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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-3 街の市場

 来斗たちが街に出かけている頃、ミルリスアさんは畑仕事をしていた。今日の気温はそれほど低くないが、風が吹くと肌寒く感じる。


「今日はたくさん収穫しないとねぇ」


 少し曲がった腰をゆっくりと伸ばして準備運動のような動きをする。この家の畑は広い。幅三m程の街につながる真っ直ぐな道があり、この道を挟んだ家の向かい側に畑が広がっている。遠くには林が見えるくらいだ。

 みずみずしいキベツをナイフを使って一つひとつ丁寧に収穫していく。すると突然、その手が止まった。


「あれ、ライトもう帰って来たのかい」


 ミルリスアさんは不思議に思ったのか立ち上がる。遠くの林に沿った道を来斗らしき人物が歩いているのが見える。しかし、リエスとスミアの姿はなく、街の方に向かっているようだった。


「ふぅ」

(見間違いかね)


 ミルリスアさんは畑仕事を再開した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 家を出発して一時間と少しが経ち、周りには家が多くなってきた。来斗たちは楽しそうに歩いている。時折吹く強い風も、三人が着る長めのコートをなびかせるだけだ。

 街の中心には十階建て程の立派な城のようなものがある。周りの建物より三、四倍高く、赤茶色の屋根の中で一際目立っている。


「あの高い建物ってなんていうの?」


「あれは『リヴァンスト堂』っていって、この辺りを治めている一族のものなの」


「なるほど……ありがとう」


 昨日は宿探しに必死で気にしていなかった。どうやらこの街の政治の中心になっているらしい。白壁に焦げ茶色の屋根、色は他の建物とさほど変わらない。

 だんだんと人通りが多くなり、道幅も二車線ほどにまで広くなってきた。


「リエス、今日って何軒くらい寄るの?」


「売れ行きにもよるけど、売るのに七軒、買い物に二軒くらいかな」


「それよりお姉ちゃんお腹すいたー」


「ちゃんとキベツ売ってからね」


 道が少し開ける。そこには小さな噴水。近くには時計があった。書いてる文字は読めないが、仕組みは同じようだ。もう少しで十時。噴水の水はとても透き通っている。


「ライト、いつも売り終わったらレストでお昼食べてるんだけど、いいよね?」


「うん、お願いします」

(レストってきっとレストランみたいなもんだよな)


 リエスとスミアは目を輝かせて張り切っている。大きな街とはいえ、この『キベツ』にそんなに需要があるのかと考えてしまう。周りを見ると、他にも『車』を引きながら街の中心に向かっている人がいくらか見えた。来人の足取りも軽くなる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一時間半くらい歩いただろうか、大通りに出た。来人が昨日散々歩いた通りのようだ。昨日ほど人は多くないが、ものを売りにきている人で往来が激しい。どうやら、この街の市場の始まりは遅いようだ。


「それじゃあ、最初のお店に行くよ」


「はーい!」


 二人は来人を道の向こうにある小さな八百屋のような店に連れて行った。中には一人のおじさんがいる。店の前まで車を寄せて――荷台に積んであった棒で手持ち部分を支えて――停めた。


「おはようございます! おじさん、今日はキベツです!」


(おはようございますっても言うのか、挨拶も似てるな……)


「おぉ、ちょうどよかった、今日はまだキベツが入ってなかったんだよ。おぉ、見慣れない顔だね、リエスの彼氏かい?」


「ち、違いますよ! 手伝ってもらってるだけですから」


 リエスが目線を少し下に向けたのがわかった。スミアは後ろでクスクスと笑っている。おじさんはこの言葉に似合わない優しい笑顔で続ける。


「えっと、じゃあ二十玉売ってもらおうかね、一玉百六十コスタでどうかね」


「もう少し高くできませんか」


 リエスが口ごもる。ふと流れてきた昼前の柔らかな風に二人の銀髪がかすかに揺れた。


「んー……じゃあ特別に一玉百七十コスタにしよう」


「ありがとうございます!」


 突然スミアも混ざって、二人で返事をした。来人も苦笑いで一応の返事。


「あ、ありがとうございます」


 リエスはおじさんから大きな金色のコイン三枚と大きな銀色のコイン四枚を受け取った。それらを財布にしまい、三人は店を出る。


「ありがとうございました」


 三人が言葉を合わせる。この街の市場の売買はそれほど複雑化していないらしい。次の店に向かうため、左の方に進む。


「さっきのは忘れてね、あのお店のおじさんいつもあんな感じだから」


「あ、うん、わかった」


 来人はそれはど気にはしていなかったが、リエスは笑いながら言った。


「早く早くー!」


 少し先を歩いていたエリスが二人を急かす。いつの間にか通りには左側通行の流れができたいた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 三人は一軒目を回った後、合わせて七軒を回って売り終えた。これがどれほどの儲けなのかはわからない。途中でキベツを一玉落としてしまい、家まで持ち帰ることになった。その一玉はカゴに入れられることなく、荷台に置かれている。いつの間にか十二時を回っていた。


