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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-1 突然の始まり

 全身の力が抜けている。痛みは無くなっていた。とても心地よく身体の自由を感じる。瞼の内側は真っ白だ。


(あぁ……俺、死んだんだ……)


 だんだんとはっきりしてゆく意識の中で自分が立っている感覚を覚えた。耳も騒がしい。来斗は恐る恐る目を開けた。


「眩しい……どこだここ‼︎」


 驚いた。目の前にはヨーロッパ風の建物が並び、その手前の通りは多くの人で賑わっていた。雰囲気は中世って感じだ。


「まさかこれって異世界なのか‼︎」


 つい、声を荒らげてしまう。来斗は建物の間の狭い道に一人立っていた。正面には少し傾いた太陽(?)の輝き。異世界モノに憧れていたこともあり、少し興奮する。


(本当にここは異世界なのか……てか、どうすればいいんだ)


 とりあえず目の前の大通りに出てみる。そこには演劇やミュージカルくらいでしか見たことのない服装をした人々がたくさんいる。道沿いには屋台のようなものが並んでいた。


「あんた、見慣れない格好してるねぇどっから来たんだい?」


 道を出てすぐにあった魚屋(?)のおばさんに声をかけられた。随分と体格がいい。


「えっと、日本です」

(服は学ランのままなのか……)


「ニホン……聞いたことないねぇ、ところで何を買ってくんだい」


「あ、いや、別に買うわけじゃ……」


「なんだ買わないのかい、それじゃあ気をつけてな」


 適当に払われてしまった。そのまま人の流れに流される。


(てか、今、言葉通じたよな、こっちでも日本語使えるのか。それじゃあお金も使えるかも)


 学ランのポケットを確認すると財布が入っていた。


(使えるかな……おっ、スマホも入ってる)


 来斗は急いでさっきの魚屋に戻った。


「おばさん、この魚一匹何円ですか?」


「戻って来たと思ったら、いきなりおばさんってあんたねぇ」


 おばさんは苦笑いする。柄の悪い人ではなさそうだ。


「あ、すみません……」


「いや別にいいんだけどさ、その円ってのは知らないけど、このサカナは一匹百十コスタだよ」


 おばさんは、カゴの中に入っているサンマのような魚を指差した。意外と新鮮なようだ。


「それじゃあ……」


 来斗は財布から百円玉一枚と十円玉一枚の百十円を取り出した。


「これで買えますか?」


「なんだいこれ、見たことない小銭だねえ。うちでは使えないよ」


「ですよね、ありがとうございました」


 言葉は通じたが、日本のお金は使えないようだ。それに、よくわからない文字の書かれた看板が通りに並んでいる。この様子だと文字も日本語とは違うようだ。


(てか、なんで見ず知らずの地に来たのに俺はこんなに悠々としてるんだよ。早く寝る場所見つけないと!)


 ――とは思うものの、お金が使えないから泊めてくれる宿もなさそうだ。照りつける傾いた太陽の日差しが余計に来斗を焦らせた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そうこうしているうちに辺りは薄暗くなってしまった。三時間くらい経ったのだろうか。ここにきて気づいたが、日中は雨が降っていたようだ。道がぬかるんでいる。野宿しかないと思って山の方に歩いて来たがすごく不気味だ。家もここからは二、三見えるくらい。


(さみぃ、この世界でも冬なのか……てかなんでここまで来たんだよ街に残れば良かったじゃんか)


 辺りは畑ばかりで、少し離れた山からは木々が風に騒ぐ音が段々と大きくなって聞こえてくる。スマホのライトを頼りに歩いて来たが、充電が危ない。空には星々がハッキリと見えてきた。


(やっべー、残り六%しかない……せめて家の近くで寝るか)


 遠くに道と山に挟まれた家が見えた。中には誰かいるらしく明るい。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 家の裏まで来た。中に入れてもらえば良いものの、来斗にそれほどの勇気はない。地面は雑草で覆われていて泥まみれになる心配もなさそうだ。スマホのライトを消し、右のポケットにしまう。


「よいしょっと」

(このままだと凍えそうだな……なにか暖かいものは…………)


 かなり疲れていたのか、来斗は木を背もたれにして座るとすぐに寝てしまった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 来斗が寝てから三十分くらいが過ぎた頃、目の前の家から一人のおばあさんが出てきた。何かを運び出しているようだ。足元が覚束無い。


「よいしょっとぉ、どぉれ、夕飯の準備をしないとねぇ……ん? ……あぁ! 誰だいあんた!」


 来斗は裏口のすぐ近くで寝ていたのだった。

 おばあさんは腰を抜かしてしまう。この声を聞いて驚いたのか、家の中から一人の少女が慌てた様子で出てきた。


「おばあちゃん‼︎ どうしたの⁉︎」


「そこに誰かいるよ!」


「ん……?」


 少女は闇の中で黒く光る来斗にゆっくりと近づき、持っていたランプで来斗の顔を照らす。


「――見たことない顔だね、服装も変わってる。でも悪い人じゃなさそう」


 少女は小走りでおばあさんのところに戻った。


「あの人あのままじゃ死んじゃうかもしれないから家に入れてあげない?」


「えぇ……だって知らない人だよ、なんで家の裏にいたかもわからないし、悪い人だったらどうするの?」


「大丈夫だよ、だって悪い人だったらあんな優しい顔して寝ないもん」


「そうかい……しょうがないねぇ、リエスが言うんだったら信じるよ」


 おばあさんと少女は来斗を家の中に入れるため、持ち上げようとする。しかし、流石に無理がある。


「うぅ……運べそうにないねぇ……」


 おばあさんが腰を痛そうにしながら言う。さっきから様子を見ていたのか、家の中からもう一人の少女がはしゃぎながら出てきた。


「私も手伝う!」


 三人がかりで来斗を家の中に入れようとする。だが、なかなか持ち上がらない。


「みんな、引っ張るよ!」


 おばあさんのかけ声に合わせて三人は来斗を引っ張る。来斗が起きる気配はまったくない。

 三人は何とかして来斗を家の中に入れた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(あったけぇ、あれ、もう朝になったのか……)


