第一章 第七話 異世界は甘くはなかった
反逆勇者を読んで下さる方々、ありがとうございます。
___何とか騎士団との話が纏まった。
___大丈夫だ…きっと上手くいく筈だ……。
___俺は勇者だ……きっと上手くいく。
初めての街に到着して騎士団へ接触し、クズ貴族の暗殺に協力する了承を副団長から得た。
さて次はどう動くか……。
___
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俺達は今騎士団の拠点への地下通路から地上の拠点へ出て来た所だ。
こちら側の入口は周りと変わり無い石壁か動いて開いていた。
壁の先は質素な教会のような場所で幾つかの小さな小窓から外の光が部屋を照らしていた。
その場には先程の通路にいた騎士達の他も集まっていた。
此方を見ると、集まった騎士達はザワザワと小声で何か話していた。
「お前さん達、見張りの連中に気付かれんように戦闘準備じゃ、作戦は追って知らせる。誰かテーブルと街の地図をここまで運んで来るんじゃ、頼むぞい」
騎士達は敬礼と返事を返して出て行く。
リアレスさんとネルトさんも一緒に出て行こうしたがオーウェンが止める。
「お前さん達二人には色々と聞きたい事がある、カゲアキ達と一緒に此処に居るんじゃ」
「「はいっ!」」
二人はオーウェンに敬礼してその場に留まった。
俺とガルディアンは事は軽く濁して伝え、ナターシャの人質にされた母親の救出の為に協力している…とオーウェンには伝えた。
あちらも詮索はしないようなので此方としてはありがたい。
暫くすると数人が戻り、大きめのテーブルに街の簡易的な見取り図、敵味方を現す駒、それらがあっという間に準備される。
運び終わると入って来た数人は敬礼して出て行き、変わりに別の騎士が三人入ってきた。
三人の中には先程の地下通路で話の通じそうもない指示を出していた男もいた。
オーウェンから軽く説明され、三人は隊長クラスで情報の共有だとか。
その場にいる全員でテーブルを囲み作戦会議に移る。
「それで…どんな作戦にするつもりじゃ」
俺は目の前に拡げられた簡易的な地図を見ながらオーウェンに尋ねる。
「まずはクズ……辺境伯の私兵の大体の位置を地図上に置いて行きましょう」
赤と青に色分けされた駒を持ちながら地図上に次々と駒が置かれていく。
「そうじゃな…大体の奴等は領主の屋敷の警備にそれ以外は街を彷徨いているはずじゃ」
「街の入口にもですが二十人程度います」
それぞれが駒を持ちながら地図を駒が埋めていく。
「私兵の大まかな人数は?」
「大体全部で二百人程かのう」
「此方の騎士の数は?」
「今動ける者は二百五十と言った所か」
「敵方が少ない…なれば此方に分があるようだな……」
「……そうも上手く行かない訳がある………か」
オーウェンは腕を組むと忌々しいような顔に変わる。
「その通りなんじゃよ……屋敷には"ゴーレム"が居るんじゃ」
__ゴーレム
__主人の命令を忠実に実行するロボットのような存在、前世でのゲーム等では意思を無く、体が大きく様々な素材で構成されたモンスターを俺は想像した。
俺の左に居るガルディアンにゴーレムの事をこっそりと聞いてみると。
「ゴーレムとは造られた主人の命令に忠実に従い、一般的に身体は土や岩で身長は三メートル程ですな。しかし奴はそれほど複雑な命令は実行出来ませんな」
「偵察の話では屋敷の庭や門などに三体を確認したと言っておったのう」
それを聞いた俺は右側に居るナターシャに聞く。
「ゴーレムって何体いるの?」
「私も知りませんでした。街を離れていた間に…恐らくつい最近造られたのかと…」
「何日位街から離れてたの?」
「四日程ですね」
「………分かったありがとう」
俺とナターシャのやり取りを見るとオーウェンは俺に尋ねて来た。
「其にしてもまさかダークエルフを生きてる間に見るとは思わなかったのう、どこで知り合ったんじゃ?」
そんなに珍しいのか?
「いや、俺も最近知り合ったばかりで、そんなに珍しいですか?」
「いや…その…なんじゃ、まぁの」
まさか!?このオッサン、ナターシャの美貌に惚れたとでも言うのか!?
