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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-5 暮れ方の魔法署

 街の陰影が深まりつつある中、三人は魔法署に到着した。外観はいかにも魔法に関係する建物という感じで、五階建てのようだ。幅・高さともに十mはある入り口の門から中が見える。道の閑散具合に反する賑わい。


「相変わらず混んでるなー」


「ライト、先に予約しておくからね」


「うん、ありがとう」


 入口脇には十台は停めることができるであろう駐車場があり、既に車が三台停められていた。来人はそこに車を置き、魔法署に入る。


(うわ、広い……)


 建物の中は吹き抜けになっていて、目の前には銀行の窓口のようなものが二十ほど並んでいた。肌の焼けたガタイのいいおじいさんからカバンを背負った少女まで、その場にいるみなそれぞれが魔法使いなのだろうか、見た目は今まで出会ってきた人たちと変わらないのだが。


「ライトー!こっちだよー!」


 右の人混みの方からスミアの声が聞こえた。しかし、人の流れに負けてなかなか見つけることができない。


「あ、すみません……おっと」


 何度も人にぶつかりながら奥の方へと進んだ。ふと、夕日に映えた銀色の髪が見える。


(やっといた……)

「遅くなってごめん」


 一番端のところに二人は座っていた。


「ううん、全然大丈夫。ちょうど予約が済んだところであとは本人確認だけ」


 窓口の係りの人が笑顔で、謎の文字が書かれた紙と赤いインクが入ったトレーをテーブルに出した。


「あの……これって、どうすればいいんですか」


「人差し指の先にインクをつけて、契約書のこの部分に押し付けてください。インクはつけすぎに注意ですよ」


 窓口の係りはみな女性だった。窓口の奥では男性たちが何かしらの事務作業をしている。


(この丸いところかな)


 人差し指を紙に軽く押し付ける。


「お願いします」


「はい、ありがとうございます。では、準備ができるまで少々お待ちください」


 三人は窓口の手前に用意されたいた椅子に座った。スミアを真ん中にして左隣に来人の並びだ。窓口にはすぐに次の人が案内される。リエスやスミアにも少しずつ疲れの色が見え始める。


「なんか、俺の面倒いろいろ見てくれて助かったよ、二人ともありがとね」

(あ、俺って言っちゃったな……まあいいか)


 来人には「俺」と「僕」くらいは使い分けられる程の常識はあったが、ここにきてようやく二人に和んできた。二人にも特に気にした様子はない。


「ううん、今日はライトにたくさん手伝ってもらったから、こちらこそありがとう」


「また働いてねー」


「はいはい」


 スミアの頭に何の意識もなく手を乗せた。来人が白い歯を見せながら微笑むと、スミアも笑顔になった。窓口の方を見ているリエスの頬は――差し込む夕日のせいかもしれないが――少し赤いように感じた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 十五分くらい経った頃、ようやく順番が回ってきたようだ。


「イガリライトさん、いらっしゃいますか――」


 案内役の若い女性に呼ばれる。


「はい、ここです!」


「それでは、こちらへどうぞ」


 三人は窓口よりさらに右に進んだ廊下に案内された。天井が低くなり、少しばかり不気味だ。この廊下はとても長く、床には深く赤黒いカーペットが敷かれていた。手前から十番目ほどのドアの前で案内役が止まる。


「お二人はここでお待ちください」


 リエスとスミアはドアの向かいにある長椅子に座った。


「ライトー頑張ってねー!」


「いってらっしゃい」


「うん、ありがとう」

(やっときたか、魔法は使えるのか)


 案内役がドアを開け、来人を誘導する。


「では、こちらへお入りください」


「はい……」


 部屋の中はランプの色に染まっていた。目の前には一人の白衣を着た白い顎髭のおじいさん。部屋にはこの人の隣にあるテーブル以外何もなく、広さは小さな病院の診察室程だ。

 案内役が部屋を出る。


「さあ、ここに座って」


「あ、はい」


 おじいさんは少し疲れた様子だ。来人は少し緊張する。


「名前は、イガリライトでいいんだね」


「はい、そうです」


 名前を確認すると、おじいさんはテーブルに一枚の紙と一本のペンを置いた。すると突然おじいさんは来人の頭に右手を乗せる。


「へえっ!」

(いきなりなんだ⁉︎)


