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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-7 少女と記憶

 少女が倒れていたのは家の近くだったようだ。未だに目を覚まさない。むしろ気持ちよさそうに眠っている。少女の紫の髪が来人の肩から降り、小さく揺れる。


(お、ようやく見えてきた……)


 遠く前方に一つ、オレンジ色の明かり。いつの間にか地面は乾いていた。奇妙なほど静かな辺りを、車輪が砂を押しつぶす音が埋める。


「そういえば、その子どうするの?」


 スミアが眠そうにリエスに訊いた。そのスミアを見て微笑みながらリエスが答える。


「うーん……部屋も空いてないし……それじゃあ、ライトの部屋に寝てあげよっか」


「えっ⁉︎ 俺⁉︎」


「うん、ダメかな?」


「い、いやいやいやダメではないんだけど、その――」


「じゃあ決まりね、とりあえず家に着いたらライトの部屋に連れて行ってあげて」


「あ、あぁ、うん……」

(これって本当に大丈夫なのか……?)


 少女は見た目からしてスミアと同じくらいの年齢だ。後に起こることを予想などしていなかったのだろう。来人はつい異世界モノのストーリーを思い出す。少しずつ家が近く。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今朝立ち寄った倉庫が近づく。暗くなってから見ると、広い畑の中に一つ、不自然に存在ているように感じた。

 二人は倉庫の隣に車を停める。


「よいしょっと」


「ふぇー疲れたぁ」


「二人とも、俺が頼まれてたのにごめん、ありがとね」


 来人がいつも通りの優しい笑顔を見せる。


「ううん、全然大丈夫よ。ライトこそ初めてだったのにお疲れ様」


「うん――」


「よーし、帰るぞ!」


 スミアの白く光るランプに照らされ、二人の銀髪が増して闇に映えた。走るスミアを追うようにしてリエスも離れていく。


「スミアー走らないでって言ってるでしょ――」


(二人ともちょっと……)


 追いかけようとも走れない。少しずつ辺りに闇が広がる。何かしらに背後から圧迫される、そんな気分を覚える。


「んあぁ……んっ……」


「ひえぇぇ‼︎」


 少女の寝言に驚く来人。少し頭が熱くなる……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ただいまー!」


「お帰りー、寒かったでしょう。スープを作っておいたから飲みなさい」


「やったー!」


「ありがとうおばあちゃん」


 先に二人が家に入り、部屋に入った。ミルリスアおばあさんがキッチンで料理をしている。オレンジ色の明かりが家の中に散っていた。


「お邪魔します……」

(あったけえ……)


 続けて来人も部屋に入る。


「そんなかしこまんなくていいんだよ、今日はいきなりだったけど――ってえぇ‼︎どうしたんだいその子は⁉︎」


 背を向けていたミルリスアあばあさんが来人を見て驚いた。正確に言えば、背に乗った少女だが。


「いきなりでごめんなさい、私が説明するね」


「あ、あぁ聞くよ」


 上着をハンガーにかけるリエスが困惑した様子のミルリスアおばあさんに説明しようとする。スミアがテーブルに置いてあったスープの入ったコップを持って近づいてくる。


「ライト、行くよー」


「あ、うん」


 スミアに連れられて、今朝起きた部屋に向かった。

 スミアが先に入る。入ってすぐ左の壁にあるスイッチを押して、部屋に明かりを灯した。コップをペットの隣にある木の台に置く。


「その子、寝かせてあげて」


 そう言ってスミアは窓のカーテンを閉めた。


「うん」

(ここって電気も通ってるのかな)


 少女をベットに寝かせ、布団をかける。被せていたコートはその上に載せた。とても気持ち良さそうな寝顔だ。

 一息つくために来人はベットの隅に座った。

 スミアが帰ろうとする。


「じゃあ、夜ご飯の準備できたら呼ぶね」


「あ、俺も手伝うよ」


「いいから、この子のお世話してて」


「あ、はい……」

(お世話って……)


 そう言ってスミアは静かにドアを閉めた。


「ふぅ……」

(どうしようかな)


