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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-4 買い物と疑問

「いただきます」


 三人が合わせて言った。外は少しずつ人通りが多くなってきている。そのほとんどは買い物客だろうか。サーンも少しずつ沈む準備に向かっていた。乾いた風が吹き、道の砂が舞い上がる。

 スミアはいただきますをしてもパラスタを食べようとはしない。企みはわかっていたが、来人はしょうがなく引っかかってあげる。

 皿の前に並んだ明らかなフォークを手に取り、赤いパラスタを絡ませて口に運ぶ。


「うぅ……辛い……あー辛い……」


 正直思ったより辛くなかったが、顔を手で仰ぐ素振りを見せた。リエスは来人の演技の意味を理解しているようで、食べながら下を向いて笑っている。


「えへへ引っかかったー! 来人なら気づかないと思ったんだよね!」


「どうゆう意味だよ」

(気づいてたわ!)


 スミアが目に涙を浮かべながら笑った。リエスも顔を上げて口を抑えながら笑った。また苦笑いの出番だ。


「まぁ、いいからいいから」


(スミアから始めたんじゃないか)


 そう言ってスミアもパラスタを食べ始めた。少し水っぽいパラスタを絡ませる音が店の中に響く。

 店内を見渡すと、昼過ぎだというのに店の中には三人の他に客がいない。


「ねぇリエス、なので昼なのにこんなにお客さんいないの?」


「朝に売りに来るだいだいの人は売ったらすぐに帰っちゃうの」


「へぇ、みんな帰るんだ」


 どうやら、売った後に買い物をしていく人はほとんどいないらしい。窓から見える外の景色にも人の姿はかなり減った。

 来人がコップの水口に流し込む。外からは風が道の砂を擦り上げる音が聞こえてくる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 初めはそれほど辛くないと思っていたが、重ねるごとにますます辛くなってきた。スミアが最初に食べ終わり、結局最後に食べ終わったのは来人だった。

 リエスがお金を払い、三人は店を出る。


「ありがとうございました――」


 外は、サーンの光が街を暖かく照らしていた。道沿いに並ぶ店や屋台は開店準備の真っ最中だ。布を広げる音がレンガ調の壁に当たってこだまする。


「それじゃあ、買い物に行こうか」


 二人は通りを左に向かって――空腹が満たされたせいか――満足そうに歩き出していた。来人は急いで荷台を取りに行き、二人の後を追った。心なしか荷台が重く感じる……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 十分ほど歩いただろう、三人は大通り沿いのコンビニほどの広さがある店に着いた。荷台を店の前に寄せて停めた。売っているほとんどが食べ物のようで、いくつかあるテーブルの上に種類ごとに並べられているようだ。昼を過ぎたばかりだからか、ほとんど売れていない様子。スミアが奥の方にいる少し小太りの中年の男のもとへ小走りで向かった。


「こんにちは、ガスハンおじさん!」


「おぉ、久しぶり、元気にしてたか」


 この店に来るまでに同じような店が二、三軒あったが、わざわざこの店に来たのはここに理由があったようだ。


「あの人はガスハンさんって言って、このお店の店長さん。ここは、いつも売ろうとする頃には他の人がもうたくさん売りに来ていて、私たちのキベツは売れないくらいの人気のお店なの。ここのはみんな美味しいからいつも買いに来てるんだ」


 リエスはこう言うが、厳密には他にもいくつか理由はあるだろう。スミアは楽しそうにおじさんと話している。

 来人は近くにあったカゴを取り、歩き出したリエスを追う。


「えっと、今日買うベジは……」


 こう言ってリエスは右ポケットから一枚の紙を取り出した。何かメモが書かれているらしいが、案の定読めない。

 疑問に思うことがあっただろうが、なぜか今回は質問をしなかった。リエスは入り口近くのテーブルで立ち止まり、人参に似たオレンジ色の野菜(?)を二本手に取る。


「ライト、キロットあと三本取ってくれる?」


「うん」

(これはキロットって言うのか)


