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第22話 呪いは解けた

 食後のお茶の時間です。侵入者さんはご機嫌で狼さんにもらったお酒を撫でています。そしてそんな侵入者さんを、狼さんは距離を取って不気味そうに眺めています。

「よくそんな得体のしれない呪いのかかっていた酒を飲もうと思えるね」

「馬鹿だな、酒に罪はないんだよ」

 お茶と一緒に出してもらったクッキーをかじりながら、私はあの方のことを考えていました。

「赤ずきん、ぼろぼろ欠片が落ちているじゃないか。行儀が悪い」

 こんなときでも狼さんはマナーにうるさいです。でも、落とした欠片がもったいないので、つまんで口に入れながら次から気をつけようと誓いました。

「こら、床に落としたものまで食べない! ああもう、せっかく一度完璧にマナーを身につけたのに、ジグザが来てからまた悪化してるじゃないか」

 狼さんは侵入者さんを睨みましたが、侵入者さんはお酒を眺めたまま聞き流しています。その瓶に張り付いていた唇を思い出し、うーんとまた考えます。

「……あの方は、どこに行ってしまったんでしょう」

 考えても分からないことは聞くにかぎります。

「どこに行ったも何も……」

 狼さんはふと、言葉を切りました。

「いや……そうだな、私たちにはもう会えない場所、かな」

「そうか? そうとも限らないっていうか、その可能性は低いと思うけど」

 どこかしんみりと狼さんが言ったのに対し、侵入者さんは笑いながら反対のことを言いました。

「いや、まぁ、そうだな。逢えないとも限らないかもな」

 狼さんはそんな侵入者さんに咎めるような視線を送り、珍しく食後だというのにクッキーに手を伸ばしました。まるで何かを誤魔化そうとしているかのように、「ああ、やっぱりキャサリンのクッキーは美味しい」と呟きます。

 そして私の不思議そうな視線から逃れるように目をそらし、二枚目に口をつけた瞬間――

 ちゅ。

 と、聞きなれない音が響きました。

 よく見ると、クッキーから飛び出た分厚いピンクの唇が、狼さんの唇にくっついています。

「―――っ!!!」

「あ」

 どうやらちゃんとここにいたようです。いきなり姿を消してしまったので、どこに行ったんだろうと考えてしまいました。

 その分厚い唇から舌を出しぺろっと狼さんの唇を舐めました。

「う、うわーっ!!」

 狼さんがクッキーを放り投げて悲鳴を上げます。私はしっかりとそのクッキーをキャッチしました。感動の再会です。

「よかった、また会えましたね」

『ええ、ありがとう。おかげであたしも封印から解放されて自由の身になれたわ!』

 ふふ、と少し懐かしく感じる低く男性のものとしか思えない声に女性の口調。そして微笑む唇からは先ほどまでなかったはずの白い歯が覗いています。

「歯が、舌も……!」

『ええ、封印が解けたおかげよ。力がみなぎってるわ……あなたには本当に感謝してる』

「そんな、私なんて何もしていません」

『ううん、お礼を言わせて。ありがとう……』

 突然、ガタガタガタと音が響きました。狼さんが椅子を蹴飛ばし、つまづいた音のようです。いったい狼さんはどうしたというのでしょうか。それより今は、目の前の方に言わなければならないことがあるのです。

「あの、名前考えたんです。すごく考えたんです。あの――オルテ、はどうでしょうか」

『なによ、それ。まんまじゃない』

 怒ったような言葉とは裏腹に、その口調はとても柔らかいです。

「でも、似てると思ったんです。オルテールは、見えない果物のお酒です。あなたも、本当の姿は見えない方です」

 オルテさんを見ていればわかります。オルテさんの本体は私たちのように、ちゃんとした体ではないのです。魔力そのものがオルテさんなのです。そしてその魔力で魔素をほんの少し集めて、実体として目に見えるようになったのが私たちの見ているオルテさんなのです。

 それは、オルテールにとてもよく似ていると思うのです。

「ダメでしょうか……」

『ダメなんて言ってない……気に入ったわ』

 ちゅ、と私のほっぺたにオルテさんの唇が触れました。

『本当に、ありがとう』

 嬉しくて顔が勝手に笑ってしまいます。笑い合う私たちの間に、がちゃり、と何かが壊れた音が聞こえました。見ると、狼さんの近くの花瓶が倒れています。

 あれ? 狼さん、いつの間にあんな所まで行ったのでしょうか。まるで今にも部屋を出ようとしているかのようです。

 私と、オルテさんの視線を感じたのか、狼さんがこちらを向きました。まるで信じられないものを見るような目をしています。

「な、な、なんで……」

 狼さんは、壁際まで下がり、口を覆いながら言葉にならない声を漏らしています。顔から血の気が引いて真っ青です。

 一方、侵入者さんも涙目でした。お腹を抱えてひーひーと笑いが止まらないようです。なにがそんなに楽しいのでしょうか。

「お、お前さ、解呪、勘違いしてたろ」

「え、あ、まさか――」

 狼さんは目を見開きました。

 ところで、オルテさんという存在を魔力石とあのお酒に分けて魔術で封印し、一定条件のもとでしか行動できないようにしたのが、オルテさんにかけられた呪いの正体です。つまり、呪いを解くということはオルテさんの存在を解放することにほかなりません。意思あるものを封じ込めた呪いはそういうものだと先生に習いました。だから、考えなしに解呪をしたりしてはいけないよ、その存在そのものを消せるわけじゃないんだから、面白いことになってしまうかもしれないからね、と。

 ああ、今日は先生のことをよく思い出します。先生、私は先生が教えてくれたことをちゃんと覚えてましたよ。考えなしに解呪したりしませんでしたよ。

『ご主人様にも本当に感謝しているの。あたしを解放することを選んでくれて、本当にありがとう』

 私の手の中から、オルテさんが声をあげました。

「い、いや」

 狼さんは頬に汗をたらしながら、あらぬ方を向いて答えました。

『封印が解けて本当にうれしい……でもね、ご主人様に私を飲んでもらえなかったことが残念……ご主人様の口の中を通ってその体の中まで入れたらどんな感じだったのかしら……』

 う、と狼さんが口元を押さえます。

『ううん、でも、今からでもそれは遅くないわよね。自由になれたからこそ、今度は自分の意思であなたの中へ飛び込んでいきたいの!』

 まるであの青いお酒のように青ざめた狼さんは、口元を押さえながらぶんぶんと首を振りました。

 そして、私は見ました。狼さんのちょうど耳元の辺りの壁からにゅ、と私の手の中にあるクッキーと同じようにオルテさんが現れるのを。

『だからお願い。あたしを』

 耳元から聞こえるオルテさんの声に気づき、狼さんがひ、と固まりました。そんな狼さんを囲むように壁にぶわ、とオルテさんが――増えました。



『あたしを――食・べ・て』



 声にならない叫び声が、聞こえた気がしました。

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