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この異世界は何度目か。  作者: 佐々木ジクス
第一章『突然の異世界』
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1-9 少女の正体

 外からは小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。心が弾むような清々しい朝が来た。来人にとっては三日目の異世界だ。

 来人は重い上半身をゆっくりと起こし、目を擦った。カーテンから漏れる薄い光を頼りに左横で寝ている少女に目をやる。


(あれ……まだ寝てるのかな……)


 霞む目で周囲をハッキリと認識できなかった。水色の布団がシワを作っている。

 すぐに立ち上がり、カーテンを開けた。


「おー、すごいな……」


 思わず声が出てしまうほどの景色だ。窓の外には、左からの陽の光に照らされた一面に広がる草原。街へ向かう道も右に見える。朝露に揺れる様子が鮮明に伝わってくる。


「ふぅ」


 一呼吸置いた来人は後ろを振り返る。


「え! いない!」


 寝ていたはずの少女がいなくなっていた。来人は何も考えず部屋を飛び出し、リビングに向かった。


「あの、女の子がいなくなって……」


 リビングに入ってすぐに状況を理解した。それと同時に固まってしまった。テーブルで少女が朝食をとっている。右隣にはスミア、向かいにはリエスが座って同じく朝食をとっている。ミルリスアおばあさんはキッチンだ。

 すると突然、その少女が話しかけてきた。


「お前か、この変態め!」


 目がはっきりしている。口の中に少し残ったものを気にしながらも、強い口調だった。

 来人がその言葉に反応できないでいると、リエスが続けた。


「ライト、起きたのね、早く着替えて朝ごはん食べな」


 苦笑いをしながらも、来人をかばうようだった。


「あ、うん」


「なに、アイツにも食べさせるのか、何ということだ……」


 リビングから離れて行く間にこんな会話が聞こえてきた。


(なんか、思ってたのと違うな……)


 思わず一人で苦笑いをした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 着替えを終え、リビングに戻った。


「あー、また来たな変態」


 少女は冷たい目線で来人を見た。


「あぁ……あははは……」

(何なんだ一体)


 苦笑いでリエスの隣に座った。いつの間にかミルリスアおばあさんの姿が見えなくなっていた。


「いただきます」


 まだ寝ぼけているのか、他のことを気にせず突然食べ始める来人。


「おい変態」


 明らかに来人を見ている。深い赤紫の虹彩が来人に刺さる。


「はい……」


「わらわが寝ている間に何かしたか」


「いえ、何も」


「本当だな」


「本当ですよ本当!」

(何で敬語になってんだ)


「そうか、ならよい」


 少女はすぐに食べ始めた。

 するとスミアが続けた。


「サリーさんはこの辺りの土地とか管理してる一族のお姫様なんだって!」


 スプーンを口に入れたまま来人は固まった。いろんな情報が一度の入ってきた。スミア、少女、リエスの顔を一回ずつ見た。みな、嘘はついていないようだった。


「えー!!!」


 この一言しか出なかった。


「なんだ、悪いか変態」


「え、いや、お姫様……」


「そういえば、自己紹介がまだだったな、わらわはスミアちゃんが説明してくれた通り、イスタリア家の姫、サリー・イスタリアだ、どうやら変態も最近この家に助けられたそうだな、まあ、とりあえずよろしく」


 さっきとは違う笑顔で話しかけてきた。来人は少し戸惑う。


「僕は猪狩来人、よろしく」


「それだけか、つまらんな」


「いやいや、ていうかスミアより年上なの?」


「うっ……なんでお姫様がこんなところにいるの?とか訊いてくるのかと思ったらなんだその質問は⁉︎ それはスミアちゃんと同じくらいに見えたってことか⁉︎」


 いきなり顔を真っ赤にして椅子から立ち上がった。相変わらず幼い。


「あ、いや……まあ……その……」


「はぐらかすな! わかっておるわ! これでもお前と同じ十六歳なのだぞ‼︎」


「……はあ⁉︎」

(いや嘘だろ、こんな十六歳がいてたまるか、スミアよりよっぽど幼いよな……いや、でもそれにしては意外と胸あるな……)


 この言葉の後、沈黙が続いた。リエスとスミアは笑いを堪えている。


「ライト、余計なこと考えただろ」


「いや、別に……」


「言ってみよ」


「決して意外と胸があるなぁ、なんてことは……」

(あっ……)


