第27話 目が覚めるとそこは
狼さんが家出、もとい帰省してから早3日が経ちました。
暇を持て余していた侵入者さんは散歩と言って出て行ってから消息不明。オルテさんは何となく憂鬱そうに出たり引っ込んだりわめいたり黙ったりと忙しく、メイドキャサリンはいつも通りキビキビと働いていて、庭師さんはマイペースに植物のお世話。
誰も私の相手をしてくれません。寂しいです。
寂しいので、広い庭を散策していました。庭師さんの暇な時間に色々聞いていたので、今では庭の植物の半分を知っています。今日は、その植物の中でもまっ先に覚えた食中花を見に行っていました。虫を捕まえて食べようとするのですが、魔界の虫はなかなかしぶとくて、お食事のたびに死闘を繰り広げるのです。手に汗握ります。
食事時以外は見てくれも悪くないし、害虫を駆除してくれるんで結構魔界ではどの家でも植えてるんスよ、とは庭師さんの言葉です。
そして今日も死闘の末勝利を収めた食虫花の姿をこの目に収め、さて次は何をしようかと屋敷への道をわざと遠回りしながら進んでいた時のことです。
ざわり、と音すら立てて空気が変わった気がしました。嫌な予感がして、思わず臨戦態勢を取ろうとしたその刹那――首に衝撃を受け、私は気を失ったのでした。
気が付くと冷たくて固い場所に寝転がっていました。薄暗いですし、見回すとまるでこれは噂に聞く牢屋のようです。石の壁と金属の柵で囲まれた空間です。
ここはどこなのでしょうか。
とりあえず柵まで近寄って握ってみました。冷たいです。固いです。
ためしに力こめて見ました。びくともしません。
困りました。
柵と柵の間に首を突っ込んでみます。通りません。
横向きに右手、右肩、と頑張ってみました。通りません。
困りました。
念のため左手、左肩、と頑張ってみます。通りません。
困りました。
ふと、下を見ると柵と床の間にちょっと隙間があります。
床に寝そべってほっぺたを床にこすりつけたままズリっ、と隙間に進んでみます。通りません。右手、右肩、と頑張ってみます。こちらは結構いけそうですが、やっぱり頭が通りません。
困っていると足音がカツン、カツンと聞こえてきました。誰か来るようです。立ちあがろうとしましたが、どこかつっかえてしまったようで動けません。動けないのは仕方ないのでじっとしているとカッチリとした服を着た男の人が来ました。その手にあるのは、ご飯の載ったお盆です。ご飯です。
「……なにをしている」
「ここから出ようと頑張っています」
男の人は軽くため息をつきました。
「……それで、その格好か」
男の人は手に持っていたご飯を床に置くと、柵と床の間でつっかえている私の体をぐい、と押しました。ほっぺたと床が擦れて痛かったですが、動けるようになりました。やれやれ。
「無駄な努力をするな」
「じゃあ出してください。あとついでにそのご飯欲しいです」
「出すことはできない。これはもとより君のものだから渡そう」
柵の下の方の隙間からスッとご飯を差し入れてくれました。ひとまず脱出をあきらめてご飯タイムです。私の腹時計では……今は、晩御飯の時間ですね。おかしいです。私の記憶ではお昼ご飯を食べたばかりなのに。それだけ気絶していたということでしょうか。
「あの、ここはどこでふか」
「食べ物は飲みこんでから話せ」
狼さんのようなことを気にする方ですね。言葉通りにしっかり噛んで飲みこんでもう一度口を開きました。
「ここはどこですか?」
「牢屋だ」
私の推測は当たっていたようです。でも聞きたいのはそこじゃありません。
「狼さんのお屋敷の中ですか?」
「確かに、主は狼――ワーウルフのお方だ」
「ああ、じゃあここは狼さんのお屋敷なんですね。はじめまして、ここでお世話になって結構経ちました赤ずきんです」
「君は今日初めてここに来たと思う」
あれ?
「ここは狼さんのお屋敷なんですよね?」
「私が推測するに、君の言うお方と私の主は別人なのだろう」
つまり、ここは狼さんのお屋敷ではない、と。
あれー?
「じゃあ、ここはどこなんですか?」
「牢屋だ」
それはもう聞きました。
「そうじゃなくて、ええとええと、狼さん、えと、カーティスさん?のお屋敷からどれくらい離れてるんですか?」
「カーティスという人物に聞き覚えはない」
ええー。
狼さんの名前ってカーティスじゃありませんでしたっけ? それっぽい名前だったと思うのですが。
「しかし、それによく似た響きの名前を持つ人物、カーティム様なら知っている」
「あ、それです。たぶん」
カーティムです。カーティムさんです。たぶん。
「カーティム様は、主のご子息だ。カーティム様が住んでらっしゃる屋敷までは私の足で丸一日というところだろう」
大の大人の男の人の足で丸1日、ということは結構な距離です。
「あの、私ここまで歩いてきた覚えがないのですが」
歩いたとしても、2日はかかりそうな距離だと思います。ものすごく頑張っても半日はかかると思います。どちらにしても腹時計と計算が合いません。
「君はファラ様に連れられてきた。あの方なら、半日かかるまい」
ファラ様。
ファラ、聞き覚えがあります。すぐに出てきませんが覚えがあるのです。でも嫌な感覚しかしません。思い出したくありません。忘れたままでいたいです。
でも、思い出さない方が怖いです。
ファラ。確か、狼さんがそう呼んでいた人がいました。侵入者さんはファーと呼んでいました。そしては私は「お客様」と確か読んでいました。
そうです。ファラ。私を食べようとした人です。
とりあえず体中をぺたぺた触ってみます。とりあえず傷もありません。どこも欠けていません。
食べられてはいないようです。
「あの、なんでお客様は私を連れてきたんですか?」
「お客様?」
「ええと、ファラさんです」
「さぁ。俺は君を見張れと言われているだけだ」
困りました。とりあえず腹ごしらえをします。腹が減っては戦ができないのです。
戦うことになるう予感もしますし、やっぱりご飯です。
座り込んでまずスープに口を付けました。
……ぬるいです。
パンをかじってみました。
……固いです。
最近、メイドキャサリンの美味しいご飯ばかり食べていたのですっかり舌が肥えてしまったようです。贅沢な人間になってしまいました。どんなものでもおいしいとは思います。でもメイドキャサリンのご飯が恋しくなってしまうのです。
「はぁ……おかわりお願いします」
「あるわけないだろ」
「ええっ!」
そんな、少ないです。狼さんに食べさせてもらう量の半分もありません。確かに村にいたときはこれくらいしかもらえなかったことも多いですけど、満足いくまで食べに食べ続けた日々の結果広がった胃が、これじゃあ足りないと嘆いているのです。
グー。グー。……グゥ。キュウ。
「聞こえますか、私の嘆きが!」
「子供には十分すぎる量だったはずなんだが……」
不十分です。全然足りません。
「しかし、ないものはない」
そう言いきって去っていこうとする牢屋さん。ひどいです。ひどすぎます。
「ご飯ー!」
「次の飯の時間まで寝てろ」
私は、心を決めました。
脱獄です。