1-6 星空の下の帰り道
「ランプ」
突然スミアが右手を胸の高さまで上げ、この言葉を口にした。すると、その手の上に眩い光を放つ一つの球が出現し、辺りの闇を除ける。
「もしかして、これがスミアの魔法なの⁉︎」
来人は驚き、足を一歩下げる。
「うん、そうだよ!」
「暗くなるといつもスミアの魔法を使って帰ってるの。あ、でも心配しないで。そんなにエネルギーが必要な魔法じゃないから、体力の消費もほとんどないの。帰ったらご飯もいっぱい食べるから」
「うん! お姉ちゃんより食べるんだ!」
「なるほどね……」
(すごいな……魔法ってこんな感じなんだ)
初めて魔法を目にして興奮した。しかし、この状況でははしゃぐわけにもいかない。高まる気持ちを抑えつつ、唾を飲んだ。
街の中心に近いにも関わらず、ほとんど人通りがない。窓から漏れる明かりも道を照らす役割を果たしていない。確かに、こんな道など何か用のない限り通ろうとは思えないだろう。これから三人はこのような道を歩いて帰ろうというのである。
「それじゃあ、お家に帰ろっか」
「うん!」
二人が顔を合わせて歩き始めた。来人も車を軽々と引き、二人の後に続く。
スミアの『ランプ』が辺りを――建物の壁に明暗がハッキリと現れるほど――明るく照らす。乾いた地面には、足音に車輪の転がり跳ねる音が重なって響いている。
街は異様なほど静かだ。
「ねえライト、さっきの魔法の診断書見せてもらえる?」
「あぁ、いいよ」
来人は車の持ち手から右手を離し、コートの右ポケットから診断書を出してリエスに渡した。リエスはスミアの右手の上にある光に寄っていき、診断書を読み始める。
「えっと……無属性魔法でナイフを発現させる……詳細は不明……か……」
「……実は読めないんだけど、なんか大事なこと書いてある?」
リエスの奥で光に照らされている診断書を除くながら訊く。
「えぇ⁉︎ 文字も読めてなかったの⁉︎」
「うぅ……意外と心にくる……」
「――ごめんなさい」
来人とリエスが笑う。来人もようやく二人と楽しく会話ができるようになってきた。
「それより、詳しくわからないってことは、この魔法でどのくらい体力を使うかってこともわからないってことだから、あんまりむやみに使わない方がいいかもね」
「うん、そうっぽいね……それと、魔法ってどうすれば使えるの?」
ゆっくり歩きながらアイコンタクトをとる。
「えっとね、魔法を使うところに意識を集中させるの。ライトの魔法だったら右手ね」
来人は右手を少し上げ、手のひらを夜空に向ける。
(こんな感じか)
「そしたら、魔法の名前を唱えながら使うときのイメージを浮かべる」
(名前か……とにかくイメージイメージ……)
「すぐにはできないと思うけど練習すればできるように――えぇ‼︎」
「わぁ‼︎」
「うおおぉ‼︎」
ライトの右手は(診断してもらったときに見たあの)光に包まれ、その上に一本のナイフが発現した。三人は足を止め、同じタイミングで驚く。刃先は来人の方に向いている。
「俺、魔法使えたの……」
「そ、そうみたいね……」
「スゴイよ、流石ライト!」
「あはは……」
驚きと感動で足が動かなくなっていた。来人はそのナイフの柄を左手で持とうとする。
「カサッ」
軽い音を立ててナイフは絵の部分から二つに分かれ、地面に落ちた。そのナイフは砂のように崩れ、キラキラとか輝きながら消えた。
リエスがナイフに向けていた視線をライトに向ける。
「これから練習すれば、ちゃんと魔法が使えるようになるはずよ」
「うん、頑張る」
リエスの励ますような表情に、こう返すしかなかったのだろう。三人は再び歩き始める。
「魔法ちゃんと使えるようになったら、私がたくさん使ってやるからな!」
「あはは……」
スミアが後ろを振り向き、片方の口角を上げてこう言った。来人は苦笑いで返したが、ここまで面倒を見てくれる二人にどう返せば良いのかわからないでいたのだ。
少しずつ辺りが開けてきた。あと少しで街から抜けるようだ――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さらに三十分ほどが経ち、辺りはほとんどが畑になっていた。もちろん、街灯などない。