そんな俺の想像は次のナターシャの発言で全くの見当違いだと分かった。
「…私達ダークエルフは元々諜報や暗殺などのを金で請け負う事を生業としてきました。其処の騎士も私がカゲアキに金で雇われたのかを聞きたいのでしょう」
ナターシャが自らを嘲笑するように語る。
「いや、すまんのう、そんなつもりでは…」
「オーウェンさん、俺は彼女が今までどんな事をやってきたかなんてのは、どうでも良いんですよ、俺が彼女について知っているのは辺境伯に人質として捕らわれた母親の為にどんな汚れ仕事もやる覚悟を持った優しい女性だと言うことだけです」
「………」
ダークエルフがどうかとか、そんなの別にどうでも良い、人には触れられたくない過去の一つや二つはあるだろう。
「話を戻しましょう…ゴーレムがいるという事は魔法使いが?」
「あ、ああ、そうじゃ何でも___」
そこまで話すとオーウェンは急に口が止まる。
「どうかしましたか?」
「あれ…魔…法使…い…」
リアレスさんやネルトさんも
隣でナターシャやガルディアンと俺以外の面子が唸り思い出すように頭を抱え、目を閉じる。
まるでその魔法使いの記憶が消されたように思い出せないらしい。
「何か起こっているんだ…」
ガルディアンは腕を組み気付いた
「主よ、これは恐らく精神魔法が掛けられているようですな」
「精神魔法?記憶を消去するのか?」
「否、これはある文言に関連する記憶に鍵を掛けるようなものですな、敵の魔法使いは中々の使い手のようですな」
驚いた事に皆一様に"魔法使い"に関する事でせめて容姿が分かれば出会しても奇襲を仕掛けられると思ったが容姿はおろか服装も性別も分からないとのとのことだ。
他の騎士へも確認したが外の騎士も同じような状態だ。
だがナターシャが何故魔法使いの事を話さなかったのかは多分精神魔法によるものなのだろう…。
決行は今夜……不安の種は尽きない。
__
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それから私兵の対処には騎士団が街で騒ぎを起こしている隙に俺とガルディアン、ナターシャで潜入する事に大筋で決定した。
一応人質を移送する為に身軽な装備の騎士を二人は随伴して貰う事にしなった。
ゴーレムへの対処は極力発見されないように行動する、となった。幸いにも図体がデカイ事が災いして建物の中までは入れないだろうとの事だ。
一応弱点もあるとの事だか可能な限り戦闘は避けるように行動しようと思う。
この作戦は暗殺と救出が目標であり、敵の全滅が目的では無い。
そして一番の懸案事項のである魔法使いだが……。
情報が少なすぎる。
現在分かっている事といえば……。
①王都から流れて来てグズ貴族に取り入っている。
②精神魔法を使える、しかも一度に全員かは定かでは無いが掛けてあることと、一月程前にこの街へ来たと露店のオッサンが言っていた事を考えると何かのタイミングで恐らく一度に掛けたのだと思う。
③性別、特徴、不明。
④ゴーレムを操って居るだろう。
「まずいな……」
俺は地球で昔読んだ本の内容が頭を過る。
__若かざれば、則ち能くこれを避ける。
勝てない相手とは戦ってはいけない……という意味だったか。
時間、情報が足りない。
勿論俺だって死ぬつもりは無い。
だかやらなければならない時はある。
作戦会議は終了して日は傾き、二つの太陽がゆっくりと地平線へ隠れようとする所を俺は拠点の石造りの見張り台から眺めていた。
街には魔法照明の光が点々と灯り始めていた。
今頃リアレスさんやネルトさんにオーウェンが話を聞いている頃だろう。
見張り台の上からは拠点の前をを封鎖するグズ貴族の私兵数人が面倒臭そうに屯しているのが見えた。
吹き抜ける風が心地よかった。
すると後ろから階段を昇る足音が聞こえてくる。
振り向くとそこには銀糸の様な美しい髪を風に靡かせ、まるでモデルのように洗練された足取りで此方に向かって来るナターシャがいた。
「綺麗な夕日ですね」
夕日に照らされるナターシャの褐色の肌と夕日に反射するように輝きを増す美しさに俺は目を離せなかった。
