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第26話 そしてまた

 コンコンコン!

「ただいま帰りました、狼さん!」

 元気よく、帰りましたの挨拶です。ここ数日部屋に閉じこもっていた狼さんですが、今日ばかりは私をちゃんと迎えてくれました。

「なんで窓から来るんだ!」

「それより狼さん、来てください。狼さんに食べられる物を捕ってきたのです」

「……食べられるもの? それよりも赤ずきん、臭うぞ」

 侵入者さんに運ばれる以外の移動手段がなかったので、仕方ないのです。服がちょっと汚れたことについてはメイドキャサリンに心をこめて謝罪する所存なのです。

 それよりも。

「いいから来てくださいー」

 ぐいぐいと狼さんの腕を引きます。狼さんは部屋から出ることを躊躇っていたようですが、素直に出てきてくれました。

「来て、ってどこに――こ、この悪臭は……」

 風に乗る臭いに気付いたのでしょう。狼さんの顔が歪みました。

「………赤ずきん、なにをとってきた」

「オルテの心配がない食材です!」

「沼地の匂いがするんだが……」

「洗う場所がなかったのです」

 てへ、ちょっと失敗です。と笑うと狼さんの顔が引きつりだしました。

「――まさか」

 またたく間に地上に降り立つ狼さん、素早すぎます。私はそんなに急げません。

 バルコニーから身を乗り出し、排水管やら窓枠のでっぱりやらを辿ってようやく地上に辿りついた頃、狼さんの絶叫が聞こえてきました。



 お風呂に入ってすっきりさっぱりです。

「まだ沼臭さが取れていない気がする……」

「気のせいだって」

 私が到着したとき、狼さんは人魚さんを頭からずっぽりと被っていました。まるで狼さんが人魚さんに食べられたかのような光景でしたが、すぐに狼さんは人魚さんのお腹を破って出てきました。

 そしてその結果、色々なものにまみれる結果となったわけです。

「にしてもなんで食わないんだよ。もうそろそろ腐り始めてるぞ」

「僕は美食家であって、珍味好きじゃない!」

 ドラドラなんとかは珍味だったようです。

「狼さんが食べないなら私が」

「食べるな!」

「だって、狼さんが食べないんだったら私が食べないともったいないじゃないですか」

 珍味、バッチコイです。

「だからって泥にまみれた腐りかけてるかもしれないものを食べようと考えるんじゃない! 魔物が食べて平気なものでも君が大丈夫とは限らないんだ! ああもう……頭が痛い」

 むぅ、確かに。お腹は丈夫なほうだと自負していますが、あれだけ毒のある魚のいた沼の泥です。確かに、私の内臓も耐えきれないかもしれません。

 我慢です。

「カーティ、まるで赤ずきんの母親みたいだ。保護者さんは大変だなぁ」

 うなだれる私の横で、侵入者さんがけらけらと笑い出しました。

「他人事のように……それというのもジグザ、君のせいなんだぞ!」

「いやいや待てよ、俺はカーティのことを思ってだな」

 狼さんと侵入者さんが話しこみ始めたので、のんびりごろんとソファに転がります。

「こら、だらしない格好をするんじゃない!」

 狼さん、目ざとく注意してきます。でも、元気になったようでなによりです。メイドキャサリンが説得してくれたのかオルテさんも姿を見せませんし、久しぶりにゆったりとした空気が流れてします。疲れもあってうとうとしてきました。

 眠いです……はっ、今ちょっと寝てました。いや、寝ません。久しぶりの狼さんです。それにまだ夕食も食べてないんです。寝るなんてそんなもったいないことをするわけには。

「赤ずきん、眠いのか?」

「寝るならちゃんとベットに行きなさい。風邪をひいたらどうするんだ」

 だって、体が重くて、動かないのです。

「赤ずきん様、どうかなさったのですか?」

「いや、眠ってしまっているようだ。キャサリン、毛布を」

「はい、ただ今」

「にしても、寝入るの早いなー」

 侵入者さんに、言われたくないのです……。

 ふわっとした感触で体を包まれました。毛布です。気持ちよさ倍増です。ますます眠りの国へれっつごーです。

「ご苦労、キャサリン」

「いえ、それよりもジグザ様、赤ずきん様を、外にお連れになったのですよね」

「ああ、連れてったけど」

「どこか様子がおかしかったり、辛そうだったりしませんでしたか?」

「赤ずきんが? いや、そんなことはなかったけど、どうしてだ?」

「ないならよいのですが……赤ずきん様は人間でいらっしゃいますし、その、魔界の毒気に当てられていないかと」

「その心配はもっともだ。ジグザ、本当に何もなかったんだろうな?」

「なかった、と、思う。そうか、赤ずきん人間だもんな。忘れてた――なんか、あんまり人間って気がしなくて」

 ………侵入者さんは、ボケがはじまっているに違いありません。

 私は、人間です。

「君は赤ずきんと仲良くしているからね。我々と同じ姿をしているし、意識しなくなるのも分からなくないが、我々よりも遥かに弱い生き物だ。気をつけてくれよ」

「ああ」

 頭を、柔らかくなでられました。暖かくて、優しい感触です。

「そういえばカーティ様、郵便が届いています。ご実家の方から」

「実家から?」

 手が離れて、少し残念です。

「なんて書いてあるんだ、カーティ」

「……話があるから帰って来いと。なんなんだいきなり。お婆さんの遺産の件ならもう一通り話は付いたはずだろうに――ってうわぁ!」

 苛立たしげ声と――そして、絶叫が聞こえてきました。

「なななななななななななななんでそういえばお前っ!」

 あまりの大声に眠気が飛びました。起き上がると、狼さんの足元に落ちた紙――おそらく、先ほどまで読んでいた手紙に、ここ数日で見慣れた唇がくっついていました。

『だって、ダーリンに会いたくて……我慢できなくなっちゃった。きゃ! ごめんね、キャサリン!』

「まぁ……」

 困ったようにキャサリンが頬に手を当てました。狼さんはオルテさんからじりじりと距離をとりをとりつつメイドキャサリンに早口でまくしたてます。

「まぁじゃないだろうまぁじゃない! そうだこれから私は外出する、父上からの呼び出しだ子としてこれに答えないわけにもいかないだろう今から出かけるから夕食はいらない帰るまでしばらくかかるかもしれないが気にしないでくれ、では行って来る!」

 言いきるや否や窓に駆け寄りますが、オルテさんが窓際にバッと出現しました。狼さんは怯んで立ち止りましたが椅子をつかみ、窓に力いっぱい投げます。もちろん、派手な音とガラスを飛び散らせながら窓は割れます。オルテさんの悲鳴も聞こえてきます。阿鼻叫喚です。狼さんは手当たり次第物を投げつけ、そしてようやく空いた人一人分の隙間から飛び出して行きました。

 ……後に残ったのは、すさまじい惨状です。狼さん、すばらしい逃げっぷりでした。なりふり構わずとはまさしくこのことでしょう。

「そこまでして逃げるか……」

『ひどい、ご主人様ぁー』

 呆れたように散らかった部屋を見る侵入者さん、嘆くオルテさん、片付けることを考えてか頭を押さえてひそかにため息をメイドキャサリン。

 それぞれを見ながら、私もメイドキャサリンと同じようにため息です。

 やれやれ。

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