第30話 餌付けお断り
「着いたわ―」
女の人が手を伸ばすと同時に、光が目に差し込んできました。ぼんやりとしている間に、通路から普通の部屋に出てきていました。ゆったりとしたソファのある、落ち着いた部屋です。
女の人は私を抱きかかえたまま机の上に置かれていた鈴を鳴らしました。するとすぐにメイドさんが現れました。メイドキャサリン以外のメイドさんです。珍しいです。
「プリンあったじゃないー? 持ってきてくれるかしらー」
「かしこまりました……あの」
メイドさん2が不思議そうに私に目を止めます。私もメイドさん2を見ます。メイドキャサリンの着ている服と似ていますが、こちらの方が色々飾りが付いています。スカートも長い気がします。メイドさんにも色々いるんですね。
「この子が赤ずきんちゃんよー。もう探さなくても大丈夫ーって、他の子たちに伝えてくれるかしらー」
「はい、では失礼いたします」
メイドさん2が頭を下げて去っていくと、女の人は私を抱きかかえたままソファに腰をおろしました。女の人に抱きしめられることはあまりないので落ち着きません。なんだか柔らかいです。
「あの」
「そうだわー。赤ずきんちゃん、ごめんねー。目が覚めたとき驚いたでしょー。あの人も牢屋になんかいれることないのにねー。女の子なのに可哀そうにねー」
よしよしと頭をなでられます。
「プリン食べたらカーティのところに連れて行ってあげるわ―。今はレガスとお話してるから、終わったらねー」
「狼さんここにいるんですか!?」
「狼さん? 狼さんはいっぱいいるわよー。わたくしもワーウルフだもの。狼さんよー」
さりげなくこの女性の種族が発覚しました。
「あ、いえそうじゃなくて、ええと、カーティムさんここにいるんですか?」
「いるわよー。ここは、カーティの家だものー」
なんだか混乱してきました。首をかしげる私の頭を女の人は頭巾越しにまたなでます。
「赤ずきんちゃんはカーティのなのにねぇー。いくらお父さんだからって、成人した子供に口出しするのはよくないと思うのよー」
「……お父さん」
そういえば、狼さんは父上に呼び出されたと言ってどこかに行ったのです。それがここだというならここにいるのがその父上、つまりお父さんということでそのお父さんの奥さんであるこの人はもしかすると。
「カーティムさんのお母さんですか?」
「そうよー」
にこにこと肯定されます。うわぁ。狼さんのお母さんです。道理でちょっと似てる気がしました。でも、お母さんにしてはずいぶんお若いです。お姉さんと言われた方が納得できます。
「狼、じゃなくてカーティムさんにお世話になってる赤ずきんです。ご飯いっぱい食べさせてもらってます美味しいです」
「礼儀正しい子ねー。ご飯がおいしいのはいいことよねー」
まったくもってその通りです。
「お待たせいたしました」
「ありがとうー」
そうこうしているうちにメイドさん2がぷりんとやらを持ってきたようです。置かれたお皿の上には、やっぱり見覚えのないお菓子が乗っています。ぷるぷると震えている様子にオルテさんを思い出しました。思わず頭を振って記憶から追い払います。すみません、オルテさん。オルテさんはあまり美味しそうとは思えないのです。オルテさんを頭から振りはらって改めてぷりんを見ました。美味しそうです。甘そうな匂いがします。
「ほーら、赤ずきんちゃん、プリンよー」
はい、あーん。とぷりんとやらを掬ったスプーンを差し出されました。思わずぱくりとくわえます。
「………っおいしいですっ!」
口の中でとろけるような絶妙なハーモニーです。幸せです。
「よかったわねー。はい、もう一口いかが?」
「何口でもいただきます!」
「いただきますじゃない!!」
唐突に開いた扉とともに、とても覚えのある大声が鼓膜に響きました。ドン、と机につかれる手に、ぷりんの乗ったお皿がカチャリと音をたてました。
「どうして赤ずきんがここにいて――母上の膝の上でプリンを食べてるんだ!」
狼さん、再登場です。