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第24話 ひらめいた!

 私たちの分とは別にされていた狼さん用のお茶とお菓子の載ったお盆をえいや、と持ち上げました。ぐらり、とふらつきました。思った以上に重いです。

 なんとか持ち直そうと足を踏ん張った途端、重さが消えました。踏ん張った分の力が余ってそのままの勢いで倒れこみそうになりましたが、背中を支えられて持ち直しました。

 見上げれば侵入者さんが片手で私を支え、片手で私が持ち上げていたはずのお盆を軽々と持っていました。

「危ないから、お前は持つのはやめとけ」

 でも、狼さんのもとにお茶とお菓子を運びたいのです。

 むぅ、と唇を突きだして手を出すと、侵入者さんは少しの間の後、私の手をぎゅ、と握りました。

「違います! 手をつないでほしいんじゃありません!」

「えー、だってお前渡したら割りそうだし、俺の手で我慢しとけよ」

 つないだ手の暖かさに惑わされたりしません!

「私が運ぶんですー!」

 ふさがってない方の手でも要求すると、侵入者さんはちょっと考えてから私の手を放し、お盆の上からクッキーの載ったお皿を私に差し出しました。

「これだけ持っとけ。ティーポットとかはよりは危なくないし」

「ありがとうございます」

 美味しそうな匂いにたらり、と口元からなにやら消化を促す液体がこぼれそうになりますが、我慢我慢。これは狼さんに運ぶクッキーです。

 でも……食べてくれるでしょうか。

 ただ持って行ってもきっと食べてくれないでしょう。今の狼さんは怯えるあまり、疑いの心が強くなっているのです。

「扉をぶち破って、無理やり口にいれるか……でも死ぬ気で吐き出しそうな気がする」

「同感です」

 侵入者さんと一緒に悩みながら言葉少なく歩いているうちに狼さんの寝室に到着です。

 まずは侵入者さんがコン、コン、コン、とノックをしました。

「おい、カーティ! 食え!」

 簡潔です。

「………」

 対する狼さん、無言です。

「狼さん、美味しいクッキーですよ」

 見えないことを承知で、高く掲げます。ついでにドアと壁の間の、向こう側が見えないほどしかない隙間に近寄ります。ちょっとでもこの素晴らしい匂いが届けと願いを込めて。

「………」

 ダメです。狼さん、無言です。

「このクッキー、とても美味しいです。サクっとした食感もほのかな甘みもいつも通り完璧ですが、今回はさらになんと、ちょっと酸っぱめも果物が練り込まれているんです。酸っぱさと甘さが絶妙なバランスで、もはやこれは神技と言っても過言ではありません。お茶も狼さんが好きだと言っていた……名前は忘れちゃいましたが、とても手に入れるのに苦労すると言っていた一品をキャサリンが頑張って仕入れてきてくれたのです」

「………」

「お茶が冷めちゃいますよ、これを冷めるまで放置するなんて、美味しいものへの冒涜です!」

「どうせ……」

 暗い、としか表現できないとても憂鬱そうな声が聞こえてきました。間違いありません、3日ぶりの狼さんの声です。

「どうせ、そのクッキーも、お茶も、あの化け物のお手付きなんだろ……」

「違います! オルテさんに手はありません!」

「赤ずきん、否定するポイントが違うだろ、それは……」

 侵入者さんの言葉に、これじゃあ根本的に否定になってないことに気が付きました。慌ててオルテさんにはずっと別室にいてもらったことを伝えましたが狼さんは再びうんともすんとも言わなくなってしまいました。失敗です。

「……狼さんー」

 無言です。

「狼さん、出てきてくださいよ……狼さん」

 無言です。無視です。

 ……ちょっと泣きそうです。

「ふえっ……っく」

「……え」

 扉の向こうから、ちょっとだけ狼さんの声が聞こえました。でも、やっぱり何も言ってくれません。

 ますますこみ上げてくる涙をこらえようと頑張っていると、侵入者さんが私の耳元で囁きました。

「赤ずきん、その調子だ。もっと泣け。カーティは女の涙に弱いから出てくるかも」

 お前、一応は女だし。と、侵入者さんから泣くことを応援されてしまいました。むぅ、一応ではなく立派に可愛い女の子です。なんだか失礼です。

 と、こんなことを考えていると涙が完全に引っ込んでしまいます。何か悲しいことでも思い浮かべなければ。悲しいこと悲しいこと悲しいこと……お腹がすくのは、とても悲しいです。

 そういえば、狼さんきっとお腹がすいています。お腹が空いているととても切ない気持になります。生きることを放棄してるも同然だから、そうなるのでしょうか。きっとそうです、だって食べないと死んでしまうのです。

