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第25話 大人の事情

 外に出てはいけない――そう言われた記憶が確かにあります。

 でも、私は今、明らかに狼さんのお家の外にいます。

「あの、侵入者さん」

「ジグザな」

「ここは、どこでしょうか」

 見渡す限りの密林です。快適な温度の保たれていた狼さんの家とは違って、蒸し暑いです。

「どこって……さぁ?」

 侵入者さんは、首をかしげました。

「カーティの家から全速力でちょっと走ったところ?」

 あまりにもそのまま過ぎます。来る途中、もっと周囲を確認しておくべきでした。侵入者さんの走る早さに目を回してしまうなんて、不覚です。

「何をしにここに来たんですか?」

「言っただろ、カーティに食わせるもの捕りに来たんだよ。確か、このあたりにいたはずなんだ――ゲドマドラドナが」

 ゲドラドナド…ええと。

「すみません、もう一回お願いします」

「ゲドマドラドナを捕りに来たんだよ。一回でわからないのか? 赤ずきんは馬鹿だなぁ」

 馬鹿じゃありません。馬鹿は自分で自分のことを馬鹿だと思った瞬間に真性の馬鹿になるんだって、先生が言ってました。だからって、馬鹿じゃないと思いこんでる奴はもっと馬鹿だけど……って、あれ、どっちにしても馬鹿なのでしょうか?

 私が首をひねっている間にも侵入者さんはすたすたと歩き出してしまいまうので、私は頑張って跡を追います。

 サバイバル能力にはちょっとした自信があったのですが、さすがにどこを見渡しても毒だらけの魔界でサバイバルしていく自信はありません。おいて行かれたら多分帰れません。私はまだ、死にたくはないのです。今日もメイドキャサリンの作る晩御飯を食べたいのです。

「ゲドマドラドナは、お前の指から俺の指くらいの大きさの魚だ。結構前、あれを踊り食いするのが流行ってた気がする」

 踊り食い――つまり、生きているものをそのまま口に入れる、ということです。お腹の中で暴れられる感覚は何ともいえず不思議でした。先生に、子供は食べ物をよく噛んで飲み込まないといけないと注意されてからはしっかり噛んでから飲み込んでいます。でも狼さんは大人なので飲み込むのも噛むのも自由自在です!

「なるほど、それならオルテさんの心配がないですね!」

「そういうこと」

 すごいです、と拍手すると侵入者さんはにやり、と笑いました。わー、悪者っぽいです。

「ただ、ゲドマドラドナの生息地には厄介なのがいてな」

「厄介?」

「ゲドマドラドナを主食にしてる『沼地の人魚』だ」

 人魚、聞いたことがあります。むしろ、絵でなら見たことがあります。村長さんの家の本棚の奥にこっそりと並んでいた魔界生き物図鑑に載っていました。上半身裸で、下半身が魚の女の人の形をしていました。先生に、なんで上半身は人間なのに服を着てないのですか、と聞いたら、大人の事情です、と言われたことを思い出します。

「大人の事情で、服が着れないんですよね」

「は? いや、服は確かに着てないが大人の事情とかいうわけの分かんないものは関係ないと思う……」

 あれ、先生でも間違うことがあるのでしょうか。珍しいです。



 侵入者さんが足を止めたそこは、大きな沼の前でした。いかにもドロッとしていそうです。雰囲気的に底なしと見ました。

「いきなり出るてくるから気を付けろよ」

 侵入者さんはそう注意しながらも気を付けるそぶりもなく沼に近づきました。私も恐る恐る近づくと、意外とドロっとしていないことが分かりました。底の方はドロっとしていますが、水面近くは魚を見ることができる程度に澄んでいます。

