいおいおい! 」
かっちゃんのその告白に、ミリオンが喧嘩腰の口調で詰め寄った。
「それじゃあ……俺達にさんざん襲いかかってきた棲処の元凶は……俺達と同じ、折井星音だった。ってことなのか!? 」
「その通りだ……マリオンは自分の野望さえ叶えることが出きれば、他のことなど関係無いらしい。その邪魔になるのなら、君達の命だって容赦なく奪い取るだろう。だから彼は、平行世界の各地に棲処の種を植え付けたのだ」
まさかの真実に声が出ない。つまりは俺達折井星音をさんざん苦しめた敵こそが、同じ折井星音だったということ。そしてそんな男と協力しなければ、ブラックホールを消し去ることができないというジレンマに感情のやり場が見つからない。
「なるほどな」
ここまでずっと沈黙を貫いていたオーリイが、有尾種特有の小声を漏らし、かっちゃんと対峙した。彼の表情からはその心境は読みとるコトはできなかったが、何度も地面を尻尾で叩きつける仕草を見るに、穏やかな心持ちでないことは確かだ。
「かっちゃん……とか言ったな? つまり、今の話が本当であるなら……俺の妹がこんな姿になったのも、俺の世界に妙なカルト協会が出来ちまったのも……全部! 」
次の瞬間、オーリイは突然尻尾をタコの触手のように操ってかっちゃんの首に巻き付けてしまう! 予備動作も全くなく、突然の行動だった為に誰も反応できなかった。
「お前がいけない! お前がヘマをしたせいでこんな事態になっちまったんじゃないか! 俺もマリナも、お前のせいで苦しんでいる! ブラックホールなんて知ったことか! 今はとにかく、俺達の平穏な生活を返してもらおうか! 」
「う……うう……」
「かっちゃん! 」
宇宙の思念体であるかっちゃんは実際はそうではないとはいえ、見た目は10代に届くかどうか分からない幼女なのだ。そんな彼女が首を絞められているとなっては黙って見過ごすワケにはいかない!
「離せオーリイ! 」
パチンコで弾かれたように飛び出したミリオンとリオン。彼らが力づくにでもオーリイの暴挙を止めようとしたが……
「よすんだ二人とも……! 」
首締めに苦しみながらも、かっちゃんはリオンとミリオンの加勢に手のひらを向けて拒む。装いは壊れたびっくり箱みたいな彼女だが、その目は真剣だ。
「オーリイの言うとおり、マリオンが暴走してしまった原因はボクにある……この苦しみは当然の代償として受け取ろう……」
抵抗もせず、ただただ苦しみに耐えるかっちゃんの心持ちが伝わったのか、オーリイは尻尾による拘束を解いて彼女を解放した。
「ゴホッ! コホッ! ……」
「大丈夫か? かっちゃん! 」
リオンに抱き寄せられながら、涙目となってせき込むかっちゃんの姿は、とても人智を越えた超常的な存在には思えなかった。そこにいるのは、暴力によって苦しめられた一人の少女だ。怒りに我を忘れたオーリイも、そんな彼女の姿にようやく冷静さを取り戻したようだ。
「……おい、“統括の者”……」
オーリイはひざまずいてかっちゃんと視線を合わせ、鋭い眼光をまっすぐと向けた。
「方法があるんだな? 俺と、俺の妹を救ってくれるんだな? 」
澱みの無いオーリイの言葉に、かっちゃんは少しだけ口角を釣り上げて答える。
「ああ……救える。ただし、それには残る二人のオリオンの力が必要だ」
質実な口調でそう言いつつ、かっちゃんは小指を鼻の穴に突っ込む。ホント、どうにかならないかな? それ……
空中に浮かんだビジョンに映されたのは、古城を思わせる外観の建造物……いや、これは俺にも見覚えがある……しかし自分の記憶とは若干異なる……これはもしかして……
「サグラダファミリア!? 」
「その通りだ星音くん。次なるオリオンは、平行世界間で唯一“サグラダファミリア”がスデに完成している世界にいるんだ」
つづく
(お題)
1「時間」
2「城」
3「目つき」
執筆時間【2時間】
新年一発目。今年もよろしくお願いします。