「それじゃあ、いつものレストに行こうか」


「やったあ!」


「ねぇ、ちょっと!」


 二人は駆け足で先に行ってしまった。泊めさせてもらっている身であるとはいえ、何も知らないやつをこの人混みの中に一人置いて行くのは酷ではないだろうか。しかし、離れていく二人の横顔を見ていると不思議と見惚れてしまった、とまではいかないかもしれないが、無理に追いかけようという気持ちにはならなかったのである。

 遠くに小さく見える二人は煙突のある店に入っていった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 来人はようやく二人がいる店の前まで来た。店に向かって左側には細い道があり、そこには車が一台置いてあった。来人はその後ろに車を止め、店に入る。


「いらっしゃいませ」


「あ! ライトやっときた!」


「二人が置いて行ったんでしょ」


 店員の言葉に被さるようにしてスミアの声が店の中を通った。今日、来人は苦笑いばかりしている。

 店の中は外観に反して意外に広かった。店員は今見えるだけで男子一人女子二人の三人いる。

 入ってすぐ左側の四人がけのテーブルに二人は並んで座っていた。もしかすると、来人が店の前に着いてからのことを二人は見ていたのかも知れない。


「遅いから私がライトの分も頼んでおいたよ!」


「あ、ありがとう」


 スミアが何かを企んでいるように見えた。何にせよ、空腹を満たせるのならそれでも構わない。なぜかは知らないが、四人がけのテーブルなのに、来人が座ろうとしている片方には椅子が一脚しかなかった。仕方なく、真ん中に座る。座るとすぐにスミアがこう始めた。


「ねぇ、思ったんだけどさ、ライトって何の魔法使えるの?」


「え、魔法?」


「うん、何使えるの?」


「え、何もできないけど……」

(この世界って魔法使えるのか⁉︎)


「あ、そうだったんだ、そういう人もいるから大丈夫だよ!」


 どうやらこの世界では魔法が使えるらしい。魔法が使えないことを伝えると、スミアは何か意味ありげな表情を浮かべた。


「魔法ってどういうやつなの?」


「え、もしかして、魔法のことも知らないの⁉︎」


「うん、教えてください」


 来人は魔法を知らないことに驚かれる。スミアに代わってリエスが続けた。


「魔法は成長とともに人に身につくものなの。その仕組みはまだ知られてなくて、魔法が身につく時期とか数も人それぞれ。中には一生魔法が身につかない人もいるくらいなの。あと、魔法には属性っていうのがあって、火・水・木・陽・陰の属性と無属性の六つ。ちなみに、私は水属性の魔法が二つ使えて、スミアは陽属性の魔法が一つ使えるの」


「なるほど……ありがとう」

(ありがちな属性だな……)


 よくある魔法の説明だが、身につき方は人それぞれということは、来人ももしかすると魔法が使えるようになるかも知れない。もしそうなれば……といろいろな想像が浮かぶ。


「リエスの魔法って今見れる?」


「ここだと危ないから、街を出てからかな」


 店の中では危ないくらいの魔法だ。来人は期待してしまう。


「魔法にはたくさん種類があって、魔法辞書を見ないと名前とか効果とか分からないのがほとんどなの。それと、もしかしたら来人も魔法が使えるかも知れないから、今日の帰りに『魔法署』に行って調べてもらわない?」


「お願いします!」


 来人はこの世界に来て一番くらいに元気になっていた。来人とリエスが話している間、スミアは退屈そうに窓から外を眺めていた。意外と大人しい。

 そうこうしているうちに女子の店員が軽い足取りで料理を運んで来た。


「お待たせしました、パラスタです」


 三人の前にはパスタのようなものが並ぶ。どうやらこの世界では『パラスタ』と呼ぶらしい。二人のは鮮やかなクリーム色なのに来人のだけ少し赤い。

 笑いを堪えているスミアの企みがわかった。

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