 重く閉じた瞼を少しずつ開ける。


「あれ……ここどこ……」


 どうやらベットの上に寝ていたらしい。ゆっくりと体を起こす。それほど広くない部屋だ。木のいい香りがする。右側には窓があり、陽の光に照らされた碧い草原が広がっていた。鳥のさえずりも聞こえてくる。夜は暗くて気づかなかったが、風景がとても綺麗だ。

 起きると知らない場所にいた、なんてこと普通だったら驚くことだろうが、異世界に転生してしまったらしい来斗にとってはなんともない出来事だった。

 来斗はベットから降りて窓に近づく。少し肌寒い。雲ひとつない清々しい朝だ。

 すると、突然左側にあったドアが開いた。


「お! 起きたんだね! 朝ごはんあるから来なよ!」


「え! あ、あのぉ……」


 来斗は少女に手を引かれ、違う部屋に連れて行かれる。そこにはキッチンと食事の用意が進んでいるテーブルがあった。キッチンからは部屋の様子が見渡せるような造りになっている。


「お、起きたのかい、ちょうど朝ごはんの準備ができたところだからそこに座ってな、じっくり話を聞かせてもらうからね」


「は、はあ……」


 着々と食事の準備が進んでいく。おばあさんと一人の少女がキッチンで料理をしていて、もう一人の少女は食器の準備をしている。

 ようやく眠気も覚め、冷静に考えられるようになった。


(いつ俺はこの家の中に入ったんだ、てか、なんでこの人たち見ず知らずの俺にいろいろしてくれてるんだろう……)


 あれこれ考えているうちに朝食の準備ができたようだ。四人がけのテーブルに皆が座る。来斗の隣におばあさん、前には姉だろうか、二人の少女のうち料理の手伝いをしていた大人っぽい方だ。その隣にはもう一人の少女が座っている。

 服装はみな豪華ではなく、上は白や薄い青系統の色で下は濃いめの青や緑いった飾りのない服装だ。来人の上は白いワイシャツ下は学生ズボンの服装は少し浮いている。もっとも、首元のボタンは閉まっておらず、ワイシャツは出しっ放しであるが。


(この感じの服装、昨日も見たような……)


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


 みなのいただきますに流され、来斗もいただきますをする。


(この世界でもいただきますはするのか)


 来斗の前には、フランスパンのような細長いパンのようなものと、オレンジ色の野菜のようなものが入ったスープ、それに野菜炒めだろうか、あとはミルクのようなものが並んだ。


「早速だけど、君、名前はなんていうの?」


 目の前の少女に訊かれる。


「猪狩来斗です」


「イガリ ライト……珍しい名前だね、じゃあ今度はこっちから。私はリエス、よろしくね、で、隣が私の妹のスミア」


「よろしくねっ! ライト!」


「あ、うん」


 リエスは大人しそうだが、スミアはとても元気だ。朝だというのにキンキンに声が響いた。来斗は苦笑いで返す。


「それで、ライトの隣がミルリスアおばあちゃん」


「よろしくだよ」


「はい」


「こんな感じかな、私たちは三人家族ってわけ、改めてよろしくね」


「はい、よろしくお願いします。というか、今日は泊めていただいてありがとうございます。それに朝ごはんまで出していただいて逆に申し訳ないです」


 ようやく来斗の話せる番が回ってきた。流れでお世話になってしまっていて少し困惑する。


「いいんだよそんなこと、家の裏で寝てもらっても困るしね」


 おばあさんが笑いながら話す。昨日のことはほとんど覚えていなかったが、すぐに寝てしまったのだと気づく。


「ごめんなさい……」


 来斗も雰囲気に流され苦笑い。初対面の人とはあまりうまく話せた事がなかったが、今日の来斗はいつもより話に乗れている。


「てことは皆さんが僕を家の中に入れてくださったんですか?」


「んまぁ、入れたというか引きずったというか……」


「そうだったんですね、本当にありがとうございます!」


「いえいえ、どういたしまして」


 リエスが笑顔で答えた。爽やかで綺麗な笑顔だった。

 それにしてもスープが美味しい。この世界に来てから何も食べてなかったからとてもお腹が空いていた。


「ところでライト、見慣れない服装だけどどこから来たの?」


 リエスに訊かれる。


(この質問、昨日もされたよな……他の世界から来た、なんて言えないし……)

「東の方にある日本ってところから来ました」


「ニホン……聞いたことないけど結構遠いところから来たのね、だからあんなに疲れてたってわけね」


(こんな答え方で大丈夫かな)


「ねえ、ライトって何歳なの?」


 今度はスミアに訊かれる。この世界にも歳の概念があるようだ。


「十六歳です」


「おー! お姉ちゃんといっしょだ! ちなみに私は十三歳!」


(リエスって俺と同い年だったのか、年上かと思った。スミアは十三歳か……見えないな……)


「スミアがうるさくてごめんね、それと、そんなに堅くなんなくていいよ」


「う、うん」


 来斗は少し微笑んだ。いきなりいろいろなことがありすぎて混乱してしまいそうだが、一日目はどうにか家に泊めてもらうことができた。理由こそないが、来斗はなんとかやっていけそうだと感じる。

 こうして、来斗の異世界が始まった。

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