第8話 庭師さんにお願い
カタツムリ事件から3日後、私はメイドキャサリンに連れられて例の実のような花を見に行くことになりました。
毒々しくとも、わりと食べられそうに見えたつぼみがどんな花なのか興味があります。美味しそうな花でしょうか。食べられないことは分かっていても、見たくなるのが人情です。
そういえば、結局この庭に食べられるものはあるのでしょうか。いえ、食べません。メイドキャサリンと庭師さんが丹精こめて作った庭です。食べません。食べませんよ。でも、知りたくなるのが人情です。はい、ところで人情ってどういう意味でしたっけ。
メイドキャサリンの後ろ頭を見ながら迷います。「ここに食べられる草とか花とか果実とかありますか」と聞いても大丈夫でしょうか。聞くだけならアリな気がします。だって聞くだけです。食べません。食べないんだからきっと大丈夫です。
意を決して口を開いたその瞬間、メイドキャサリンは足を止めました。慌てて止まろうとして舌を噛みそうになりました。大変です。舌を食べてしまったら味がわからなくなります。
「こちらです」
メイドキャサリンの指し示す方向を見れば、見覚えのある毒々しいまだら模様ではなく、真っ白な花がたくさん咲いている木がありました。そういえば、こんな大きさの木でした。登らなくても手が届く範囲に実が生っている木でした。この木は、私の手の届く範囲に花が咲いています。
……もしかしてこれですか。
メイドキャサリンは、私の驚きを見透かしたように言葉を重ねます。
「つぼみのうちと違い、とても綺麗な色ですよね。でも、毒は比べ物にならないほど強力になっているんですよ」
メイドキャサリンは立派に咲いた花を見ながら嬉しそうに笑います。それにしても、見れば見るほど不思議な花です。ちょっと違和感があると思って見てみれば、なんと私の顔よりも大きい花もあれば、私の手のひらよりも小さい花もありました。
「これが全部同じ花なんですよね」
「はい。同じ木から全く大きさの違う花が咲くのが、このティルグの特徴なんです。大きな花からの方がもちろんたくさんの毒が作れますが、小さな花の方がもっと強くて繊細な毒を作ることができます」
要は毒らしいです。食べれません。綺麗ですけど食べれません。残念です。
「本当はもっと魔素の多い場所でないと咲かないんですよ。うちの庭師の腕は最高です」
「もったいないお言葉ッス」
木が喋りました。違います。木の陰にいた人が喋りました。麦藁帽子をかぶったひょろ長い男の人です。手にじょうろを持っています。ハサミも持っています。ザ・庭師って感じです。
「あら、そこにいたんですね」
メイドキャサリンはまったく驚いた様子もなく微笑みました。
「赤ずきん様、こちらが我が家の庭師です」
「はじめましてッス」
庭師さんが深々と頭を下げました。下げた頭がちょうど私の目の前にあります。私も負けじと頭を下げます。私の頭はきっと頭を下げた庭師さんの目にも見える低さになっているでしょう。
「赤ずきんです。はじめましてです」
「よろしくお願いしますッス」
「こちらこそよろしくお願いします」
「………」
「………」
「お二人とも、いつまで頭を下げていらっしゃるんですか?」
私はちょっとだけ目をあげました。頭を下げつつ私を見下ろしている庭師さんと目が合います。私たちはいっせーのせで頭をあげました。引き分けです。やりますね、庭師さん。
メイドキャサリンはあらあらとちょっと首を傾げてから、庭師さんに声をかけました。
「さすがね。とても立派なティルグだわ」
「恐縮ッス」
庭師さんは麦藁帽子の上から頭に手をやります。それにしてもひょろ長いです。というか、大きいです。首をかなり曲げないと顔が見えません。
なんだかよじ登りたくなります。
いけません。ひょろっと細くても木じゃないんです。登るなんてダメです。でも、登りたいです。
ものほしそうに見てしまったのでしょうか、庭師さんが「どうかしたんッスか」と私の前にしゃがみこみました。そして、ああ、とそのまま後ろを向きました。
「どうぞ」
「はい?」
「肩車でもおんぶでも」
私は登りたいのであって、高い所に行きたいわけではありません。おしいです。おしいですが、自力で上まで登りたいのです。
「立ってください」
庭師さんは「あれ?」と私を見てから慌てて立ち上がりました。
「あ、すみませんッス。姪っ子がよくやりたがってたもんで、てっきり……」
もう、私は自分を抑えきれません。肩車でもおんぶでもいいならよじ登るのだってきっといいんです。許してくれます。
「動かないでください」
「え、うわっ」
私はがしっとしがみつきぐんぐんと登ります。さすがに木とは違うので頂点はすぐだと思いきや、微妙に体勢が変わったり動いたりされて登りにくいです。燃えます。
「え、ちょ、ええっ!?」
ぐい、と腕の力で自分を引き上げ、たどり着きました。はたから見たらただの肩車でも、決して同じではありません。これは私が自分の力でつかみ取った肩車です。
達成の余韻に浸る私に「おめでとうございます」とメイドキャサリンが祝福してくれました。庭師さんはまだ変な声を出しながらも、私の体を支えてくれます。
いつもよりもずっと高い位置からの風景は最高です。ティルグも、いっそう綺麗に見えました。
食べられないことだけが、本当に残念です。