第一章 第九話 勇者の矛と盾
何とか辺境伯を捕まえる事には成功したが、団長を探している二人は大丈夫だろうか。
いや、今はこの四人をここから無事に連れ出す事に集中しよう。
入って来た扉のドアノブを握った瞬間。
ドアノブを握る手をガルディアンが抑える。
「待たれよ主、この先に大勢の気配を感じますぞ」
カゲアキはガルディアンの方は見ると扉の方をジッと見つめている。
「このタイミングでかよ…包囲されているなら何処から出ても同じだよね」
「恐らく……」
「なら出るしかないか、取り敢えず出た瞬間に攻撃することも無いだろう……多分」
覚悟を決めてドアノブを回す。
「待っていたぞ、今代の勇者カゲアキよ」
カゲアキ達の目の前には先程クズ貴族から聞いたばかりの魔法使いの特徴に合致する男がいるが顔は見ることは出来ない。
某有名宇宙戦争の映画で何とかの騎士が着ていたようなフード付きのローブを被っていた為だ。
魔法使いの後ろにはナターシャがいるが此方へ顔を向けようとはしない。
魔法使いの周りは館に侵入する前に始末したような親衛隊とは名ばかりの見るからにならず者と判る格好の十数人が武器を手に此方を向いている。
更に問題なのはゴーレムだ。
外見は大小不揃いの岩や石が集まり歪な人の形をしている。
脚部はその巨体を支える為か短く太い岩で構成され、腕部は太く長く地面に拳つけ、まるでゴリラのような体勢で胴長短足といった正直バランスが悪そう印象だ。顔は彫りの深い顔をしているが目の様なものは見当たらず、口の辺りは腹話術の人形みたいに下顎部分が上下しそうな形をしている。
___鑑定
名前:ロックゴーレム
解説
岩で創られたゴーレム。
胸に埋め込まれた核を破壊しない限り何度でも再生する。
えっこれだけ?大雑把すぎない。
今は微動だにせず命令を待っているようだ。
状況は非常に悪い、此方は四人を守りながら戦わなければならない。
直ぐに仕掛けて来ないのは此方に辺境伯がいるからか。
取り敢えず魔法使いを鑑定してみるか……。
名前:マロエル・オーディオ
クラス:魔法使い
レベル:62
体力:1080
魔力:2680
筋力:120
速力:180
魔法力:2578
取得スキル
火魔法 土魔法 闇魔法 精神魔法 空間魔法 全属性半減 物理攻撃半減
全体的に値が高い。
特に魔法力と魔力が高い。
マロエルは此方に近付き腕を組むと左右に移動して観察する。
「随分と今代の勇者は惰弱なようだな…」
「残念ながらこの世界に来て二日目だからな、まさかこんなに早くレベル62の魔法使いと戦うとは思っていなかった」
「成る程…ナターシャからの報告通り鑑定持ちのようだな」
「それ程の人間がこの様な小物に与するとは解せぬものだな」
ガルディアンはマロエルに話を振って時間を稼いでいるのだろうが、良い作戦が浮かばない。
「それを言うならお前のように屈強なミノタウロスがこんな惰弱な小僧に使われていて良いのか?」
「………」
ガルディアンが無言でマロエルの話を聞く。
「私ならばお前の能力を充分に活かせる舞台を用意してやろう、私の元へ来い」
「……」
ガルディアンは返答も反論せず、無言のままだ。
いやこの状況ならガルディアンはあちら側に付いた方が良いのか……。
「何か勘違いしている用だな人間よ、我は己が認めた者のみを主君とするのみ!我が忠誠は主君がその命尽きるまで変わることは無い!我の名はガルディアン、主君である勇者カゲアキの行く路を盾となり、矛となり切り開かん!」
口上を述べ、最後にガルディアンはハルバートの石突きをガンッと地面を叩き小さな衝撃が周りへ拡がると親衛隊の奴等もビクリと震える。
思わず俺もその台詞に背筋がゾクゾクとして鳥肌が立つ。
マロエルがガルディアンを勧誘していたが、状況を見守っていたクズ貴族が痺れを切らして口を開く。
「おぉい!何をしておる!マロエル、早く儂を助けぬかー!」
「やれやれ…もう少し静かにしていられないものか……」
「「「………」」」
親衛隊やマロエルはまるで価値や興味が無いような視線を向けて……。
「ンフフフ!お前達は終わりだ!さあマロエルまずはこの小僧からやっ___」
次の瞬間クズ貴族の腹へ飛んで来た何かが突き抜け後ろの壁へめり込む。
