第21話 お酒は大人になってから
「で、どうするよ」
解呪の鍵である飴玉もどきが私のお腹の中に収まってしまったので、作戦会議を開始です。
「そもそも、鍵はどうやって使うものだったんだ?」
使いようによっては私のお腹の中にあっても何となるのではと侵入者さんが尋ねます。狼さんは目を閉じてうーんと考え込みました。
「…………………思い出せない」
「お前なぁ……いっそ、本人に聞いてみるか?」
もしかしたら知ってるかも、と侵入者さんが提案します。他に手も思いつきません。名案だと思います。賛成です、と手を挙げた私の横で、狼さんは顔を引きつらせました。
「誰が聞くんだ」
「お前以外の誰がいるんだよ」
「君も、赤ずきんもいるだろう」
「俺たちの話を、『あれ』が聞くと思うか?」
あれ、と指でさした先には、『いい加減無視すんのやめなさいよーっ!』と金切り声……とは言えない雄たけびをあげるゲテモノさんがいます。とてもご機嫌斜めです。
「………」
狼さんは絶対に嫌だと首を振りました。
「別にいいけどな。ここ、お前の部屋だし、俺達には別に問題ないし」
侵入者さんは本当にどうでもよさそうです。
「……いっそ、この部屋ごと消滅させるか」
ぽつり、と狼さんが呟きました。
「おいおい、ここって婆様の形見でもあるんだろ、勝手にぶっ壊していいのか?」
「よくはない、よくはないが……あんな、あんな私の美意識に反するものが私の屋敷の中にあるなんて耐えられない……っ!」
狼さんは床をにらみます。屋敷ごとゲテモノさんを倒すか、本気で考えているようです。
………。
………。
………。
時々、ゲテモノさんの野次が入りつつも沈黙が続きます。狼さんはまだ考えています。考え込んでいます。はい。真剣に考えています。
はい、暇です。
狼さんの邪魔をしないように、侵入者さんに目を向けます。侵入者さんは眠そうに欠伸を噛み殺していましたが、私の視線にすぐに気付いてくれました。
そして侵入者さんは私の頬をむに、と掴みました。
「………」
私もぐに、と掴み返します。そうすると、もう一方もぐに、と掴まれたのでさらにむぎゅ、と掴みます。
「………」
痛いです。
「……君たちは何を遊んでいるんだ」
狼さんを待っていたのです。遊んでいたわけではありません。暇をつぶしていたのです。
狼さんの声と同時に私も侵入者さんもお互い手を外しました。ひりひりします。狼さんはなにやら腹を立てた様子で、侵入者さんに詰め寄りました。
「元はと言えば君達が『あれ』を起こしたのが原因だろう! 私以外の者が動かさなければ発動しない呪いだったんだ!」
「そんでお前は何にも気づかずにうまいうまいって、『あれ』を飲むことになったわけだ」
狼さんは黙りこみました。
「感謝されてもいいと思うなー俺達。で、行くのか? 行かないのか? そろそろ昼飯食いに行きたいんだけど」
「………」
狼さんは、きっと私がご飯抜きと言われた時にこんな顔をしたんだろうと思えるような顔をしました。でも、結局狼さんはご飯を食べさせてくれたのです。
私はよし、と覚悟を決めました。
「私が行ってきます」
「赤ずきん……」
もしかしたら、飴玉もどきを飲みこんだ私が近付いたりすることで効果があるかもしれません。無断で狼さんの部屋に入ってしまったことへのごめんなさいも込めて、とりあえず挑戦してみることにしました。
「ダメもとでがんばります」
「ありがとう、ありがとう赤ずきん……」
こんなに嬉しそうな狼さん、初めて見ました。ここで頑張れば狼さんが隠している他の食べ物を分けてくれるかも、とちょっと下心を持ってしまいます。ごめんなさい、私はいけない子です。でも美味しいものは大好きです。どんとこいです。
「では、行ってきます」
すたたたたた、と一気に部屋の中まで走りました。綺麗な青に染まる瓶に浮かぶ、ピンク色の唇がプルプル震えています。
『ふん、今更何の用よ! さんざんあたしをのけ者にしておいて!』
ゲテモノさんはすっかりいじけていました。とにかく話を聞いてもらうことが先決です。
「ゲテモノさん、話を聞いてください!」
『誰がゲテモノよ!!』