二人とも疲れているはずなのに、会ったばかりの来人と笑顔で話してくれている。来人はこの時には既に、この家族に必ず恩返しをすると決意していた。
ふと、荷台から紙袋の音が聞こえた。鍋屋でリエスが買っていた小さな鍋のことを思い出す。
「リエス、さっき鍋屋で買ってた鍋だけど、あんなに小さいので大丈夫なの?」
「あ、うん。なんとか間に合うから」
「うち、あんまりお金ないから――」
「あ、なるほど……」
(変な返し方しちゃったな……)
リエスの言葉に続くようにしてスミアが答えた。この答えに対する返事に来人は悩んだ。二人の表情が少しばかり暗くなったように感じた。
リエスがこう続ける。
「えっとね、五年くらい前なんだけど、お母さんとお父さんが突然いなくなっちゃって、だから今はおばあちゃんの家に住んでるの。だけど、おばあちゃんがもってる畑の土地の所有権があと一ヶ月で切れちゃうんだよね」
「土地の所有権……?」
「うん。畑に使ってる土地は国から借りてるんだけど、期間が決まってて、五年経ったら返さないといけないの。契約を更新すればまた使えるんだけど、その分のお金がなくて……。おばあちゃんには迷惑しかかけてないんだよね……」
「俺も、できるだけのことは手伝うよ……」
「ありがとう」
今の来人には精一杯の言葉だったのだろう。この家族の実情を知り、この世界に来てから今に至るまでに考えたことを思い出していた。
来人が先の質問について謝ろうと息を吸い、リエスとスミアが少しうつむきながらも、笑顔で違う話を始めようとしたその時であった。
「ゲホッゲホッ……」
突然、三人以外の咳き込む音が静まり返った闇に響いた。
「え!誰かいるの!」
スミアが慌てた様子で辺りを照らした。ランプの明かりが強くなったように感じた。
「あそこ、誰かいない?」
来人が二十メートル程先のうずくまった人影のようなものを指差す。
(これって、俺が見に行った方がいいよな……)
珍しく来人が行動に出た。荷台を停め、その人影らしきものに向かっていく。
「スミア、ちょっと照らしてて」
「うん……」
離れようとする来人を心配そうに見つめる二人。二、三歩歩いたところで思い出した。またあの自分の姿だ。歩幅を縮め、息を飲む。ゆっくりと近づいていくが直視できない……。
その影まで五メートル程のところまで来た。人だ。鼓動がゆっくりと収まっていく。身体を左に倒し、うずくまっているようだ。地面には長く伸びた紫がかった髪。来人は急いで駆け寄った。
「二人とも、大丈夫だよ」
こう言って、倒れた影を覗き込む。少女だった。呼吸に合わせ、身にまとった(この歳にしては豪華すぎる)ドレスが揺れる。どうやら寝ているだけのようだ。来人はこの少女の身体を起こす。
二人が駆け寄ってくる。
「どうしたのこの人……?」
スミアが表情を少し曇らせて言った。
「わからない、でも、寝ているだけみたいだよ」
「……このままだと危ないから、家に連れ行こう」
リエスが少女に近寄り、その少女の頭を撫でる。
「じゃあ、俺が背中に乗せて行こうか」
「そうね、それじゃあわたし達は車を引くわ」
「うん、ありがとう」
こう言って、来人は少女に着ていたコートを被せ、おぶった。その間に二人は車を引きに後ろに戻る。この寒空の下であるからか、少女があたたかく感じた。来人が少し顔を赤くする。
「ライトー行くよー」
「あっ、ごめんごめん――」
(ヒェー凍える……)
来人は車を仲良く引く二人の右側につく。スミアはランプを使いながらであるが、慣れているのだろう。
(あ、綺麗な月だな……)
今まで来た帰り道のほとんどをうつむきながら歩いてきたためわからなかったが、前方の林の上には、かけ始めの月が浮かんでいたのである。この『月』はこの世界では月ではないかもしれないが、そのようなことを考えられるほどの余裕はなかったのである。
道の左側に広がる広大な畑から冷たく詰まった夜風が吹く。
「うぅ……寒い」
左隣を歩くリエスが可愛らしく呟いた。リエスの意外な一面に、少し左に寄った来人の目線。その時であった。左前方の小さな森の中で一瞬、何かが青白く光った。
(あれ、なんだったんだろう今の……)