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第23話 ただいま80%オフ

「狼さん、狼さん、朝ごはんですよ」

「………」


「狼さん、狼さん、お昼ごはんですよ」

「………」


「狼さん、狼さん、おやつですよ」

「………」


「狼さん、狼さん、晩ごはんですよ」

「………」



「狼さん、狼さん……お願いですから、出てきてください」

「………」



 狼さんが寝室にひきこもってから、3日が経ちました。




「このままでは狼さんが餓死してしまいます」

「こいつを追い出せば済む話だろ」

『『『なんですって! こんなかよわいあたしを追い出そうっていうの!? この薄情者!』』』

 侵入者さんの座るソファ一杯に現れたオルテさんが一斉に叫びました。はい。このオルテさんが問題です。オルテさんを弁護したい気持ちは山々なのですが。

「でも狼さん、オルテさんを怖がって部屋から一歩も出てきてくれないんです」

 部屋中に魔力で支配した魔素を集めて、オルテさんが現れることのできないようにしているのです。たかが部屋一つ分とはいえ、その空間を飽和状態にするほどの魔素を集める魔力を放ち続けるなんて、かなりの重労働です。

 しかも、それをおそらくは飲まず食わず、休みなしで行っているのです。

「お前、カーティを殺す気か」

『そ、そんなつもりはないわよっ! っていうかあたしだって驚いてるんだからね、ご主人様にこんなに……奥手だなんてっ!』

「……は?」

 オルテさんは、今日も絶好調です。

『ま、ちょっと焦りすぎたのは認めるわよ。……それにしても、キスしただけであたしと顔を合わせられなくなるなんて……キャッ、かわいい!』

 うえ、と侵入者さんが口元を押さえました。

「その思考はポジティブを通り越して異常だろ」

『あら、嫉妬? あーやだやだ見苦しいわね、ご主人様が私にメロメロきゅん(はーと)だからって』

「お前マジキモい」

『なんですって、あたしのどこがキモいっていうのよ!』

「嫌がられてることも分からない単細胞だわ、見た目は不気味だわ、叩いても叩いても消えないわで、最悪じゃねーか。台所にいる茶色い虫のほうがまだマシだ!」

『誰がよ!?』

「お前だよ!」

 オルテさんは狼さんが大好きです。でも、狼さんはオルテさんが大の苦手になってしまったようです。なかなかうまくいかないものですね。

 人と人の関係っていうのは、難しいものだね……と疲れきった顔で時期村長のサティ様が言っていたことが思い出されます。ごく潰しが、身の程を知れ、とよく私に向かって怒鳴っていた村長とは違って人間関係に板挟みになってしまう優しい人でした。

「とにかく、狼さんにせめてご飯くらいは食べてもらいたいです」

 食事は生きる基本です。

「待てよ、絶対こいつ追い出した方が早いって。つか、食事よりも睡眠とってないみたいだし、そっちの方がやばいだろ」

「え、でも私は3日くらいなら寝なくてもなんとかなりますけど、3日ご飯を食べられなかったら……」

 ……生きる希望を失いそうです。きっと絶望と渇望に気が狂います。

「いや、そんな暗い顔すんなよ。まーでも確かに、こいつを追い出す方法が屋敷をぶっ壊す以外に俺に思いつけない以上、そっちの方が手っ取り早いかもな」

 どこかで聞いたことがあるような計画です。オルテさんとともに、私も狼さんもメイドキャサリンも侵入者さん自身も追い出されちゃう計画です。

 あ、でもそうですよ。狼さんも出てくることになるわけで……ひょっとして名案では。

「いくらなんでも婆さんの遺産のこの屋敷をぶっ壊すわけにもいかないしな」

 それは残念です。

「でもどうしましょう。普通の食事だと、オルテさんを警戒して食べてくれないのです」

 それは、すでに数回試し済みです。もちろん狼さんが食べてくれなかった食事は、最初は私の胃に、次は、侵入者さんの胃に、そしてその次は私の胃に…というように無駄にはなることはありませんでした。しかし、満足感とともに、寂しさがこみ上げてきました。

 どれだけ行儀が悪くても、狼さんが怒鳴りつけてくることも、ナプキンを投げてくることも、肩を落とすこともない……侵入者さんとひそかに争うだけの食事は、狼さんというスパイスがなくほんのちょっぴりさびしくて……そう、200%中80%オフ! という感じなのです。

 ちなみに、メイドキャサリンのご飯をお腹いっぱい食べれることができるという時点で120%は確実にくりあーです。

「みなさま、お茶の準備ができました」

 噂をすればメイドキャサリンの美味しいクッキーの匂いです。いつも通りにてきぱきとテーブルに並べられます。おいしそうです。

 並べられたティーカップは二人分、オルテさんは基本的に飲み食いをしないので、私と侵入者さんの分だけです。狼さんの分が並べられていないこの光景を見慣れつつあります。

「あの、狼さんの分は?」

「これをお召し上がりになられたら持ってまいりますので……」

 はい、と元気よく手を挙げました。

「今回も行きます」

 狼さんがご飯を食べなくなってからの日課?です。メイドキャサリンにくっついて狼さんにご飯の素晴らしさを説きにいくのです。今日こそは食べてもらえるように頑張ります!

「キャサリン、今回は俺も行くから」

 初めて侵入者さんが同行を申し出ました。

「オルテのこと見張っといてくれ」

『ちょ、行かないわよ! ご主人様が飢え死にしちゃうのは私だって本意じゃないわ!』

「どうだか……」

 オルテさんは増えますが、増えることのできる範囲は限定されるのです。つまり、今この部屋にオルテさんが100人くらいいようと、1人しかいなかろうと、オルテさんが現れることができるのはこの部屋の近くだけであって、ちょっと離れている狼さんの部屋には現れることができないのです。

 とはいえ、オルテさんは神出鬼没です。オルテさんがその気になればオルテさんに触れることすら空気をつかむように難しいことなのです。それなのに見張っていても何の意味もないように思えますが、そこは侵入者さんの一言。

「お前、この部屋から離れたらどっかの悪魔に頼んで消滅させるからな」

『はいはい、分かってるわよ!』

 どっかの悪魔さんになら、オルテさんを消滅させることは簡単らしいです。オルテさんを作った方も悪魔さんのようですし、いったい悪魔さんはどんな能力を持っているのでしょう。ちょっと興味をそそられます。

「侵入者さん、そろそろ行きましょうか」

 2人が口論してる間に、クッキーの最後の一枚を食べ終えました。お茶を飲み終え、準備万端です。

「……おい、赤ずきん、お前俺の分のクッキーも食べただろ。あと、俺はジグザだ」

 オルテさんと口論しながらも絶妙のタイミングで口に運んでいたかと思えば数までカウントしてらっしゃったようです。意外とみみっちいです、侵入者さん。

「食べましたね」

 嘘はついちゃいけないので正直に答えるとげんこつを頭に押しつけられて、ぐり、ぐり、ぐりとねじこむように動かされました。痛いです。

 頭を抱えて痛みに耐える私をいつかのように持ち上げ、侵入者さんは台所へ向かいました。

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