あれ、ゲテモノさんじゃありませんでしたっけ。
部屋の外で侵入者さんが大笑いしているのが聞こえます。
『なによなによ、さっきからあたしをのけ者にしたあげく、ゲテモノ呼ばわりするなんて……あんまりだわっ!』
「すみません、ゲ、ではなく、えっと、もうそんな風に呼ばないので許してください」
『今更言っても遅いわよ!』
ますます怒ってしまわれたようです。でも私は諦めません。
それにしてもなぜゲテモノさんと呼ぶと怒るのでしょうか。村にいたころ、トカゲや蛇を食べる私を見て、よくそんなゲテモノが食べられるね、君からすればそれはゲテモノでもなんでもないのだろうけど、他の人にもそれを求めてはいけないよ、特に私にはね、と先生が顔をしかめていたことを思い出します。
ゲテモノと呼ばれるものは一般的に人から受け入れられないものです。嫌う人も多いでしょう。ですが、それなりに面白く美味しい味をしているのです。勇気がいるのは最初の一口だけなのです。
さすがにプルプルとした唇にしか見えないゲテモノさんを食べる――いいえ、飲むのはいまだかつてないほどの勇気が必要になるかもしれません。しかし、そういうところもゲテモノと呼ばれるものと同じです。
……どう考えてもぴったりな名前にしか思えなくなってきました。でも、ゲテモノさんが嫌なら仕方がありません。人……いえ、相手が嫌がることをするのはいけないことなのです。はい。
「それに、のけ者にしていたわけではないですよ」
『嘘つき! あたしを一人にしてあんたたちだけでコソコソ喋ってたじゃない!』
「でも、ずっとみんなであなたのことを話していたんです」
ふと、そっぽ向いていた唇がこちらを向きます。え、という形に開かれた唇が慌てたようにまたぷい、と横を向きました。
『え……ど、どうせあたしの悪口でも言ってたんでしょ?』
ちょっと怒ってる口調ではなくなった気がします。
脈ありです。もう一頑張りです。
「呪いを解いて、あなたを解放しようってずっと話していたんです。本当です」
ゲテモノさんがびっくりして唇を開いたまま固まりました。
確かに、ちょっとゲテモノさんの呼びかけを無視したりしていましたが、それもこれもゲテモノさんをどうするかについてずっと話していたためです。はい、どこにも間違いはありません。真実です。
『……本、当?』
ゲテモノさんの唇がプルプル震えています。
『ご主人さま、あたしを解放してくれるの……?』
こちらの様子をうかがっていた狼さんは突然話を振られて体をビクつかせましたが、視線をあさっての方向に向けつつ「ああ、そうだ」となんとか返答しました。
『ああ……こんな、こんなことって……』
声から抑えきれない喜びが伝わってきます。ゲテモノさんも、私も、みんなそれぞれが嬉しいことと思うことが一致するなんて、すごくすごくいいことです。
はい、問題ありません。とてもいいことです。
「でもどうやって解けばいいのか分からなくて……わかりますか?」
ゲテモノさんは信じられない、とでも言いたげに唇を閉じては開きを繰り返していましたが、ようやく意を決したように唇を開きました。
『封印の鍵になってる、魔力石があるの、知ってる?』
「はい」
今現在私のお腹の中にあります。
『その魔力石に、このお酒を垂らすの。それで封印が解けるわ』
「………」
魔力石に、お酒を、ですか。
そういえば、お酒だったんですね、この飲み物。先生にお酒は大人になってから飲まないと背は伸びないし健康によくないしでいいことないんだから、飲んではいけないよ、もし飲んだら最後の一滴まで吐き出させるからそのつもりでいなさい、と言われたことを思い出します。
魔力石にお酒を垂らす、ということなら飲んでしまうのが一番手っ取り早いのですが……先生は有言実行の人でした。不言実行の人でもありました。とにかく一度言ったことは本当にやる人でした。
うーん。
「皆様、どうかされたのですか?」
考え込んでいると、扉の方から声がかかりました。メイドキャサリンです。そういえばもうお昼の時間です。まさかお昼の時間を忘れてしまうなんて、自分で自分にビックリです。しかもメイドキャサリンと、お昼にはちゃんと食堂に行くと約束をしていたのに……一生の不覚です。