 その時、勢いよくドアが開いた。


「ふぇぁぁぁ‼︎」


 スミアがドアの隙間から顔を覗かせる。


「変なこと、しちゃダメだからね」


「は、はい」


「ダメ、だからね」


「はい……」


 スミアが眉間にシワを寄せて念を押すように言った。少し怒っていたのだろうか。来人の弱さが露わになった。

 勢いよくドアが閉まる。

 来人は思わず、笑うような引きつった顔になる。


(びっくりしたなぁ……)


 室内は思ったより寒くない。辺りを見渡すと、枕元の壁にハンガーがかけられており、その一つには学ランがかけられていた。


(ここにあったんだ、このコートもかけておくか)


 布団の上のコートをとり、立ち上がる。そして、ハンガーにかけたその時、学ランのポケットのふくらみが目についた。


(あ、そういえば持ってきてたんだった)


 学ランの両ポケットから財布とスマホを取り出し、再びベットに座った。他の衣服がどこにあるかなど、考えもしなかったようだ。

 スマホの電源ボタンを押すが、案の定バッテリーは切れていた。そのままスマホの暗くなった画面を見つめる。


「今頃、みんな何してるのかな……」


 この世界に来る前のことを思い出す。家族にすら別れの一言も残していない。


「俺って死んだことになってるのか、それとも失踪したことに……」


 不意に目が熱くなる。視界が歪む。強く目を瞑ると、目尻にまで温かい涙が広がった。

 何を思っての行動だったのだろうか、来人は立ち上がり、カーテンを開けた。暗い闇の上に満天の星空が広がる。さらに、部屋の明かりを消した。すると、輝きを増した夜空が来人の眼球に差す。


「キレイ……だな……」


 月であろう明かりと星明かりだけを頼りに、財布とスマホを学ランの左ポケットにまとめてしまった。台の上のカップを手に取り、再びベットに座った。非常に感傷的な感情だったに違いない。


「頑張らないと……ダメだな……」


 少女の寝息だけが、青白い室内に響いていた――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 どれくらい経っただろうか。来人の心の中には『無』に近いものだったのだろう。窓に映る景色には何の変化もない。微かに聞こえてくる足音にすら気づいていないだろう。

 静かにドアが開き、スミアが顔を覗かせる。


「ライトーってなんでこんなに暗くしてるの⁉︎」


 スミアが部屋の明かりをつけるちょうどその時来人がこう返した。


「あ、スミア……」


 心のない返事だった。目が赤く腫れている。引きつった笑顔。


「ど、どうしたの⁉︎」


 そのライトを見て驚いた様子でスミアが部屋に入ってくる。


「ごめん、なんでもないよ、気にしないで」

(こんなんじゃダメだ、しっかりしないと)


「なんでもないって……ホントなの? 心配だよ」


「うん、ホント大丈夫。あ、この子ずっと起きなかったよ」


 心配そうに来人を見るスミアに少し焦った。気を落ち着かせようと、下手に話を変えた。


「あ、うん。そうなんだ……」


 来人の心情を察したかのようにスミアは俯く。


「夜ご飯できたから、来てね」


「うん、ありがとう」


 そう言ってスミアは(来人がいつの間にか置いていた)台の上のカップを持ち、部屋から出て行った。


(迷惑、かけちゃったな……)


 立ち上がり背伸びをする。鼓動が一時的に大きく聞こえ、また収まる。少女の方に振り返ると、変わりなく寝たままだ。

 窓に近づき、カーテンを閉め始めたその時であった。遠くの林の向こうで、(帰り道に見たものにも似た)何かが光った。


(あれ、今のって……)


 そんなことを考える間に、カーテンは完全に閉まった。薄茶色に染まったカーテンには何も映らなかった。

 来人は学ランを脱いだだけで、上は長袖のYシャツ、下は学生ズボン。そのまま部屋を出ようとするが、ドアの前で立ち止まり、少し考える。


(この子、どうすればいいんだろう)


 来人はベッドに近づき、少女をぎこちなく揺する。


「あのー、聞こえるー……」


 一切の返答はなく、遠くでみなが夕食の準備をしている声が聞こえるだけだった。


(このまま寝せておいてあげよう)


 ゆっくりとドアに近づき、何も考えず部屋から出た。もちろん、部屋は明るいままだ。相変わらず少女は動かない。しかし、気持ち良さそうに寝ている。

 来人のゆっくりとした足音が徐々に小さくなっていく。残された部屋には、少女の小さくかつか弱い寝息が響くだけだった――。

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