 気づいた頃にはもう遅かった。リエスとスミアは――さっきの笑いはどこに行ったのだろうか――何も言わず静かに立ち上がり、片付けを始めた。

 来人は急いで立ち上がり、キッチンのある後ろを振り向いた。弁解を始めようとするが、寝ぼけているせいか言葉が出ない。


「あ、いや、みんなちょっと待って、今のは間違いで……」


 その時、すぐ後ろに小さな気配を感じた。無意識に振り返る。


「バチッ」


「ひぇー!!!」


 思いっきり頬を叩かれた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 来人は自分の部屋に戻っていた。


「ミルリスアさん来てくれて助かった」


 大きなため息とともに、安堵の表情を見せる。

 あの騒動が始まったすぐ後にミルリスアさんがリビングに戻って来たのだ。来人はただ立ち尽くして――ちゃんと目を覚ましなさい程度の――少しの注意を受けたぐらいだったが、サリーは落ち着いてくれた。だが、完全に晴らせたわけではない。

 朝食の片付けが終わってみな部屋に戻って今に至る。サリーはリエスたちの部屋に行ったのだろうか。


(なんか気まずくなっちゃったな……)


 脱力してベッドに座る。そのまま後ろに倒れ、顔を天井に向けた。静かに目を閉じる。


「すぅー、ふぅー」


 大きく一回深呼吸をする。

 ちょうどその時、ドアが開き、リエスが顔を覗かせる。


「あのさ、これからみんなでイスタリア家の屋敷に行くことになったんだけど、ライトも行けるよね?」


「あ、うん。大丈夫だけど、何しに行くの」


「サリーさんがお礼をしたいって」


「あ、なるほどね」


「うん、あと五分くらいで出るから準備できたら来てね」


「わかった、ありがとう」


 こう会話を交わしたが、来人は内心気まずかったのは言うまでもない。ここまでの神経質さに自身も呆れている。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 準備が済み、来人はみなが待つ外に向かった。ミルリスアおばあさんはまだ来ていないようだった。


(そういえばサリーずっとドレス着てるな……)


「サリー、ちゃんと謝ってなかったからここで謝るよ、さっきはほんとごめん」


 立ったまま深く頭を下げた。これが来人にできる謝り方だったのだろう。この行為には、後々後悔したくない気持ちもあったのかもしれない。


「お、お前に呼び捨てしていいなどとは言っておらんが、まあ、そこまで言うなら許してやらなくもない」


 ちょっと焦った様子で顔をそらしながらサリーが返した。


「ライトは抜けてるところあるからね!」


「あはは……」

(言い返せねぇ……)


 スミアの場の空気を気にしない発言。しかし、二人の仲をよりよくしようという考えは読み取れた。


「今度からはちゃんと考えてから話してよね」


「はい、すみません」


 スミアに続いてリエスが場を見越した上での発言をした。

 いつの間にか四人の表情は、いつもの昼前よりも明るくなっていた。


「そういえばライト、昨日、わらわを運んでくれたそうじゃな」


「あ、うん、一応」


 今時の気弱な男子の返事をしてしまう。雰囲気は良くなったものの、そのことによって新たな重圧を噛んんじている。


「あの、なんだ、その、礼を言う、ありがとう」


 サリーは初めて照れくさそうな態度をとった。だが、その赤紫の視線はまっすぐ来人を捉えている。


「うん、ぜんぜんいいよ。そういえばサリー……さん、何であんなところにいたの?」


「んーもう! 別に『さん』はつけなくてよい!」


「そ、そうか、じゃあサリー」


「な、なんじゃ……」


 さっきの話の続きをしようとしたところでミルリスアおばあさんが家から出てきた。


「ごめんよ遅くなって」


「全然大丈夫だよー!」


「それじゃあ行こうか」


 ミルリスアおばあさんの掛け声でみなは歩き出した。勿論、道はサリーの先導だ。

 風が当たると少し肌寒い、そんな快晴の空の下街の方向へと進む。

 サリーの右横に来人がつき、残りの三人はその後ろをついて行く並びだ。

 これから屋敷までの道のりは、とても濃いものとなるのだが――。

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