「貴様、裏切り__を__」
壁にめり込んでいたのは血が付いた小さな石。
「何を勘違いしているのです?確かにお助けしましたよ、もう何も心配はありません、何せこの世から解放されたのですから……」
「ば……か……な……」
クズ貴族は呆気なく崩れ落ち動かなくなる。
「全く、これでまた新しい雇い主を探さないといけない」
「どうやら只の傀儡でしかなかったのか」
「今回の雇い主は中々都合の良かったのだか……まさかこのナターシャの嘘を鵜呑みにしてここに攻め込んでくるとは……ククッ、お前も実に愚かで馬鹿な道化だ」
「そいつはどうも、そっちも道具としか人を見ないからナターシャは嘘でもあんなに悲しい顔をしたのか」
「……」
ナターシャは一瞬此方を見たが、また目を逸らす。
マロエルは振り返りナターシャを見るが直ぐに視線を俺に戻す。
「どうやら口だけは少し立つようだな…だがこの状況は変わらんぞ」
「ガルディアン…耳を」
「………」
「アイツは火、土、闇、精神、空間、全属性、物理攻撃半減のスキルがある、周りの取り巻きは出来るだけ近くで倒してくれ後は俺がマロエルを何とか周りの液体で戦う」
「しかしその技は恐らくあのダークエルフが__」
「いやそこも考えがある」
「分かりました主よ、御随意に」
「貴女方は俺達の後ろを離れないように」
「「「「はいっ」」」」
マロエルはまるで此方の作戦会議が終わるまで待っていたように片手を上げると親衛隊の男達が武器を構える。
「まさか待ってくれるとは随分余裕なんだな」
「余裕?勘違いするな、これは只の処刑だ…お前達女諸共片付けろ、報酬は大金で支払おう!」
「うおおおぉぉぉ!!」「ヒャッハー!」「ぶっ殺せッ!」
何とも襲い掛かるのに「ヒャッハー!」なんて言うと雑魚感が更に増すばかりでまるで世紀末の奴等みたいだ。
俺は後ろの彼女達を背に向かって来る男達に白銀の剣を構える。
しかし俺の前にハルバートを構えると軽々と扱うガルディアンが立つ。
「ガルディアン!俺も少しは__」
「主よ、少しばかりお下がりください直ぐに済みます故」
そうこうしている間にガルディアンの目前の敵が剣、槍、メイス等で攻撃を仕掛けてくる。
「相手の力量も計れぬ愚か者が!斧技《斧の破壊者》!」
ガルディアンは柄の下方を握り締め、相手が間合いに入ると同時に横薙ぎの一閃を叩き込むと先頭の男達の武器は叩き折られ、それだけでは衝撃は抑え切れずに各々が着ていた鎧共々切り裂かれる。
そこへ距離を取りながら弓で攻撃して来る者もいるが…。
矢はまるで紙飛行機でも落とすように振るわれたハルバートが叩き折る。
その後も襲いかかってくるが次々と地に沈み、衝撃で飛ばされてでいった。
「やはり有象無象では相手ならないか…それならこれならどうだ、行けゴーレム達よ」
三体のゴーレムが拳で地面を叩きながら向かってくる。益々ゴリラのように見える。
「ガルディアン!」
「安心されよ、主の矛はこの程度では折れはしませんぞ…」
三体各々が声とは言い難い叫びを響かせ、振り上げられた腕をガルディアンに向けて振り下ろす。
ガルディアンは前へ進み避けるでもなく、ハルバートを強く握りゴーレムの落石のような攻撃を受け止める。
土煙が吹き上げられ衝撃が此方まで伝わって来る。
「ガルディアン!」
「馬鹿め!どれだけ強かろうとも三体の攻撃を受けて無事の筈はあるまい、さて次は勇者を倒せゴーレム達よ!」
勝利を確信して次は俺に目標を定めるマロエルはゴーレムに指示を出す。
しかしゴーレムはその振り下ろした岩の腕を持ち上げようとしない。
「どうした!命令を聞け!」
ゴーレムの振り下ろした腕がゆっくりと持ち上がる。
土煙でガルディアンの立っていた位置を確認することは出来ない。
「そうだ早く向かえ」
「随分と軽く見られた物だ……この様な石の塊で我を本当に倒せると思っておるとは」
ガルディアンはハルバートを両手で持ち上げるようにして全ての攻撃を受け止めていた。
地面は衝撃でガルディアンを中心にクレーター状に陥没している。
次の瞬間ピシピシとゴーレム達の腕が軋みを上げ罅が入る。
一方ガルディアンの持つハルバートは罅どころか撓みさえ無い
罅が入りながらもゴーレム達は更に相手を押し潰そうとするが圧力に耐えきれず罅は更に広がり遂には砕け落ちる。