 狼さんもこのままだと死んでしまいます。餓死です。きっと辛くて苦しいです。私は狼さんには幸せでいてほしいです。私に幸せを沢山くれたから。そんな狼さんが辛くて苦しい思いをして、死んでしまうかと思うと、いなくなってしまうかと思うと、悲しいです。

「う…うー…ひっく……うえ」

 よしその調子だと侵入者さんが拳を握りしめて無言で応援してくれます。でもそれどころじゃありません。どんどん悲しい気持ちになってきました。そろそろマジ泣きしそうです。

 このまま狼さんが出てこないで餓死してしまったら、いったいどうしましょう。私はどうすればいいのでしょう。狼さんがいなくなるなんて嫌です。それに狼さんがいなくなったら私がここにいる意味がありません。しかもそんなことになったら村が――。

 ……とまで考えて――名案を思い付きました!

 涙をぬぐって、もう一度狼さんのドアを叩きます。

「狼さん、狼さん、オルテさんが絶対に取りついてないものがあります、食べて下さい!」

「………な、なんだ」

 戸惑ったような狼さんの返答がありました。私の横にいる侵入者さんも口を開きます。

「絶対って、そんなのあるのか?」

「はい、私です!」

 侵入者さんが虚を突かれたように固まりました。こころなし、扉の向こうからも凍りついたな空気を感じます。

 そうでしょう、思いつかなかったでしょう、何を隠そう、私もたった今気が付いたばかりです。お二人が気が付かなかったことに気が付いたことにちょっと得意になってしまいます。

 ここ数日忘れかけていましたが、私は狼さんに食べられるためにここにいるのですし、狼さんが亡くなってしまったら村が大変です。ここはいっちょ、がぶりとやってもらう場面ではないでしょうか。

 どきどきと高なる胸を抑えつつ今度こそと不安と期待を込めてドアを見上げていると、扉の向こうから固い声が聞こえてきました。

「………断る」

「え……」

 断られてしまいました。名案だと思ったのに、これ以上ないほどの名案だと思ったのに……。

 うなだれると、侵入者さんの手が降ってきて頭に置かれました。慰めてくれているようです。でもごめんなさい、自分で言っておきながらちょっぴり……ほんの、ほんのちょっぴりですよ。ちょっぴりですけど――安心してるかもしれません。

「赤ずきん、お前って本当によくわからない奴だけど、それはアリだわ」

「ジグザ」

 相変わらず固い調子の声が部屋から聞こえました。

「安心しろ、カーティ。別にこいつを食べろっていうわけじゃない思い出したんだよ。ああいう実体をもつ憑依型は生きているものには取りつけないってことを」

 そうです。生きとし生けるものはすべからく大なり小なり魔力を持っています。魔力は周囲の魔素を引きつけ、自分の身を守るために使われるのです。それを意図的に行うことができるのが魔物と、そして魔力を操る能力を身につけた人間――魔法使いなのです。

 なのに、魔法使いのことを魔物だなんだと言う無知な愚か者は頭蓋骨をはがして正しい知識を脳みそに直接教えこみたくなるね、とは村に立ち寄ったちょっと無謀すぎる旅人さんにお仕置きしながらの先生の言葉です。

 オルテさんが魔力を持った存在に取りつけば、おそらくその方の持つ魔力によってオルテさんは存在するための魔素がコントロールできなくなるでしょう。ですから、生きているものにオルテさんが取りつくことは不可能なのです。

 侵入者さんはドアの横に持っていたお盆を置きました。そして私の持っていたクッキーのお皿も載せて、そのまま私に向かって背を向けてしゃがみ込みました。

 このポーズは……あ、思い出しました。おんぶです。

 そういえば、前におんぶをしてもらったのはいつでしょう。庭師さんに肩車をしてもらったことは記憶に新しいですが、おんぶはとても久しぶりな気がします。おぶさってもいいのでしょうか、おぶさりたくなってきました。ちょっとドキドキです。

 じっと見ていると侵入者さんが「ほら」と促すように声を掛けてくれたので遠慮なくえいや、とおぶさりました。侵入者さんが立ち上がると視界がぐん、と上がります。お腹も苦しくなくて快適です。楽しいです。

「カーティ、赤ずきん連れてちょっと出掛けてくるわ。お前でも食えるものとってきてやるから、楽しみに待ってろ」

「おい、ちょっと待――」

 狼さんが何やら言い掛けたようですが、侵入者さんは無視して窓を開け放ち飛びだしました。

 ちなみにここは3階です。

 浮遊感を感じながら、私はもしかして選択を間違えたのかもしれないと思いました。でも、次の瞬間にはもう景色が飛ぶように過ぎ去って見覚えのない場所にいたので、気にしないことにしました。

 過去は振り返らない主義なのです。

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