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第28話 脱走中

 気配が二つ近づいてきます。

「赤ずきんはどうしている」

「食事を取った後、眠ったようです」

 牢屋の隅にあった毛布にくるまる私を見ているのでしょう。先ほどの見張りの人とは別にもうひとつ気配があります。

「ふん、まるでただの人間の子供だな。これに情を移すなど、愚かなことだ」

「……お優しい方ですから」

「優しさではない。弱さだ。必要なものと不必要なものを分けられない。まったく、俺の息子だとは思えないな」

「………」

「ルミナスの耳に入ると厄介だ。まったく、あいつが食べないのであれば俺が食べてしまいたいくらいだというのに」

 ガシャン、と柵が揺れる音がしました。

「まぁいい。続けて見張りをするように」

「かしこまりました」

 二人の足音が遠ざかっていくのを確認して、ぷは、と息を吐き出しました。ああ、なんだかドキドキしました。一体なんだったのでしょうか、さっきの偉そうなの。話の内容もよくわかりませんでしたし。

 まぁ、なんにせよ近くから気配が消えたこのタイミングがチャンスです。

 意識を集中して、魔力を強めていきます。集まった魔素を支配、そして魔素を組みあげていきます。予定していた形に魔素が組み上がればあとは発動のために一言。

「破壊」

 爆発音とともに壁に穴が開きます。破片が飛び散りますが、余った魔素でくみ上げた防御壁のおかげで無傷です。完璧です。

 さて、脱獄です。



 まず厨房へ向かいます。どうやって見つけたのか、というのは愚問です。私の鼻を持ってすれば食糧が集まってる場所を見つけるなんて簡単なことです!

 きょろきょろとあたりを見渡します。日ごろの行いがいいからでしょう。人がいません。今のうちにお腹にめいっぱいつめこみます。お料理はありませんでしたが、素材の味というのはなかなか捨てがたいものがあるのです。ハム、チーズ、パン、お野菜。あ、全部一緒に食べても美味しそうです。

「な、なんだいったい!」

 一心不乱に食べていたため、気付くのが遅れました。白い服に身を包んだ人が私を見て茫然としています。その声を聞いて、人が集まってくる気配がしました。これはいけません。見つかったら牢屋に戻される気がひしひしとするのです。

 私はメイドキャサリンに作ってもらったポケットに手当たり次第食べ物を詰め込みました。パンしか持ちだせなかった前の私とは違うのです!

「ど、泥棒!?」

 う、と思わず手を止めました。そういえばここは狼さんの家ではないのです。勝手に食べ物を持っていったら泥棒になってしまいます。でも、待ってください。ここのお屋敷の人は私を勝手にここに連れてきました。拉致です。誘拐です。いけないことです。いけないこと同士でチャラにするってことでいいのではないでしょうか。

 迷いが消えたところで、未だ茫然としていた白い服の人の横をすり抜け走りだしました。「逃げたぞ!」「追え!」「いったいなんだあの子供はっ」追い掛けてくる声と足音はどんどん数を増します。厨房を探している間も思ったのですが、このお屋敷は狼さんのお屋敷と違って人がすごく多いです。あっちこっちにいて逃げ回るのも一苦労です。

 なんとか撒いて、生き物の気配を感じない部屋へ飛び込みます。

「あっちに行ったぞ!」

「待て、こっちにはもういない!」

「向こうの方へ行ったという目撃情報が――」

 どたばたと騒がしい物音がします。まったく、大の大人がそろっていたいけな子供を追いかけまわすなんて、ひどい話です。

 ここでこうしていても見つかるのは時間の問題でしょう。はてさてどうしたものか。

 ひとまずこの部屋に隠れる場所でもないかと見回しましました。洋服がたくさんあります。ドレスってやつでしょうか。長くて大きいです。他にもいろいろあります。どうやら服と服の間とか、隠れる場所は結構ありそうです。

 まぁ、扉から離れた位置に隠れたほうがいいでしょう。適当な場所を探して服を持ち上げたりしていると、奥の方に取っ手のようなものが見えました。

 取っ手、つまり扉があるということです。

 服を適当によけて取っ手を引いてみます。動きません。押してみます。動きません。

 ちょっと考えて横に押してみました。ビンゴです。扉の向こうにはちょっとした空間が広がっていそうです。隠れるにはちょうどよさそうです。私は中に体を滑り込ませ、扉の隙間から服を元の通りに戻して、なるべく扉が隠れるように直しました。完璧です。

 そう、っと扉を閉じて辺りを見渡しました。明かりがないため、暗いです。さきほどの部屋には太陽の光が入ってきていましたが、ここは窓がないのか暗闇です。手探りでちょっと動いてみますが、思ったより広い空間のようです。

「……まぁ、そんなに明るくしなきゃ大丈夫ですよね」

 魔力を強め、魔素を集めます。ほんの少しでいいのです。

「光を」

 ポウ、とほのかに辺りが明るくなりました。この程度なら、扉の隙間から光が漏れる心配もないでしょう。

 改めて周りを見ると、閉じられた空間だと思っていたのですが通路がいくつか見えます。むしろ、ここが通路の一部のようです。通路でも空間でも人気がなければ問題ありません。私は一息つくことにしました。

「やれやれ、です」

 久しぶりに魔術を使いました。狼さんの屋敷では使う機会も特にありませんが、村にいたころはご飯のために毎日のように使っていました。先生にもしごかれましたし。なにもしなくてもご飯が出てくる生活は本当に素晴らしいです。

 そんな生活に戻るためにも、狼さんの屋敷に戻らなくてはいけません。

 でも、このお屋敷から狼さんのお屋敷までの道のりが分からないんですよね。見張りさんが丸一日とか言ってましたから、目で見える距離ではないでしょうし。道を聞いて教えてくれる人がいるとは思えませんし、困りました。

 ひとまずこのお屋敷から出ることを優先して考えるべきでしょうか。でも、魔界で迷子になるっていうのは結構大変なことの予感がします。魔物は人間よりも基本的に強いですし、戦って勝てない相手も多そうですし、狼さんの屋敷に戻る前に野垂れ死にとかごめんですし、他の魔物のご飯になるのも嫌です。

 連れてきたのはお客様らしいですけど、いったい何を考えているのでしょうか。前に会った時は私を食べる気満々のようでしたが、私を気絶させた割に齧りもせずに連れてきて放置です。意味がわかりません。

 うんうん唸っていると近くに誰かの気配を感じました。慌てて隠れる場所を探そうとして、すでに隠れていることを思い出しました。落ち着くのです、私。

 さっきの服がたくさんある部屋に誰か来たようです。私を探しに来たのでしょうか。気配は一つだけのようです。声が聞こえてきますが、独り言と言うにも意味をなしていません。鼻歌、でしょうか。

 もうちょっと動いてから休憩すればよかったと思っても手遅れです。下手に身動きするよりはと私はじっと息をひそめました。

 しかし、その甲斐はまったくありませんでした。

 ガラリ、という音とともに先ほどの扉が開かれました。そしてばっちり化粧をした女性がにこやかに、私に手を振りました。

「みーつけた」

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