ゴーレム達はまた声とは表現しがたい叫びを上げて数歩後ずさるが直ぐに崩れた破片が磁石に吸い寄せられるように再生していく。
「いくら再生しようとも同じ事…我の相手にはならんぞ」
ゴーレム達は砕けた腕が再生すると拳を握り各々に殴りかかる。
「だがお前も止めを指す事は出来まい」
マロエルはまだまだ余裕があるのか静観したまま動こうとしない。
「ガルディアン胸だ!そこの核を破壊すればそいつらは止まる!」
余裕の所悪いが思い通りになるつもりはない。
「チッ……勇者め、余計な事を…」
「さすがは主、承知しましたぞ!」
三体の攻撃を今度は紙一重で避け空振りする一体の横をすり抜け際に脚部を切り裂く。
切り裂かれたゴーレムはバランスを崩し前のめりに倒れる。
ガルディアンは倒れたゴーレムの上に素早く登り背中からの一撃で身体を上と下に分断する。
すると分断した身体の中に青い光を放つ核と思しきハンドボール程度の球体状の物が出てくる。
「先ずは一体……」
後の二体がガルディアンを見つけると倒れたゴーレム諸ともその腕を振り下ろした拳で潰そうとする。
だがガルディアンはその強靭な脚をバネにゴーレムの頭の上跳躍し飛び越える。
拳は仲間のゴーレムの背中に直撃し、衝撃と土煙を撒き散らす。
跳躍し、一体の頭上へ浮くと落下の速度を加えて頭から一刀両断する。
土煙が晴れると二体のゴーレムはボロボロと只の岩や石に戻ったようで崩れていく。
青い光を放つ核は砕けその光を失い只の石に戻ったようだ。
「強い……」
ステータスを確認はしていたけどそんな情報が当てにならない程に強い。
圧倒的な経験と戦闘のセンス、まるで赤子の手を捻るようだ。
最後の一体は激昂したように此方へ突進して来るがガルディアンは大振りの攻撃を軽々と避け懐へ入るとハルバートの槍の部分で胸を一突きにする。
胸を突かれたゴーレムは背中からハルバートを生やしてボロボロと崩れ落ちる。
「次は貴様だ、我の主を敵に回した事を後悔するが良い」
いつの間にかガルディアンとマロエルが戦う事になってしまったが俺が出ても邪魔になるか、ここは補助とここで四人を守る事に徹しよう。
マロエルとナターシャは慌てる様子も無く、マロエルは某映画の何とかの騎士風ローブの弛みのある腕部分に片手を入れると絶対に無理な長さの杖を引き出す。
えっ?何?あのローブ何処かの四次元空間に繋がってるのか?
ナターシャも短剣を構え臨戦態勢のようだ。
「所詮ゴーレムなど使い捨てだ、どいつもこいつも役に立たん奴等だ」
来る、どうする水を使ってまた串刺しを狙うか。
「行けナターシャ、今度こそ勇者の息の根を止めろ、滅多に手に入らない素材だ身体は実験に有効利用する」
「はい…マロエル様」
ガルディアンは素早く移動すると俺の前に移動する。
「やらせると思うか愚か者め、主を倒したくば我を倒してみよ」
するとナターシャはまた一瞬で見えなくなる。
マロエルは何かブツブツと唱えていると空中に砂埃が吸い込まれる用に集まりながら幾つもの塊を形成し、宙に浮くその数さ十以上。
恐らく辺境伯を葬った攻撃魔法だろう。
「この程度で死んでくれるなよつまらんからな《土弾》」
魔法の発動するための言葉を叫ぶと土の塊が此方に飛んでくる。
風切り音を出して来るそれは俺の目では追えなかった。
咄嗟に俺は後ろの四人を庇う為に後ろに下げる。
「そのような土くれ叩き落としてくれる」
ガルディアンは銃弾のように飛んでくる礫を容易に叩き落としてくれる。
魔法に使えるのか判らないが俺も受け流しの備え剣に構える。
辺りはまだ暗く横から照らすかがり火が僅かに飛んでくる礫に反射するのみだと言うのにガルディアンは見事に全てに対応している。
ナターシャの方は何処にいるのか、姿をまだ表さない。
「いつまで耐えられるか、まだまだ行くぞ」
口元が下卑な笑みを浮かべ更に多くの礫が飛ばしてくる。
「そのような攻撃が通じる訳がなかろう!」
礫が飛んでくる一瞬の隙を逃さず左足で斜めに地面を蹴ると爆発でも起きたように抉れ空中に吹き飛んだ土は礫とぶつかり相殺する。
「そうでなくては面白く無い……ならばこれはどうする《火投槍》」
