1-10 屋敷への道
サリーの住む屋敷へと向かい始めた五人。
空にはいくつかの筋が入っている。風はほとんどなく、穏やかな畑が広がっている。
「そういえばサリー、昨日あんなところで何してたの?」
歩き始めて間もなく、来人が訊いた。
「家出してただけじゃ」
少しふてくされた答えが返ってきた。
「えぇ! 家出⁉︎」
来人はサリーから離していた視線をもう一度向けなおした。
みな驚かない様子からして、このことはすでに知っているのだとわかった。
「だけど、誰か探しにとか来ないの?」
「いや、来るぞ。今頃、みな総出でわらわのことを探しておろう、まあ、家出など慣れたものじゃがな」
口角を上げながらサリーは答えた。その目はしっかりと来人を捉える。
「そ、そうなのか……」
苦笑いで返した。一族の姫がそう簡単に家出などできそうもないのだが、どうやらサリーの家出はいつものことらしい。それにしても、あの暗く寒い中で一人寝ているのはおかしいはずだ。というより、十六歳の家出というものもどうかとは思うが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
振り返ると、家が米粒ほどになって見える。
スミアがはしゃいで走り出す。それを追いかけるようにしてリエスも後を追った。ミルリスアおばあさんとも離れ、来人はサリーと二人で後ろを歩く。
少しの間、何も話さなかった二人だが、この空気を察したのかどうかはわからないが、サリーが話しかけた。
「ライト、一つ気になっていることがあるのじゃが訊いてよいか」
「ああ、いいよ」
「ライト、あまり見ない顔立ちじゃが、もしや『ニホン』とやらから来たのではないか?」
「え、そうだけど……あぁリエスたちに教えてもらったのか」
予想外の質問に驚いたが、既に自分の素性は知られたいるのだと思った。
しかし、次に続いた言葉は、自分がこの街に来た経緯を訊かれると考えていた来人にとって驚愕のものであったことは言うまでもない。
「いや、教えてもらってなどおらん。最近、その『ニホン』とやらから来たという輩が多くなっておると聞いたものでの、もしやと思ったがその通りじゃったか」
息を呑む。一瞬、自分が目の前の世界から剥離した感覚に襲われる。しかし、次の瞬間を待たずに口を開く。
「俺みたいな人が他にもいるってこと?」
「そうじゃ、それにその人たちは『違う世界から来た』とか『異世界』だとかよくわからんことを言っているらしいのじゃ、それって本当なのか?」
「え、あ、えっと……」
突然の核心をつく質問に答えが見つからない。今まで考えなかったが、この世界に来人と同じようにして転生した人がいても不自然ではないのだが。この会話のうちに情報が整理できなかったのだ。
頭に熱くぼんやりとした感覚を覚えた。
「よくわかんない」
「『よくわかんない』とはなんじゃ! 自分のことなのになぜ――」
「はいはいごめんごめん、今度話すから」
この回答は相応しいものではなかっただろうが、この場をしのぐことで後々回答を探そうとしたのであろう。来人の方を見ていたサリーはこの会話が終わるとすぐに、紫の髪を大きく回してそっぽを向いてしまった。来人も内心申し訳なく思っていたのは言うまでもないが、そのことよりも自分のこの世界での立場に心揺れていた――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サリーが住む屋敷の門が見えてきた。やはり相当立派な造りだ。純白の塀が広大な敷地を囲う。門の両端には鎧を着た兵士が一人ずつ槍を持って立っている。離れたところにも一人ずつ兵士がいるようだ。
「こんなに広いのか」
「わらわを誰じゃと思っておる!」
サリーの履く黒く硬い靴がいつの間にか舗装された地面にコツコツと音を立てる。この時には既にサリーが先頭を歩いていた。
この屋敷までの道のりは、途中までは街への道だったが、(街の端が近づき始めた)最後の一キロメートル辺りで向かって左の林の中の道に入った。この屋敷の存在に気づかなかったのはその故か。
門の近くまで来た。向かって左側の兵士が槍を持って近づいて来る。
「貴様ら何者だ、姫に近づくな」
そう言ってサリーの隣を歩いていた来人に槍を向ける兵士。
「あぁ、いや、あの、僕たちは……」
「悪い者たちではない、わらわが屋敷に呼んだのじゃ」
「失礼しました、どうぞこちらへ」
槍を下ろし、来人たちを門の中へ案内する。
「ふぅ……」
(マジで焦った)
家出から帰っていたというのに兵士達に困惑の様子がない。
「サリー、相当家出してるんだな」
「うるさい、気にするな」
気に入らなかったのかふてくされた表情をする。
門の前まで来た。兵士が二人掛かりで重厚な門を引いて開ける。
「うわー!」
「マジか……」
思わず言葉を漏らしてしまった。そこには壮大な風景が広がっていた。三階建ての白壁に紫屋根の屋敷。その前には百メートル四方は余裕である庭。屋敷というよりも宮殿のようであった。
「ほら、行くぞ」
サリーは得意げにこう言って、屋敷まで真っ直ぐに続く(幅二十メートル程の)広い道をスタスタと歩き始めた。みなも後に続く。
リエスとスミアは目を輝かせて辺りを見渡す。ミルリスアおばあさんはこの存在を知っていたのであろうか、特に驚いた表情はない。むしろどこか暗い表情にも見えた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大きな扉の前まで来た。さっきの兵士たちが伝達したのか、既に二人の兵士が扉のそばで待機している。サリーを先頭に十段ほどの階段を登り始めると、その兵士たちは扉を開け始めた。
「ようやくお戻りになられましたか姫殿」
執事であろうか、丈の長い年老いた白髪の男が扉の先に立っていた。その(向かって)右隣にはもう一人同じ格好の若い男。
「各部隊に伝えてくれ」
「了解しました」
年老いた執事が若い執事にこう指示すると、若い執事は右の部屋に入って行った。
そして執事は表情を変えないまま続けた。
「姫殿、家出のお話はいつも通りゆっくり聞かせていただきますが、そちらのお連れ様方は」
「わらわを一晩泊めてくれたのじゃ、お礼をせねばならぬ」
淡々とした口調でサリーは答える。執事はここにきてようやく表情を和らげた。
「それはそれは姫殿がお世話になりました。代わりましてお礼をさせていただきます」
執事はゆっくりと一礼した。
「それではご案内いたします」
執事がこう述べると――これを合図としたかのように――右の部屋から金髪のメイド服を着た少女が二人出てきた。
「あっ……」
(本当にいるんだメイド)
来人は思わず声を漏らす。身長は二人ともリエスより少し小さいくらいだ。一人は髪が腰のあたりまで伸び、もう一人は肩くらいの長さだ。その可憐さに、一瞬眼球の動作が鈍くなる。
「どうぞこちらへ」
髪の長いメイドが先導をする。もう一人は全員の後ろに着いた。
屋敷の入り口の正面にある広い階段を登り始める。室内は階段も含めて白基調で統一されている。その中を歩く周囲の人物の動きがより鮮明に伝わってくる。来人は自分の意識が周囲の空間に取り込まれていくように感じた――。