メイドキャサリンは扉の向こうの狼さんや侵入者さん、そして私、最後にゲテモノさんに目を止め、こちらへ近づいてきました。
「ごめんなさい、約束を破ってしまいました……」
「お気になさらないでください。仕方のない状況だったのでしょう……何か私に出来ることはありますか?」
よければ話してください、とメイドキャサリンは微笑みました。
説明を終えると、メイドキャサリンはお任せください、と言ってゲテモノさんを持ち上げて、踵を返しました。メイドキャサリンが扉の近くを通る時に狼さんの押し殺した悲鳴が聞こえました。
メイドキャサリンの後を追いかけてたどり着いた先は台所です。
「少々お待ちくださいね」
そう言ってゲテモノさんをコトリと置くと、メイドキャサリンはなにやら準備を始めました。辺りには既に出来上がっている料理の匂いがしています。うっとりです。
『状況がいまいち飲み込めないんだけど、どうなってるの?』
「実はですね」
かくかくしかじかと私のお腹の中に封印の鍵である魔力石があることを伝えました。馬鹿にされました。とても馬鹿にされました。ひどいです。
『じゃあ、あんたがぐいっとあたしを飲んでくれれば済む話じゃない!』
「そういうわけにもいかないのです。子供ですから」
子供はお酒を飲んではいけないのです。一滴たりともだめなのです。
「大丈夫ですから、少々お待ちください」
お互いに唇を尖らせた私たちに、メイドキャサリンが笑いかけます。場の空気がなごみます。さすがメイドキャサリンです。
『……あのさ』
「はい、なんでしょうかゲテモノさん」
『だから、誰がゲテモノだってのよ!』
あれ、ゲテモノさんじゃありませんでしたっけ。そう言えばそう言っていた気がします。でも、それならなんと呼べばいいのでしょう。
「……プルプルさん」
『なんか嫌。あんたネーミングセンスないのね。……ここで、名乗れればいいんだけど、あたし、名前ないのよ』
「そうなんですか?」
『あたしを作った悪魔がつけてくれなかったから。……ゲテモノとかプルプルじゃない、マシな名前を付けてくれるなら、あんたにまかせてもいいかなって思うんだけど……どう?』
照れたような口調で、プルプルさんでもゲテモノさんでもない唇が私の返事を待ちます。
もちろん、返事は決まっているのです。
『ありがとう……嬉しい。あたし、ようやく自分の名前が持てるのね』
そして私たちが無事に食事を終えた後、メイドキャサリンはデザートを持ってきました。
「カーティム様、一応確認しておきたいのですが、あのオルテールの呪を解いても本当によいのですね?」
「え……ああ、もちろんだ」
オルテールとは、さきほどのお酒のことらしいです。食事しながら、狼さんの侵入者さんが話してくれました。なんでも、珍しい果物を漬けたお酒だそうで、漬け方も色々と難しいそうです。私が見る限り果物が入っていなかったのですが、果物自体が目に映らないだけで実は入っていたそうです。見つける難しさもさるものながら、あれほど綺麗な青色を出すためにはそうとう難しい技術が必要になるんだ、手に入れるのに苦労した、と狼さんがとても熱く語ってくれました。
そして、それなのに、と項垂れていました。
「それでは、赤ずきん様、どうぞ」
ことり、と私だけの前に置かれたのは初めて見るデザートです。果物っぽいです。
「グラズのコンポートです」
よくわかりませんがおいしそうです。
「さきほどのお酒を使っています。アルコールは飛ばしてあるので、赤ずきん様でもお召し上がり頂けるかと」
さすがメイドキャサリンです。
「俺のはー?」
「召し上がられますか?」
「当然。カーティはいいのか?」
「……絶対いらない」
狼さんはげんなりと『こんぽーと』から目を反らしました。それにしても、この『こんぽーと』はおいしいです。幸せです。
うっとりゆっくり噛みしめて、おかわりを5杯ほど食べ終えたころ、メイドキャサリンはあの青いお酒を持ってきました。
その瓶の中身はほんの少しだけ減っていました。そして、そこにはもうあのプルプルと震える唇は――あの方は、存在しませんでした。