「……美味しそうです」

「魔界の生き物は毒を持ってるやつの方が多いんだからむやみに食うなよー」

 残念です。

「っと、見つけた」

 侵入者さんが目にもとまらぬ速さで水面をけると、その勢いで魚が数匹地面に落ちました。お見事です。

「いいか、赤ずきん。この斑なのは触ると痺れる。この黄色いのは触ると毒がまわる。この線が入っているのは食うと死ぬ」

 魔界にはこんな物騒な魚しかいないのでしょうか。

「で、この目の周りが白くて全体的に透明なのがゲドマドラドナだ。食える。ただ、死んだら腐るのが早くて腐ったのを食うとだいたい死ぬ」

 なるほど、踊り食いなら腐る前に食べられるというわけですね。

「覚えました。頑張ります」

「頑張らなくていいから、俺が捕った魚をなんとか生け捕りにしてまとめといてくれ」

 生け捕り?

 そういえば確かに生け捕りじゃないと意味ないです。でも。

「えと、どうやってですか?」

 魚を生きたまま持ち帰るにはバケツとか水を入れられる容器が必要なのですが。

 首をかしげて侵入者さんを見上げると、侵入者さんは空を見上げました。

「……そういえば、どうしような」

 考えていなかったようです。

「ここは一度戻ってなにかバケツっぽいものを持ってきた方がいいのではないでしょうか」

「でも面倒だしなぁ……」

 とはいえ、手づかみで持って帰っても魚がちゃんと生きているかは怪しいと思うのです。

「仕方ないか……」

 侵入者さんが沼地に背を向けました。どうやら私の意見を採用してもらえるようです。ちょっと迷ってゲドマドラド……ラ?を手で掴みました。一応持って帰ってみて、生きていたら水で洗って食べようと思ったのです。

 そして、侵入者さんのそばへ行こうと振り返ったその時でした――沼からソレが現れたのは。

「あっ……!」

 危ないと、声をかける間もありませんでした。侵入者さんよりも2倍はありそうな大きさの巨大なトカゲ?らしき生き物が、鋭い牙をむき出して侵入者さんに襲い掛かったのです。

 そして――。

 文字通り、あっ……!っと言う間でした。まさしく瞬殺でした。沼から現れた、巨大なトカゲに似た生き物は現れた次の習慣には侵入者さんによって倒れていました。沼に浮かんだ白い腹からは、トカゲよりもずいぶんの人のもに似た手足がついています。

「人魚だな。やっぱり出たか」

「え、こちらが人魚さんなんですか!?」

 私の知っている人魚さんとは親戚とすら思えません。

「……女の人っぽくないです」

「は? いや、雌か雄かなんて知らねーけど、ってまた!」

 続いて二匹目の登場です。今度は先ほどの人魚?よりも大分大きいです。それなりに大きな沼だとは思いますが、こんなに大きい体では狭くないのでしょうか。それとも、底なしだからそれなりのスペースがあるのでしょうか。

「あー、もう、うぜぇ!」

 侵入者さんが顔をしかめながら応戦します。私には見えない速さの拳や蹴りでダメージを与えていきます。今までの侵入者さんと行動で予想は付いていましたが、肉弾戦が得意なようです。いかにも狼さんは苦手そうです。

 派手な水音とともに二匹目が倒れました。咄嗟に魔素を集めて壁を作ります。沼の水の匂いはあまりよくありません。服に着いてしまうと困ります。ついでに、しぶきとともに飛んできた毒もちの魚もはじきます。毒に触れるのはもっとよくありません。

 ちなみに戦っていた侵入者さんはもろにしぶきを浴びてしまったようで頭のてっぺんからつま先までちょっと沼色に染まっています。

「……ちくしょう」

 侵入者さんはいらだち紛れに人魚さん2号のお腹を力いっぱい蹴りつけました。あまりの勢いに沼近くの気に叩きつけられた人魚さん2号から、おそらく人魚さん2号が食べていたのでしょう、見覚えのある魚がビチビチと飛び出してきました。どうやら丸呑み派みたいです。まだ消化されていなかったようで動いています。

 ――これは。

「侵入者さん、私、名案を思い付きました」

 沼色に染まった服を脱ぎながら、侵入者さんが私の方を見ました。

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