「大丈夫だ、すぐ終わるさ」


 来人は目を瞑った。急に心拍数が上昇する。一瞬、手が乗っている頭の感覚が少し鈍くなったように感じた。冷や汗をかきそうだ。

 ふと、頭から手が離される。


「もう終わったよ」


「ふぅ……今のって何をしたんですか」


「君の情報を少し見せてもらっただけだよ、ほら、生年月日とか今の健康状態とかあるだろ」


「あ、なるほどです」

(今のも魔法だったのか……こんなこともできるんだ)


 おじいさんはテーブルに置いてある紙にスラスラと文字を書いていく。何も言われない様子から特に異常はないようだ。


「ってことは、今ので僕に魔法があるかわかったんですか⁉︎」


「そう早まるでない。わしの魔法ではそこまではわからないよ」


「あ、すみません」


 すると、おじいさんは立ち上がり、左奥のカーテンを開けて奥の部屋へと入って行った。


(これから何が始まるんだ……変なことされないよな……)


 薄暗い部屋にも少しずつではあるが目が慣れてきた。あまり清潔ではない室内。床に敷いてある絨毯は色あせている。

 すぐにおじいさんは戻ってきた。部屋に入った時よりも少し表情が柔らかいような気がした。手には部屋の薄汚さが透き通るほど透明な、直径十五㎝程の球体の水晶を持っている。

 おじいさんは椅子に座ってテーブルに水晶を置き、こう始める。


「さて、早速だが診断を始めるぞ。これは診断水晶と言ってな、名前の通りだ。この水晶の上に手を乗せると自分がどのような魔法をもっているかがわかるわけだが、二つ注意だ。一つは、この診断では実際に魔法を使う時と同じような反動が身体にかかるから、無理はしないこと。魔法を使う時には、それぞれで反動の大きさは違うが、運動と同じように体力を消費するからな。もう一つは、パニックにならないこと。水晶の上に手を乗せると、もし君が魔法を使えるとしたら、その魔法のイメージが頭に浮かぶだろう。すぐに慣れるとは思うが、もし辛かったらすぐに水晶から手を離すように。以上だ。いっぺんに話したが、わかったかな」


「はい、わかりました」


「それでは、始めよう。どのような魔法かわかったら手を離してくれ」


「はい」


 おじいさんは水晶を来人の方に寄せた。緊張と期待の感情が入り混じるのは当たり前のことだろうが、そこには怒りの感情も見え隠れしていた。近くに寄せられた水晶に映る来人の顔。その見下すように映る顔と室内の闇と淡い光に、あの時の記憶を思い出さずにはいられなかったのだ。


(くっ……何思い出してんだよ俺……)


 来人は強く目を瞑った。顔の高さまで来ている手を止めることは出来ず、そのまま水晶の上に乗せた。室内には静寂のみがあり、おじいさんは何も話さない。


(え、何も起きない……やっぱ俺には魔法の力はないのか)


(この子にはまだ魔法は早すぎたようじゃな、終わりにしよう)


 手を乗せて数秒が経過し、おじいさんは来人の手を水晶から離そうとした。しかし、その瞬間、水晶が魔法の反応を示し、白色に光ったのである。


(な、何⁉︎ まさか、今、魔法が開花したのか⁉︎)


 室内の静寂が聞こえなくなった。強く目を瞑った真っ暗な闇の中に少しづつ白い光が見えてきた。徐々にそれがはっきりしてくる。


(え、もしかしてこれって……!)


 その白い光は、来人がこの世界に来た時に初めにいたあの場所を表した。来人の前十メートル先程先に誰かがいるようだ。


(どうなってるんだ……誰……はあっ‼︎)


 それは来人だった。正確には、来人の姿形そのものがいた。声を出そうとしても出ない。あるいは、出ているが聞こえない。血管が脳を圧迫する感覚に襲われる。

 そこにいる来人は全く動こうとしない。


(何をしろって言うんだよ……)


 すると、突然来人本人が勝手に動き出した。しかし、動いている感覚は感じることができた。来人が右手を胸の前にもってくると――全身に力が入る感覚がした後――白い光が手を包み、ナイフが手の上に現れた。


(これが魔法……なのか……)


 来人はそのナイフを握りしめ、前にいる自分に向かって走りだした。もちろん、来人自身には制御することができない。


(おい、やめろよ……やめろ‼︎)