「ああ、そうだな」
気の利いた言葉などは出ず、曖昧な返事を返す事しか出来なかった。
「気になっていたのですが……」
ナターシャは夕日を眺めたまま俺に質問してきた。
「何故貴方は私の母を助けようとしてくれるのですか?」
何故……か、そりゃナターシャに一目惚れもあるけど……
「人質を取って操るような奴が嫌いだった…からかな」
「それだけですか?」
「…あとはナターシャが初めてあった時、何だかとても悲しい目をしてたから」
「………」
ナターシャはため息をつきながら此方を向き、更に話を続ける。
「貴方は…とても…とても優しい、優し過ぎます」
「どうしたんだナターシャ」
「貴方はそうやって……何もかも救うつもりですか、救えると思いますか?」
「………土台無理な話だ、俺が全てを救う事は出来ない、出来る訳が無い」
「なら何故貴方は私を助けようと…勇者だからですか?それとも哀れみですか?私はカゲアキ、貴方を殺そうとしました。それなのに何故?」
「俺は死んでないし…」
「そういう意味では無くて」
「………俺は頭が良くないし、力も弱い、速さもナターシャのようには出ない、あるのは飾りの勇者の称号と従魔術と回復力だけ…」
「……」
「でもさ、それでも目の前で救える人くらいは救いたいと思うよ。綺麗事だろうし上手く行くかは分からないけどね」
ナターシャは何故か少し悲しそうな笑みを浮かべて俺を見る。
「貴方は優しいというより…お人好しなのですね」
「そうかも知れない、けどそんなお人好しの勇者が一人位いても良いんじゃ無いかな」
俺は自嘲するつもりで笑う。
「もし私が貴方に再び刃を向けた時……貴方はどうしますか?」
「その時は……また改めて仲間にするだけだね」
「私が拒んでも?」
「うん、拒んでも」
「傲慢な考えですね」
「傲慢な勇者が一人位……いや過去にもいそうだな」
「………クスッ」
ナターシャは、踵を返して階段へと向かい、背を向けたまま俺に話す。
「気を付けて下さい……カゲアキ、この世界はそんなに甘くありませんよ」
階段を降りて行くナターシャを見送り、俺は地平線に沈み行く夕日に視線を向けた。
「さて、俺も行くか……」
__
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拠点で出された夕食の硬いパンと干し肉と豆のスープを腹へ詰め込み、俺は地下通路を戻り拠点の前の通りに戻って来ていた。
そこから先程作戦会議でこの時間帯の私兵の動きの中にあった酒場の建ち並ぶ通りを目指す。
夕食時という事もあって酒場からの笑い声等が聞こえてくる。
その中でも一際大きな酒場が見える。一つの店に四十人程入れそうな店が三軒横並びで繋がったような店がある。
入口には辺境伯親衛隊貸し切りの看板が立っていた。
西部劇に出てくるようなスイングドアを両手で押して開く。
その瞬間視線が俺へ集まる。
拠点の前の数人と同じだが服装には統一性が無く、文字通り傭兵や流れ者で構成されているようだ。
俺はカウンターへ向かっていると男二人が立ちはだかる。
「なんだぁーテメーここは俺達親衛隊の貸切の看板が見えなかったのか~」
「ガキがマントなんてつけて冒険者気取りか、さっさと帰りやがれ」
お約束通り絡んで来るか……あ~ヤダヤダ。
周りの男達にも聞こえるように揉み手揉み手で。
「これは、これは、辺境伯様の親衛隊の方々、私は旅の商人でございます。本日はよい商いを辺境伯様のおかげで行う事が出来ました。せめてものお礼に今夜の皆様お支払は私がお出ししますのでどうぞお楽しみ下さい!」
__ウオオォォーー!!
歓喜の雄叫びを上げる男達の合間をすり抜けて俺はカウンターを隔ててグラスを磨く厳つい髭面でオールバックの男の前に立つと男は呆れたようにお代を払えとカウンターを指で叩く。
「おいあんた、本当に大丈夫だろうなここは一晩で金貨三十枚は軽く稼ぐぞ」
俺は怪しむ様子の男を無視して金貨が十枚ずつ入った袋をカウンターの上に無造作に置くと男は驚いて一つの袋を開けて、あんぐりと口を開けて俺と袋を交互に見る中々面白い動きをしている。