空中にいきなり炎が幾つも表れるとそれは直ぐに槍のような形状になり此方に向くその数およそ二十。
「無駄な事を…」
ガルディアンは油断無くハルバートを構え直す。
カゲアキは囚われていた四人の前で白銀の剣を持ちながら辺りを警戒している。
ナターシャというまだ姿を表さない暗殺者。
それが逆にカゲアキは不気味だった。
二度も何の前触れも無く背中を狙われた為だ。
俺が回復持ちじゃ無かったら二度も死んでいる攻撃となると何処かで隙を伺っているのか?。
マロエルの魔法で周りの薄闇が燦爛と照らされる。
必然としてカゲアキ達の影が大きくなる。
その瞬間ガルディアンの影がまるで池に小石を落とした時の様に波紋が広がり不自然な動きをする。
カゲアキとガルディアンは目の前の攻撃に対応するために異変に気付かない。
始めに異変気付いたのは後ろの狼耳の女性であった。
狼耳の女性は何か嫌な予感がして急いでカゲアキの裾を引いて伝える。
「あのミノタウロスの影、何かが変よ!」
「影?」
カゲアキもハッとしてガルディアンの影を見ると波打っているかと思うと次の瞬間には短剣を持った腕がガルディアンの背後の影から出て来ていた。
「ガルディアン!影だ!」
カゲアキは急いで水を液体操作で影の方へ向かわせる。
「もう遅い!ハァッ!」
マロエルはナターシャの背後からの攻撃を避ける為に横へと跳躍するガルディアンへ向かい火槍を放つ。
「ぬぅ!この程度で我が」
「遅いですね」
ガルディアンの背後にピタリ付いたまま移動するナターシャは短剣をガルディアンの首を狙い攻撃する。
そこへマロエルの火槍五本が迫る。
しかしそれがガルディアンに届く事は無かった。
何故ならカゲアキの操作する水は火槍と相殺された為だ。
火槍と衝突した水の針はジュウと音を立て蒸気を上げて消える。
「ガルディアン!ナターシャに集中してくれ、こいつは俺が倒す」
「本当に邪魔な奴だがもう水はあるまい、フンッ」
残りの火槍をマロエルはカゲアキの方へ放つ。
俺が使っていた水袋は既に空となっていたが腰に着けた袋から既に青く透き通る石を複数取り出して力を籠める感覚で念じると手の中から大量の水が次々と溢れ出す。
「ほう、"水の魔石"を使用したか…」
マロエルの言う水の魔石、これがカゲアキが屋敷に向かう前にどうしても寄りたいとして手にいれたもの。
事前に俺は『いつでもどこでも水が出せる方法はあるかな?』というとガルディアンは聞いてみた所。
『ならば方法は二つ、水系の魔法を覚えるか、もしくは魔石を用いる、のどちらかになりますな』
何でもこの世界では魔物の中で作られる魔石という宝石の様な石を触媒として魔石の大きさで威力は変化するが魔法を使えるとの事。
その為小さな魔石の生活魔法様に使われているという話だ。
液体操作は使用者の技量によりその能力が変わるがそもそも水分が無ければ無意味でありその点はカゲアキも不安であった。
其を補うのがこの"水の魔石"
流れてくる魔力を水へ変換するという便利な物だ。
俺は飛んで来る火槍を何とか迎撃に成功する。
本当なら魔法で……と言いたい所だが生憎俺はまだ使えない。
「防ぎきったか……ふむ」
「その余裕、いつまで続くかな」
いつまでも迎撃だけでは埒が明かない、今度はこっちから仕掛けてやる。
カゲアキは溢れ出す水を使い、転がる様に進めて行く。
「ハッハッハッ!そんなスピードで当たる程馬鹿な敵が居るわけが無いだろう、魔術とはこう使うものだ&⑧&%』%♭〒■《地震》」
マロエルお世辞にも速いとは言い難い水の動きを見ると高笑いしてから片膝を着き右手を地面に着けると地面が揺れ始めた。
揺れは地割れを起こしてカゲアキの操る水は地割れへ吸い込まれてしまう。
「くっ……何だよこの出鱈目な魔術は」
「これが本当の魔術だ、そんな無様な力しか無いお前には何も守れはしない」
「だか、あんたこそ決めてに欠ける攻撃しか出来ないようだけど?」
「ならばこんなのはどうだ?この儂の奥義で終わらせてくれる〒♯゛&$%〇■.*$@%#-+;"'《流星弾》」
カゲアキはその名前を聞くと思わず空を見上げる。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字などありましたらご指摘を宜しくお願い致します。