 そのナイフは目の前の来人の腹部に突き刺さった。あの出来事に重なるように――。

 その瞬間、来人の視界に水晶が入った。身体はかなり疲れており、目は充血し、額には冷たく汗をかいている。水晶から離した右手は小刻みに震えている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「だから無理をせずに手を離せと言っただろ」


「あぁ、はい、すみません」


 果たして、あの状況において来人は水晶から手を離すなどということができたのであろうか。

 見開いた目で一点を見つめて動かない来人に、おじいさんが続ける。


「ところで、どんなものを見たんだい。水晶の反応からすると、無属性魔法だと思うんじゃが」


「あ、えっと……突然手が光ってナイフが出ました。そして、目の前の自分を……刺しました……なんで自分が出てきたんですか……」


 息が詰まらせながら話した。視線が小さく震える。これ以上のことは伝えようがないと思った。


「この診断は、魔法の効果を与える相手が自分の姿になる。だから、それは問題ないのじゃが……」


 どうやら、あの出来事との直接的な関係はないようであろう。しかし、来人には関係が深すぎたようだ。

 おじいさんが続ける。


「今まで長いことこの仕事をしているが、ナイフを発現させられる魔法なんてもの聞いたことがないな。もしかすると新しい魔法かもしれぬ」


「そうなんですか、てことは、僕は魔法が使えるってことですか」


「そういうことじゃ、おめでとう」


「え、あぁ、ありがとうございます」


 来人は、魔法が使えることがわかり嬉しく思う。しかし、素直に喜べない。思わず目が泳いだ。


「それと、もう一つ。もしかすると、君の魔法は今、ここで開花したのかもしれない。まあ何にせよ、詳しくわからない魔法じゃ。本当は使わない方が良いが、もし使うならば、十分に気をつけるのじゃぞ」


「……はい」


「それでは、これで診断は終わりじゃ、お疲れ」


「はい、ありがとうございました」


 今まで元気がなさそうに返事をしていたにも関わらず、最後のこの返事だけはおじいさんの目をしっかり見て返したのであった。

 おじいさんはテーブルの遠い端にあったベルを握り、軽く鳴らした。すると、ドアが開き、さっきの案内役が入ってくる。


「お疲れ様でした。それでは、診断書をお渡ししますので、こちらへどうぞ」


「あ、はい」


 案内役に連れられ、来人は部屋から出た。廊下は部屋よりは明るいが、それでもかなり薄暗くなっていた。リエスとスミアに笑顔で迎えられる。


「二人とも、待っててくれてありがとう」


「どういたしまして!それよりどう?魔法使えた?」


「うん、なんか使えるみたい」


「え!おめでとう!やっぱりライトは使えると思ったんだよねー!」


 左隣を歩くスミアが、褒めているのか貶しているのかどちらかわからない口調で話す。


「それで、どんな魔法なの?」


 左端を歩くリエスが興味津々な様子で訊いてくる。


「えっと、ナイフを出せる……みたいな」


「え、そんな魔法聞いたことないけど……もしかして新しい魔法とか⁉︎」


「かもしれない、だって」


「えー‼︎」


 二人は碧の目を丸くしながら、合わせて言った。


「あはは……」


 来人は苦笑い。しかし、これは日中の苦笑いよりも引きつったものだった――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 窓口があるところまで戻ってきた。既に日は落ちていて、ランプが眩しい。人もほとんどいなくなっている。

 窓口の奥から男性の役員が出てきた。


「こちらが診断書になります。どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 全く読めない。しかし、なぜかとても大切に感じた。


「そういえば、お金は?」


「魔法署は国が運営しておりますので、診断でしたらお金はかかりません」


「あ、そうなんですね」

(よかった……)


「それじゃあ帰ろっか、ライト」


 リエスに優しく声をかけられる。彼女たちの笑顔は朝から変わることはなかった。

 手にしていた診断書を内側に二つ折りにし、コートの右ポケットに入れる。


「うん、そうだね」


「お気をつけて――」


 大きな門をくぐり、薄暗く寒い外に出る。街灯はほとんどなく、人通りなど全くと言っていいほどない。日が暮れてからさほど経っていないはずなのに、なぜだろうか。

 来人は車を引っ張り、相変わらず楽しそうに話している二人の後ろにつく。


(この暗さでどうやって帰るんだろ)


 来人が二人に声をかけようとした時であった――。

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