 そこにスミアが何か嬉しそうに戻ってきた。手にはザルを持っていて三匹の魚が置かれている。


「ねぇ、そんなにベジ買わなくていいからさ、お魚とかお肉買ってよ!」


「バランスよく食べないとダメでしょ」


(ベジって野菜のことだったのか。そういえば、魚と肉はそのまま言うんだ)


 この世界では、日本語そのままの言葉と少し似ている言葉があって混乱してしまいそうだ。表面に淡い茶色の土を被ったキロットを一本ずつカゴに入れる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 キロットの他にも五種類ほどのベジと(正体のわからない)魚や肉をカゴに入れた。聞きなれない呼び方がいくつかあったが、すべては覚えられなかった。

 この店での買い物は終わりのようだ。カゴはそれほど重くならなかった。カゴを入り口近くのレジに持っていき、リエスが会計を済ませた。三人は店を出る。


「ありがとうございました――」


「おじさんまたねー」


 大通りには買い物客が増えてきた。昨日よりも乾燥しているようで、通りには砂埃が舞い上がっていた。しかし、相変わらず二人は楽しそうに話している。


「リエス、次は何の店に行くの?」


「次は鍋のお店、この前一つ壊れちゃってさ」


「そっか」


 大通りから抜けて街の中心に伸びる通りに入った。地面には大きな石が混じり始め、車を引く力を強めた。この通りには屋台は並んでおらず、店も少ない。斜め上から差すサーンの光に三人は目を細めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リヴァンスト堂がかなり近くなった。白い壁の所々に金の装飾が加えられている。周りの建物よりも少しばかり濃い褐色の屋根が、その威厳を表している。


「着いたよ!」


 前を歩くスミアが勢いよく振り返って少し跳ね、その銀髪を震わせた。店の中は少し薄暗い。

 店の前に車を停める。


「いらっしゃませ――」


 店内には若い女性の店員二人に男の客が一人。

 リエスは奥の鍋が並んでいるところに一人で行ってしまった。


「ライト、このフライパンなんかキラキラしてる!」


 スミアが入り口近くにあるフライパンを指差す。


「どれどれ……おーホントだ、綺麗だね」

(これもフライパンって言うんだ……もういいや、気にするのやめよう)


「でしょでしょ、これ買いたいな!」


 もう夕方だというのにまだ元気が有り余っている様子のスミア。輝く目を来人に向ける。


「じゃあこのフライパンでベジの料理たくさん作って、ベジたくさん食べないとな」


「えーやだー、だってベジってなんか苦いんだもん、大切なのはわかるけどさ……」


 スミアは来人に向けていた視線をフライパンに戻し、頬を膨らませた。


「ん……大切?」


「え、まさか、これも知らないのかライトよ」


「あ、はい、知りません」


「ならば特別に教えてやろう」


(なんか恥ずかしいなこれ)


 店の前にはそれほど人はいなかった。スミアが得意げに話し始める。


「この辺りではだな、ベジは神様が人間の健康のために与えてくださったものだと考えられておるのじゃ、だから栄養がいっぱいなのじゃ! どうだ、わかったであろうライト!」


「はい!よくわかりましたぁ!」


 久しぶりに大きな声を出した。スミアは来人を見ながら馬鹿にした様子で笑っていた。スミアとの仲はさらに深まったのだろうか。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 スミアと話している間にリエスが奥の方から戻ってきた。手には紙袋を持っている。買い物は既に済ませたようだ。


「おまたせ、さぁ、魔法署に行こう!」


(あれ、鍋を買うって言ってたけど、それにしては小さいような……)


「ありがとうございました――」


 三人は店を出て、砂埃で霞む通りをリヴァンスト堂の方に向かって歩き始めた。『魔法署』というのはちょうど帰り道にあるようだ。

 気づけば街は薄い黄色に染まり始めていた。急がないと真っ暗になってしまうのではないかと思うだろうが、リエスとスミアに焦る様子はなかった。それも相まって、来人の心は少しずつ弾み始める。

 この時の来人にはあのような思いをするとは全く考えていなかっただろう。前を歩く二人の影が、その歩みに合わせ、虚しく揺らいでいた――。

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