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第31話 強者と弱者

 どうしてここにと言われても、私だって知りたいですとしか返しようがありません。困ってしまった私の前に、お母さんがスプーンを差し出したので思わずパクリ。……幸せです。

「母上、私の話を聞いていますかっ!」

「聞いてるわ―」

 どうやら、私に向けられた疑問ではないようです。ならいいかとあーんと口を開いてプリンを催促します。お母さんはうふふと笑ってまたスプーンを差し出してくれます。

「赤ずきんも! 君が牢屋から逃げ出したと聞いてそもそも連れて来られていると知らなかった私がどれだけ心配したかっ! 母上に捕まったと聞いてこうして来て見ればこのありさまだなんて私を馬鹿にしているのか!」

「心配してくださったんですか?」

 思わず聞き返すと、狼さんは一瞬硬直し、「ああ、したとも!」と半ば怒っているような口調で言いました。嬉しいです。心配なんて村にいたころからあまりされた覚えがありません。

「ありがとうございます」

「……っ」

 素直に喜んでいると、スプーンを置いたお母さんの手が私をギュッと抱きしめました。

「やっぱり可愛いわぁ―」

 むぐ、と顔を胸に押しつけられます。狼さんと違う、胸についている柔らかさがちょっと苦しいです。あとなんでか照れくさい感じがします。落ち着きません。

「母上……赤ずきんを離してください。私たちはすぐにでも帰ろうと思います」

「お話は終わったのー?」

「平行線でしたが、一応」

「そうなのー。じゃあ、レガスに見つからないうちに帰った方がいいかもしれないわねー」

 そう言いながらもお母さんは私を離しません。ちょっと真面目に苦しくなってきました。手足をばたつかせますがびくともしません。

 ふと、嫌な気配を感じました。

 狼さんとお母さんが揃ってその人に気付いたのでしょう。静かになった部屋の中で絨毯の柔らかさにも消えきらない靴の音が聞こえました。

「俺がどうかしたか」

 低い、固い岩のような声が聞こえてきました。思わず、魔力を少し強めます。身の危険を感じる冷たい声です。確か、先ほど狼さんと話していた声です。そういえば、この声は牢屋で聞いた偉そうな人のものと同じです。あのときは毛布で視界を遮っていたから、今はお母さんに抱きしめられているせいでその姿を確認できません。離してくださいー、という声も胸の谷間にむぐむぐと消えます。

「父上……!」

「ほぅ……さきほどは分からなかったが、それなりに魔力はありそうだな。さぁカーティム、さっさと食べろ」

 一瞬、体がこわばりました。じわじわと押し寄せてくる感覚は恐怖に似ています。

「父上、私は食べる気はないと一体何度言えば分かるのですか」

「ならば、俺が食べよう」

「……赤ずきんは私のものです」

「食べない赤ずきんに何の意味がある。第一、食べないのであれば、お前に譲る意味もない」

「あなたから譲られた覚えはありません。私はお婆様から赤ずきんを譲り受けたのです。どうするか決める権利は私にある」


「お前は、赤ずきんの価値を分かっていない。

 赤ずきんは、食べたものの力を飛躍的に高める。

 愛玩動物ではないのだ。赤ずきんは、我々の力を高めるための――」


「そんなことは知っています!」

 お母さんの腕から力が抜けました。自然に顔が狼さんたちの方へ向きます。狼さんのお父さんは、狼さんによく似た顔立ちでした。でも、狼さんよりずっと怖い顔をしています。狼さんはそんなお父さんを厳しい目で睨みつけていました。

「私は赤ずきんを食べません」

「情が移ったか」

「なんとでも。赤ずきんの所有者は私です。食べるかどうか決めるのも私だ。勝手な行動は父上いえど許しません」

「許さない? どう許さないと言うんだ。お前は我が一族の中でも『弱い』。直系でありながらその弱さ。それを補うべく義母上はお前に赤ずきんを残したのだろうに。しかも、食にうつつを抜かしたおろか者でありながら、その『食』を拒絶するなど……グッ」

 ぼうっ、と話を聞いていた私の横でブン、と風を切る音がしました。同時に、狼さんのお父さんが顔の前に手を出したまま動かなくなりました。

「あなたー。あんまりカーティをいじめると、わたくし怒りますよー」

 硬直したお父さんの手からポロリと落ちたのは、さきほどまで私がプリンを食べるのに使っていたスプーンです。

 お父さんの手からダラリと血が滴り落ちました。

「弱い、だなんて。あなただってそう変わらないじゃないですかー。それなのにそんなこと言うなんてひどいわー」

 お父さんの額に汗がにじみました。狼さんも固まって動きません。

「それに見て下さいな、この赤ずきんちゃんを」

 そう言って、私を抱き上げたまま立ち上がります。や、あのちょっと、ものすごく離れたいですが動けません。動いちゃいけない気がするのです。

「可愛いでしょー。こんなに可愛い子を食べろだなんて、そんなのひどいわー。第一、カーティがすぐに食べなかった時点で、もう情が移るのなんて決まってたようなものじゃないのー。カーティは優しい子なんだものー。その優しさを誇りこそすれ、そんな蔑むような言い方する人なんてー………そんなの、私の旦那さまじゃないわぁ―」

 すす、とお母さんはお父さんに寄ってその頬をなでました。なんでしょう、怖いです。冷や汗が滲んできました。

 分かることが一つあります。

 このお母さん、強いです。さっきまで気付きませんでしたが、おそらく私を含めたこの部屋にいる誰よりも強いです。きっとお客様よりも強いでしょう。

 ぞっとするような殺気に背筋をなでられているような感覚。でもこの殺気が私に向けられていないだけマシです。お父さんの殺気なんて比べ物になりません。

 さきほどまでの強気な態度はどこに行ったのか。狼さんのお父さんの顔は真っ青でした。

「ルミナス、俺が悪かった……」

「もう、カーティのこといじめないー?」

「あ、ああ。約束する」

「ならいいのよー」

 コロっと殺気が消えました。ようやくまともに息が吐ける空間になった気がします。とはいえ、先ほどの印象は強烈過ぎました。はい、と狼さんに渡された私ごと、狼さんはじわじわとお母さんから距離を取ります。

「ええと、母上、父上の用件も済んだようなので私たちはこれで失礼しようかと……」

「えー、レガスも、いじめないって約束してくれたんだものー。もう一晩くらい泊まっていきなさいよー。ママ、寂しいわー」

 拗ねたような甘えたような声ですが、さきほどの殺気の後では命令にしか聞こえません。

「で、では一晩だけ」

「ゆっくりしていってねー」

 ひきつった笑みを浮かべながら狼さんはお母さんに背を向けないように後退し、部屋を飛び出しました。

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