「金貨六十枚はあるでしょう」
先程絡んで来た男達も酔いが一気に覚めたように口を開けている。
面倒なので周りのリアクションは無視してもう一度大声で伝える。
「さぁ皆様!お支払は済みました。よろしければ此処にはいない方々もお誘いして下さい。それでは今夜はどうぞお楽しみ下さい」
___ウオオォォーー!!
___
_____
馬鹿騒ぎを続ける酒場を後にし次の酒場と向かう。
しかし俺としては毒を盛ってサクッサクッと片付けてしまいたいが毒も無いしな。
後々と面倒そうだし。
酔わせて動けなくなっているなら私兵、改めて親衛隊を排除するのも楽になるだろう。
それから二軒酒場を回り同じように酒を奢り拠点へと戻ろうと裏道へ入った矢先。
「よお~、随分と金回りがいいんだなお前」
前から三人、後ろから三人に挟まれてしまった。
ある程度想像はしていたけど、早かったな。
「有り金全部置いてけ、そうすりゃ命だけは助けてやるよ」
どこかで聞いたような常套句を吐きながら男達はジリジリと迫ってくる。
鑑定で確認した所、レベルは10程だか、俺はレベル1だ
勝ち目は無い。
白銀の剣を手に持ち、辺りを見回す。
「おっいい剣持ってるじゃねぇか、へへへ」
「早いとこぶっ殺してぶん盗るぞ」
ジリジリと距離を詰めて、俺を囲もうとする男達。
俺は壁を背にしながら剣を持ち直し、剣道のような構えする。
勿論、地球で剣道をやっていた訳では無い真似事だ。
「ぷっはは、勝てると思ってんのかよ、オラッ!」
半円状に囲まれ、俺から見て斜め左の男が剣を振り上げて上段切り、右端の男が突きの構えで迫ってくる。
___受け流し
迫り来る振り下ろされる剣が脳天に向かって来る、視界が止まっているかのようにスローモーションになる。
腕が勝手に動き、白銀の剣が男の持つ剣の刀身を叩くように押すと剣の軌道が俺の横を通る方向へと変わる。
ギュンと腕に引っ張られるように身体が突きを放つ男の方を向く。
突いてくる剣がスローモーションで腹部狙って来ていた。
白銀の剣は突きの剣を巻き込むようにクルクルと回すと上に持ち上げ胴がガラ空きになる。
するとスローモーションの視界が解ける。
その瞬間逆に心臓を一突きにする。
返す刃で的外れの地面を切る屈んだ男のうなじへ刃を叩きつける。
力が足りないのか骨にカチンと当たるとそれ以上刃が通らない。
仕方なく、そのまま撫でるように首を切り裂くと勢いよく血が吹き出し、帰り血を浴びてしまった。
「な、に……」
男は何が起きたか理解出来ないまま倒れる落ちる。
「テメー!?何しやがった!」
「どうやってあれを避けやがった!?」
血溜まりに沈む男二人を見ながら残り四人が一歩下がる。
「答える義理は無いな」
俺は剣に付いた血を振り落とし、自然に血溜まりに浸ける。
「おい!オメーら一気に掛かるぞ」
それぞれが武器を持ち、襲い掛かってくる。
当然拡がった血溜まりを踏んで向かって来るが……。
それ以上来ることは無かった。
いや。
それ以上進む事は出来なかった。
白銀の剣にあったもう一つの武器スキル
___液体操作
昨日の夜に練習していたこのスキルは剣に触れている液体を自由自在に操る事が出来、俺は川の水をウォーターカッターのように使う事や水を針のように尖らせる事が可能な事が分かった。
練習中にふと、血液でも出来ないかと思い掌に傷を付けて滴り落ちる血液を剣に垂らして見ると問題無く操る事が出来た。
そして現在に至る。
男四人は地面からの突き出た赤黒い針に全身を串刺しにされている。
既に事切れた四人を先に死んだ二人を血液と一緒に道の端へ寄せて液体操作を解除する。
ビチャッと音を立てて積み重なった死体の上に血が掛かる。
うぉ、惨劇の現場の一丁上がりだ。
その場を急いで立ち去る。
勿論帰り血は液体操作で服や身体から引き剥がした。
世の奥様もこれが使えたら、もう子供が服にごぼしたミートソースのシミに悩む事は無くなるな。
地下通路を進み拠点へ着くとガルディアンは長椅子に座り、通路の方を見て腕を組んでいたが、俺を見ると立ち上がり愛用のハルバートを持って会釈をする。
「お帰りですな主よ、ん?血の匂いがしますな、何かありましたか」
「問題ないよ、街の盗賊に絡まれただけさ」
「なんと!我が居れば、そのような不遜な奴等は切り伏せてやりましょう」
「大丈夫だよガルディアン、もう片付けた」
すると話声を聞いたのかオーウェンと数人の騎士が扉を開けて入ってくる。
「おお、戻ったかカゲアキ、してどうじゃ?上手くいったかの」
「ああ、今頃酒場の親衛隊の奴等はタダ酒を飲んでるだろう」
「ならば、直ぐに始めるかの」
オーウェンの後を付いていくと騎士達が整列して待っていた。
「皆!いくぞーー!!」
雄叫びと共に拠点の門が開き騎士達が前進していく。
そういえばナターシャの姿が見えないな。
「ガルディアン、ナターシャは何処に?」
「我も主が来る前から見ておりませぬな」
一体どうしたんだ?
「____!?」
背中に激痛が走る。
「主よ!!」
ガルディアンが叫ぶ声が聞こえる。
痛みをこらえて振り返ると。
短剣を深々と俺の背中に突き刺すナターシャの姿が見えた。